14-5 【おうちへ帰ろう】
今は初夏、賢暦千二十年七月九日の日没前。異世界から召喚された勇者が死ぬはずだった魔王城攻略戦を終え、帰還した王都の外れにある霊園。
「…………」
ここにある石碑には、第二次魔王城の出現時に下敷きになった、メフィストフェレス高等学院の生徒たちの名前も刻まれている。この碑の前では、僕はいつも仮面を外す。
「……ただいま」
目の前の、二つの石碑に向き直る。そこにはかつての僕のパーティーメンバーの三人のうち、二人の名前が刻まれている。残る一人の名前は、彼女の親がその死を認めていないため載っていない。
「……今日、本当なら、魔王城の大結界をアヤメさんの力で壊して、みんなの生きた証を……ここまで持って帰ってくるつもりだった」
大した成果も得られないまま、僕たちの魔王城攻略は終わりを告げた。かつての僕なら、無理矢理にでもアヤメさんに結界を壊させて、隙を見て結界の中へ飛び込んでいたと思う。たとえアヤメさんたちを、犠牲にしてでも。
「でも…………ごめん、僕は……」
「ここに居たんだ」
「……え?」
見上げると、夕日を背に受けたアヤメさんが……霊園の入り口から石段を降りてくるのが見えた。
「……アヤメさん、よくここがわかりましたね」
「それはその……えっと、私とラノ君が初めて戦ったときのこと、覚えてる?」
アヤメさんがはにかんだ笑顔を見せ、気まずそうに頬をかく。
「初めて……あぁ、確か僕が黒金の獅子団と繋がっていることを疑われて、路地裏で初めて本結界を使って見せたときのことですか?」
あの日のことは、よく覚えている。その後黒金の獅子団の構成員を追って現れたヒノトリをアヤメさんの本結界で倒し、そこで僕は初めて女神と会い、魔力を根こそぎ吸い取られた後ヒイロさんに論破され心身共に衰弱し切ってから迎えた、七月三日の朝。あの日からまだ一週間程しか経っていないはずだが、何だか色々あり過ぎて、一年以上前のことのように思えてしまう。
「そ。そのときに使った発信機みたいな魔法が、まだ残ってたみたいだから」
僕は腰の杖に手をかける。そう言えば、杖に仕掛けられた追跡魔法……まだ解除してなかったか。
「ああ……ソラさんに教わったんでしたっけ、これ。ソラさんの言う通り、まさか本当に彼氏に使うことになるとは」
「ていうかその魔法、もうとっくに解かれてると思ってた。自分で魔法かけといて言うのも変だけど、どこにいるのか常にバレてるのって……気にならないの?」
アヤメさんが紫色のスカートの裾を持ち上げながら、慎重に石段を降りて近づいてくる。戦いが終わり、女神のチャームを使う必要がなくなった今のアヤメさんは、ちゃんとした服を着ている。ただ、王都にいる間は勇者として、今度は逆に装飾の多い正装をしなければならないようで、すごく動きづらそうにしている。
「ここ数日は、一緒にいる時間のほうが長かったですからね。まあ、帰る場所が同じなのでこれからもそんなに変わりませんが……。アヤメさんこそ、そろそろ一人の時間がほしくなったりしないのですか?」
「んー、いつかお風呂で話した気もするけど……。私って一人でいると、余計なことばっかり考えちゃうんだよね。だから、また一緒にお風呂入ろうね!」
アヤメさんが僕のすぐ隣で、いたずらっぽく笑う。
「マーちゃん……女神が連れて来たゴッデスマーライオンの、女神の加護を薄める力。その力で、魔族の力を持つルリさんとも一緒に入れるようになったでしょう。だからお風呂は、ルリさんと入ってください」
「……」
「ルリさんも、ソラさんも……必ず目を覚ましますから」
魔王軍四天王と思われる鎧武者との戦闘により、瀕死の重傷を負ったソラさん。そして魔王の魔力で暴走したものの、アヤメさんの力で助け出されたルリさん。治療を終え、二人とも命に別状はないものの、まだ意識を失ったままだった。
「……そうよね、私が信じないとダメよね」
「……」
「目を覚まして、くれるって」
アヤメさんの表情が固くなる。
「ルリも、ソラも、キュアソルのメンバーとして、ずっと私についてきてくれて……ずっと私のことを見てくれてた。私が死んじゃった後も、異世界にまで来てくれたんだから。これからもきっと、近くで見ていてくれる」
アヤメさんが元いた世界で、彼女がリーダーを務めていたアイドルグループ|cure⭐︎soldier。ルリさんもソラさんも、そのメンバーだった。
「……まぁ、ソラは私っていうよりも、ルリに釘付けって感じだったけど」
アヤメさんが場を和ませようと、無理に笑顔を作っているのがわかる。
「そうですね。そして、ルリさんはアヤメさんに釘付けでした」
「変な三角関係ね。ルリってちょっと、過保護なところがあるから……」
「だから、アヤメさんが女神になることも……絶対に許してくれませんよ」
「っ……?!」
アヤメさんが目を丸くする。
「あの夢も、見られちゃったの……?」
アヤメさんを蘇生したとき、彼女が見ていたであろう走馬灯のようなイメージもぼんやりと伝わってきた。僕がそれを見れたのは、アヤメさんと初めて戦ったときに魔力を通して見た彼女の夢……ドームでのライブのイメージと同じ原理だろう。
(それにやっぱり、ラノ君と、みんなと、もっと一緒にいたい! デートもしたいし、またみんなと一緒に、ライブがしたい! だから、私を生き返らせたせいで、ラノ君が女神様になっちゃうなら……)
「…………」
(その前に私が……次の女神様になる)
彼女は女神に、そう宣言していた。
「ルリさんだけじゃない。僕だって……許しません。女神の予言通り、勇者を復活させ女神になる資格を得た僕が……次の女神になります」
「ラノ君まで……私を置いていくの?」
「っ…………!」
アヤメさんは弱々しく笑うと、僕をまっすぐに見つめる。
「ルリさんも、ソラさんも、アヤメさんを置いていったりなんかしていない! 必ず、目を覚ましますから!」
「でもラノ君が女神様になったら、ラノ君はこの世界にいられなくなっちゃうんでしょ?」
「それは……」
「だからさ」
軽い口調とは裏腹に、アヤメさんの目は笑っていない。
「一緒に二人で、女神様になっちゃう?」
アヤメさんの真っ黒な左目が、僕の顔を覗き込む。
「……女神になるのは、僕一人でいい」
「残念。じゃあ、勝負だね!」
アヤメさんが勢いよく、僕に背を向ける。
「私が女神様になるのが先か、ラノ君が先か……」
「……」
「私、負けないからね!」
僕は無理矢理、アヤメさんの身体を僕のほうへと振り向かせた。その両目には、今にも零れ落ちそうな程の涙が溜まっていた。
「……僕だって!」
「っ……」
「僕だって……負けませんから」
震えたまま、暗くなり始めた霊園に二人でしゃがみ込む。今の僕には……そう返すのが、精一杯だった。




