第23話 ポーカーフェイス&ポーカーフェイス
オルファリア王国国王フレデリクとパルカール王国王太子ザカリアスの会談は、非常になごやかに行われた。
対面してまず、二人は握手をし、軽く肩や腰を抱くような形で触れて、詰め寄せる報道関係者の前で笑みを浮かべて仲良くなった姿を見せた。
二人とも政治家なので、どのへんからどのへんまで作り笑いなのかはわからない。
けれど、オルファリアの新聞記者たちは、この二国はとりあえず友好関係を築けそうである、という記事を書けるだろう。
報道絵師たちが熱心に二人の似顔絵を描いている。ザカリアスは彫刻のような美青年でフレデリク王もそこそこのイケおじなので、盛らなくてもそれなりの絵になるはずだ。
二人の会談は公式のものなので、書記官が発言を逐一記録する。
本当は未成年者が立ち入るのはよくないはずだが、セシルは宰相アルベールの息子という立場を利用させてもらって傍聴席の端っこに座らせてもらった。
周りの人間は、宰相がこの息子を溺愛していること、この息子も高等魔法学園でそれなりの地位を築いていることから将来政治家を目指しているのであろうことを考慮して、社会科見学を許してくれる。
特に文句を言われることなく会談が始まった。
「両国は長年領土問題で対立してきたが、これからは正しい歴史認識に基づいて両国の発展に寄与するための友好的な国交を樹立したいと思っておる」
フレデリク王は若干偉そうな態度だが、こちらは王で向こうは王子である。しかも二十歳ほど年上だ。
一方、ザカリアスは謙虚な姿勢を見せた。
「近隣諸国と相互に信頼関係を築きながら議論を重ねていくのが社会的に成熟した国家というものです。今まで多少のわだかまりはありましたが、これを機にご指導ご鞭撻のほど賜れば幸いにございます」
王は満足そうだ。目を細め、自分の顎ひげを撫でながら、「ふむ、ふむ」と呟いている。
「我が国は魔法の使い手が少なく、魔法道具についての研究もいまだ進んでおりません。一方貴国は王族の皆様を筆頭に魔法使いがたくさんおられ、王立魔法研究所などの活動も盛んであるとお聞きしました」
「さよう。余も若い頃は魔法を使った魔獣の討伐に精を出していたものだ。もはやはるかかなた昔のことだが、今でもその時の状況はおぼえており、聖騎士に必要なものもある程度把握しておる」
「だから辺境の地の整備も円滑に進んだのですね」
そこでセシルは、ちょっと、お、となった。
それは違う。
国王主導の聖騎士の部隊の編制も進んでいるが、一番のきっかけはヴァルトラウトの辺境追放で、当地に移動した彼女の人心掌握術で聖騎士たちや現地住民との交渉が進んだ結果、魔獣討伐の状況が進展したのである。
つまり、ヴァルトラウトのおかげなのだ。
それをさも自分の手柄であるかのように言うフレデリク王は嫌なやつだが、政治の世界とは往々にしてそういうものである。
偉くなりたい、とセシルは思った。
そうしたら、自分がヴァルトラウトを褒めたたえる状況を構築できる。
「辺境と言えば――」
ザカリアスが、パルカール側の人間として話を進める。
「近年森の開発が進んで我が国に木材を優先的に輸出していただけるようになるとお聞きしました。街道が整備されて両国の往来の安全性は高まりましたが、森にはまだ魔獣や動物がたくさんいますから、たいへん助かります。建築資材にもなりますが、端切れの燃料になる部分も不足しがちで、毎年冬に苦労しているのです。これからの季節、重宝するかと存じます」
セシルは、あー! と叫びそうになった。それはこの前アリスたちと最後の辺境視察旅行に行った時にヴァルトラウトが言っていた話ではないか。
もうすでにザカリアスが把握していること、そしてそれについてザカリアスが王に礼を述べることに関するもやもやが止まらない。
ヴァルトラウトもこの場に同席している。
少し離れたところに座っている彼女の顔を盗み見る。
彼女は冷静な、落ち着いた、いつもどおりの顔でフレデリク王とザカリアスを見ていた。まるで何事もなかったかのような顔だ。
冷淡な悪役令嬢という設定ゆえか、彼女はポーカーフェイスなところがある。
それが泣いたり怒ったり笑ったりするのはセシルと転生者同士で打ち解けたと感じられている時だけで、つまり、セシルだけが見られる特別な顔なのだ。
しかしこういう時にもそういう顔なのはもどかしい。もっと何か主張してもいいのではないか。
ヴァルトラウトの手を引いて王とザカリアスの間に入っていって、この女性がいかにすごいかこんこんと語り聞かせてやりたい。
だが、今のセシルにそんな無礼なことはできない。
高等学園の五年生であり宰相令息であるセシルが空気を読まない言動を取るわけにはいかない。
大人になるというのはこうも不自由なことかと噛み締める。
その後もザカリアスとフレデリク王の会談は穏やかに進んだ。ただ、当たり障りのない話が中心だ。慎重にならねばならない話、領土問題や軍事費増大の問題などについては踏み込まず、いったんお開きになる流れが作られた。
これが大人の外交である。
具体的なことはこのあと非公式の場における腹の探り合いで進んでいくものと思われる。
そもそも、ザカリアスは王太子であり、王ではない。パルカール王は病気で臥せっているため王太子が摂政をしていると言うが、何事も一度国に持ち帰って決めると言う。それは仕方がない。我が国のほうも承知の上で彼を招いている。
むしろ、軍事力と人口で他国を圧倒するパルカール王国と戦争になった時、すべてが魔法頼みで少子高齢化が進むオルファリア王国のほうが危ういと言われている。
本当はこちら側が率先してご機嫌を窺うべきなのだ。
それなのに王太子を派遣してくれたパルカール王への恩情を素直に受け取りたいところである。
逆に考えて次期国王を差し向けても害することはできまいという高圧的な打算もあるかもしれないが、疑い始めたらきりがない。
「――では、最後に」
フレデリク王の視線が、こちらを向いた。
正確には、彼の目はヴァルトラウトを見た。
「ご紹介が遅れて申し訳ない。そなたに彼女の顔をおぼえていただきたい」
そして、ささやくように「ヴァルトラウト」と呼んで手招く。
「前に出てきなさい」
ヴァルトラウトの「はい」という凛とした声が通った。
彼女が素直に、ごく自然な態度で前に歩み出た。シンプルで大人っぽいが光沢のあるドレスを着ており、立ち上がったザカリアスの前で裾をつまんでカーテシーをする。
「こちらがそなたの叔母上と余の弟の娘であるヴァルトラウト。前々から手紙などで交流をしていたと聞くが、直接顔を合わせるのは初めてであろう」
「はい」
ザカリアスがヴァルトラウトを眺めた。
セシルは前世で読んだ溺愛ものの小説や漫画を思い出して溜息をついた。
こうして初めて会った時から美しい彼女に惹かれていたとかなんとかが始まるんだよな。
二人がくっつく運命は変えられないのだろうか。
変えるべきではないのだろうか。
ヴァルトラウトが女王になるために必要な選択肢は何だ。
セシルは何をすべきなのか。
ザカリアスがひざまずいてヴァルトラウトの手を取った。その様子はさながら騎士と貴婦人で、美男美女のこの二人がするとたいへんさまになった。
ところが、二人を観察していて、あることに気づいた。
二人とも、笑っていない。
ザカリアスもヴァルトラウトもポーカーフェイスなタイプだが、二人が互いを見つめる視線は恋に落ちた二人のものではない――気がする。
二人は二言三言儀礼的な挨拶を述べた後、すぐに離れた。
実に淡白なものだった。
運命の恋に落ちるのではなかったか。
セシルが、男女関係とはわからないものだな、と思っているうちに、その場は解散となった。




