第22話 いきなり『お前』じゃね~んだよ
でもそのエンディングって、セシルはいないんだよね? だって第一部で死んでいるはずだったから。
生きている場合、セシルは何をするのが正解なんだろう?
また当て馬?
おいおい。
パルカール王国王太子ザカリアスを出迎えながら、セシルは一人でもやもやしていた。
ザカリアスは、カーティヤ伯爵邸に荷物を置いて旅装から正装に着替えたらすぐ、王城に行くとのことである。妥当である。特にこれと言って文句をつけるようなところはない。
というわけで何事もなく、今日の話はひとまず伯爵邸の玄関から始まる。
ヴァルトラウトが一番のイケメン設定にしたと言っていたとおり、ザカリアスは顔とスタイルがよかった。
二次元でないと許されない長めの前髪、ひとつに束ねられた長髪は黒々つやつやとしていて、鋭い眼光は紫色をしている。
彫りはやや深めの顔立ちで鼻が高い。
すらりと高い背、長い腕と足。それでいて胸の厚みもそこそこあり、きっと鍛えているのだろう。
そういえば、パルカール王国は騎士の国と言われている。王侯貴族もみんな武芸を修める文化があるらしい。今父から聞いたところによると、ザカリアスは名誉職とはいえ一応騎士団長でもあるのだそうだ。
王太子で騎士団長……。
属性過多では?
一方セシルは剣術が学園の成績で優良可の優を取る程度、魔法もそこそこだが地味な地属性と、能力面でのスペックは上の下である。宰相の御曹司で大富豪の跡取り息子という以上にポイントの高い設定はない。大丈夫かよ。
いや、張り合っているつもりはないけど。
ザカリアスはどちらかといえばクールビューティ系らしい。にこりともせず、親子三人で並んで玄関に立っている伯爵、伯爵夫人、伯爵令息のセシルに黙って近づいてきた。
伯爵が「ようこそおいでくださいました」と言って手を伸ばす。ザカリアスが自然な態度でその手を取り、握手をする。
「パルカール王国王太子ザカリアスだ。一週間、世話になる」
「私はカーティヤ伯アルベールと申します。オルファリア王国の宰相を務めております。このたびは私がせいいっぱいおもてなしさせていただきます」
手を離すと、伯爵が自分の妻を紹介し始めた。
「こちらは妻のアンリエッタ」
伯爵の妻、セシルの母が身振り手振りのオーバーリアクションで「アンリエッタですわ!」と自己紹介をした。
ザカリアスが手を伸ばした。セシルの母がおそるおそる手を差し出すと、そこに口づけるような仕草の挨拶をした。騎士らしい、淑女への挨拶だ。セシルの母が「んまあっ」と中年の声に乙女の表情で喜びを表現した。
「麗しい奥方様だな。明るそうで見ているこちらも元気になる」
「まあああ! わたくし、明るく元気なのが取り柄なんですのよ! よくぞ見抜かれましたわ! パルカール王国の王太子殿下ともなれば洞察力も優れておいでなのですね! あらやだわたくし嬉しくなっちゃった、何週間でも何ヵ月でもお相手させていただきますからね!」
ちょろい。
「そしてこちらが私の一人息子のセシルです」
ザカリアスの紫の瞳と、セシルの赤い瞳が、かち合った。
紫の瞳が、ふ、と細められた。
特に意味はないのだろうが、なんとなく値踏みされたような気がして、腹が立つ。
ザカリアスが右手を差し出した。
「ザカリアスだ。よろしく頼む」
セシルも右手を差し出し、ザカリアスの手をしっかり握った。
分厚い手だった。日常的に剣を握っているのか、たこがある。指が長い。
「年は十七です。若輩者ですが、お目にかけていただければと存じます」
父が言う。
「十七か。俺よりひと回り下だな」
ということは彼は二十七歳なのだろう。
二十七歳のザカリアスと十八歳のヴァルトラウトが恋愛をするのか……。令和日本の現実ではなかなか厳しい年の差だ。だが、こちらの世界ではむしろこれくらいがちょうどいいと言われている。セシルの両親も八つ差だ。作中の世界観では、違和感はない。
ついついじろじろとぶしつけに眺めてしまったセシルを、ザカリアスは笑った。
「なんだ? 怖い目をして。美少年が台無しだぞ」
そう言って、彼は右手でセシルと握手をしたまま、左手でセシルの頬をつまんだ。なにこいつ最悪! と思ったが手を振り払うわけにもいかない。「妻に似ているでしょう」と言うあっぱらぱーな父も「顔だけは可愛いんですけど生意気な子でぇ」と言うあっぱらぱーな母も助けてくれそうにない。できるだけ自然を装って右手を離すと、ザカリアスもセシルから両手を離した。
「ようこそ我が家においでくださいました。これから王城でフレデリク国王陛下と公式な会談をさせていただきまして、終わったら陛下と二人で昼食を取られてご歓談、夕方からは歓迎のパーティをご用意しておりますが、お間違えはございませんね?」
大人な態度、大人な態度、大人な態度……。
心の中で念じながらあえてセシルが知的で社交的な面をアピールするためにスケジュールの確認をすると、ザカリアスが「ああ」と答えた。
「セシル、お前はどこまで参加するんだ?」
いきなり『お前』じゃね~んだよ。
「会談は公式のものですので、関係者として閣僚や報道官たちとともに傍聴させていただきます。歓迎パーティもおりますが、ザカリアス殿下にご挨拶し申し上げたい人間は他にも大勢おりますので、僕は埋もれているかもしれません」
「ヴァルトラウトとお前は二人でワンセットだと聞いたが」
どこの誰にだよ。
ていうかあんた第二部が始まった直後の今からすでにヴァルトラウトに何なんだよ。
「殿下はヴァルトラウト嬢とお知り合いで……?」
「ああ、ヴァルトラウトの母親が俺の父親の妹で、続柄は従兄妹ということになるな」
あっ……忘れてた……従兄妹という話は一巻でも出てきた設定だ……。これはセシルのミス。
「年に二度ほど定期的に手紙のやり取りをしている。前回は先月オルファリアに来るにあたってあらかじめ彼女にこちらの国がそちらの国に明かせる情報の範囲内で俺の近況を書いて送ったのだが、返事にお前のことが書いてあった」
「えっ、なんて?」
「ひと様の手紙の内容に興味を持つのは感心しないな」
これは……ひょっとして……からかわれている……?
母親がくすくすと笑っている。
さらし者の刑では?
「さあ、殿下、今お使いになられる荷物置き場をご案内致しましょう。後で陛下との会談中に城へお運び致します、ご滞在中の寝室は城内の貴賓室をご用意しておりますので」
「ああ、助かる。よろしく頼む」
「セシル、お前、殿下の上着をお持ちしなさい」
ええ……と思ったがここは素直に「はい」と頷いて手を伸ばすしかない。
ザカリアスは遠慮なく秋用の薄手のマントを脱いでセシルに渡した。
決定的な上下関係であった。
伯爵がザカリアスに指先を揃えて階段の上を示すと、ザカリアスはセシルのほうを振り返ることなく階段を上がっていった。
なんだこいつ、と思ったが伯爵の息子であるセシルが王族に突っかかるわけにはいかず、これから一週間振り回されることになるのを想像してゲロを吐きそうになりながらザカリアスと父の後ろについて階段を上がっていった。




