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悪役令嬢もののWeb発小説の世界に転生したら僕が聖女の兄で、悪役令嬢から王子を奪った妹がざまぁされそうになっていた  作者: 丹羽夏子


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第20話 みーんな男のエゴ

 二週間の停学が明けて学園に戻ると、空気がまったく変わっていた。


 いつの間にかセシルは元主君を守るために身をていしてかばった忠臣の鑑となっており、いろんな人に好意的に迎えられた。


 もともとここのところアリスに譲歩し過ぎない態度を見せていたことで広くいろんな人に評価されていたらしい。一般生徒の心象はすでにかなり改善されていたようなのだ。それで、今回の英雄的な行動である。


 そもそも、アリスが来るまでのセシルは明るく社交的な性格だった。

 前アリス時代の友人らが、ふたたびセシルに話し掛けてくれるようになった。それが、かなりの人数になった。


 セシルはほっとした。


 人間、真面目に生きてみるものである。


 放課後になって、いつものとおり生徒会室に向かった。

 そこにエルンストとアリスはもういない。

 だからこそ、セシルが責任をもって片づけなければならない。


 生徒会役員の選出も考えなければならない。二人も抜けてしまったので、人員を補充する必要がある。ましてエルンストは会長だったのだから、生徒会選挙なども考えないといけないかもしれない。

 それは、残ったセシルたちが、やるべきことなのだ。


 戸を開け、中に入ろうとして、セシルは足を止めた。


「あ」


 ローレンツが、大きな箱を抱えた状態で部屋の中を移動しようとしている。


「何をしてるんですか?」


 腐っても先輩なので、軽めの敬語で問い掛けた。


 ローレンツがテーブルの上に箱を置く。


「私物の回収」


 各人が思い思いに書類や本などを並べていた棚が、がらんとしている。


 ローレンツの棚だけではない。エルンストの棚も、アリスの棚も、マテオの棚も何もなくなっていた。物を置いているのはセシルとヴァルトラウトだけだ。そのヴァルトラウトはもともと公共空間に何かを持ち込むタイプの人間ではなかったので、全体的にすかすかになっている。


「ローレンツ先輩が殿下とアリスの棚も片づけたんですか?」

「マテオと二人でね」

「マテオ先輩は?」

「昨日辞めたよ」

「何を?」

「学園を」


 セシルはショックのあまり言葉を失った。


 ローレンツは何事もなかったかのように話し続ける。


「自主退学だよ。主君のエルンスト殿下がいないのにここで学ぶものは何もないとのことだ」

「そんな……! 殿下は何もおっしゃっていないはずでは?」

「そうなんだが、マテオも東ヒルデリアに行くと言っていた。追い掛けていくつもりだ。殿下が心配だ、自分がお守りせねばならない、と言ってな」


 愕然とした。

 これこそが本物の忠臣がすることではないのか。

 セシルはエルンストが去った後の王都でものうのうと暮らしている。

 本当にこれでいいのだろうか。


「君は早まらないようにな」


 思考を読んだかのようなタイミングで、ローレンツが言う。


「護衛騎士であり近衛の幹部になることを約束されていたマテオは、エルンスト殿下の失脚がイコール失職だった。失うものが何もなくなってしまったのさ。君には宰相令息という立場があるのだから、すべてを捨てて追い掛けるというわけにはいかないだろう」

「まあ、そうかもしれませんが……」

「僕はマテオに、学園は卒業できるまで在籍して、地道に転職活動をすればいいのでは、と勧めたんだけれどね。彼は、忠誠心だけをたのんでいたところもあって、社交界でうまく立ち回れるタイプではない。転職先を探す気になれなかったのだろう」


 マテオの横顔が脳裏に浮かぶ。確かに、頑固な男だった。


「一度決めたら梃子てこでも動かないのは、あいつの悪いところだ。しかし、アリスがいない今なら、君はマテオより柔軟に対応できると僕は信じている」


 少し間を置いてから、改めて問い掛けた。


「では、ローレンツ先輩は? ローレンツ先輩も学園を辞めるつもりですか?」

「そうだ」


 ずきりと、胸の奥が痛む。


「王立魔法研究所に籍を移す。僕も学園で学ぶことは何もなくなったからな。勉学の面ではとうに六年間分単位を取っていて、ここにいるのはほぼ社交のためだったのでね。しかも僕はエルンスト王子派でアリスともべたべたしていたから、みんなの印象が良くない」

「研究員になるんですか」

「ああ」

「それに社交は必要ないとは限らないのでは?」

「そうかもしれないが――」


 ローレンツが、久しぶりに、笑った。苦々しいものだったが。


「研究者になって、ある程度満足したら、僧侶になろうと思う」

「俗世を離れると?」

「そう。山の中で一人ひっそり鍛錬を続けたい。そしてそのままみんなに忘れ去られたい」


 まだ入り口のところに突っ立ったままのセシルに、ローレンツが歩み寄ってくる。


「アリスがいないこの二週間はむなしかった。今の僕に必要なのは、そういう執着と離れるための精神的修練だ」

「それは――」


 セシルは意を決して訴えるように告げた。


「アリスが、先輩に、魅了の魔法をかけていたからでは……? アリスは聖女ですよ」

「気づいていたよ」


 エルンストと同じことを言い出して、愕然とする。


「ただ、天才だ神童だと言われながらもなんだかんだ言って凡人だった僕では、聖女の魔法に敵わなかった。戦おうともしなかった。彼女にもたらされた刺激的な日常に満足していて、自分の持てるすべてを使ってまで魔法を解こうとは思わなかったんだ。だから、僕には、俗世を離れた修行と研究が必要なんだ」


 アリスは罪深い。ここでもまた未来のある青年の将来を捻じ曲げてしまっている。

 しかし、ローレンツもエルンスト同様プレッシャーを感じていたのかもしれない。彼は王立魔法騎士団の幹部になることを期待されていた。国が彼の今後を規定しようとしていた。彼にとっても、アリスがすべてをめちゃくちゃにすることは救いだったというのか。


「アリスへの気持ちを若気の至りと言わざるを得ないのは悲しいが。全面的にアリスが悪いわけではなくて、突き詰めると僕自身の弱さの話なんだが、ね」


 ローレンツは「兄の君にすまないね」と付け足したが、それでもそれが心からの本音なのだろう。全力でアリスを愛した、ヴァルトラウトからは得られそうにない愛をアリスに求めたエルンストとは、ちょっと事情が違う。


 えー、なにこれ、ひどい。みんな男のエゴ。うちのアリスが可哀想じゃないか。


「そんなやつに学園ででかい態度を取る資格はないからね」


 まあ、そう。そうなんだけど……。というごにょごにょを口にできなくて、セシルは立ち尽くした。セシルにも、ローレンツを批判する権利はない。


「生徒会は僕とヴァルトラウトの二人きりになるわけですね。今後、どうしていったらいいのか」

「ひとまず君が会長代理を務めるといい。ヴァルトラウトは学園内政治に興味がなさそうだし、高潔すぎて友達がいない。なんなら君が来年度の会長をやりたまえ、宰相令息なら文句は出ないさ。立候補するだけして対抗馬なしで無投票当選だ」


 それが現実的だと思えてくるのでなんとも言えない。ここは過大評価も過小評価もしてはいけないところである。


 ローレンツがテーブルの上から箱を抱え上げた。そして、「ではね」と言って立ち去ろうとした。セシルにはそれを止めることができなかった。ローレンツの人生に口を出せるのは立場的にはエルンストとフレデリクだけだったし、ローレンツのためを思うならその二人も本当は口を出すべきではない。


 セシルは一歩左にどいてローレンツのために道を作った。ローレンツが「失敬」と言って通り過ぎようとする。


「ではね、セシル。君の今後の活躍を祈っているよ」

「はい……。先輩もお元気で」

「あ、そうそう。最後にひとつ」


 振り返ると、ローレンツは厳しい表情をしていた。


「ナタニエル殿下がお前と話をしたがっているという噂を小耳に挟んだ。気をつけろ」


 ナタニエル王子もこの学園の二年生だ。現代日本で言うと中学二年生に当たる。


 このナタニエル王子はエルンストの追放に大きくかかわっている。セシルはそんなエルンストの側近中の側近だったので、向こうはセシルにどんな印象を持っているかわからない。警戒したほうがいい。


「ありがとうございます、おぼえておきます」


 ローレンツが歩き出した。

 その背中を、セシルは見送った。


 廊下の奥からこちらに向かって歩いてくる人影が見えてきた。

 ヴァルトラウトだ。

 彼女は金の髪をなびかせてこちらに近づいてきていた。


 ローレンツとすれ違いざま、会釈を交わし合う。


「お疲れ様でございました」

「君もお元気で」


 たったそれだけの淡白なやり取りだった。最後の別れの挨拶とは思えない、会話とも言えないさみしい態度だった。


 ヴァルトラウトがこちらを見る。


「セシル、ここにいたのね」


 その表情がほんのり緩んだ気がして、セシルの胸中は複雑だった。

 彼女は悪人ではない。悪役令嬢であり、悪女ではない。むしろセシルたちのほうがアリスばかり持ち上げて彼女をないがしろにしたからこそ今の状況があるわけで――


「あなたには申し訳ないよ」


 彼女は「ふふ」と笑った。


「あなたは真面目過ぎるのよ。ローレンツやマテオぐらい、自分の心に素直になってみたら?」

「逆に考えて、その結果僕は生徒会長になるかもしれない。エルンスト殿下の恩義に報いたいと思ってしまう」

「いいのではないかしら。わたくしは六年生だからそれを見届ける前に卒業してしまうかもしれないけれどね」

「あ」


 新たな問題が、そこかしこでくすぶっている。





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