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14-2 【未だすれ違う、それぞれの思い】

「懐かしいね。ルリとこの世界で初めて会えたときも……こうやって喧嘩したの、覚えてる?」


僕がトゥーラさんたちを見送り、アヤメさんとルリさんのほうに視線を戻したときには……ほとんど勝敗は決していた。ルリさんの剣が宙を舞い、僕の足元に転がる。


「……」


ルリさんはその場で膝をつき、アヤメさんが近づいていく。クルミさんとの戦いでボロボロになったままのアヤメさんとは対照的に、ルリさんはあまり消耗した様子は見られない。それなのに、戦況は明らかにアヤメさんのほうが有利に見えた。


「あのときのルリも暴走してて、顔も魔力で隠れてたから……最初は私も、ルリだと気づかなくてさ」


「…………」


「それにあのときの私は、クルミちゃんを守れなくて、ソラたちとも距離を置いて、全部どうでも良くなってて……。でも魔力を祓って、目の前にいるのがルリだってわかったとき……ルリがいるなら、またがんばれると思った」


アヤメさんがしゃがみ込み、ルリさんと目線を合わせる。


「それでラノ君から……ルリが私のこと、もう楽にさせてあげてほしいって言ってたって聞いたんだけど……。さっきクルミちゃんにも、似たようなこと言われたんだよねー」


「…………」


「私って……そんなに辛そうに見える?」


アヤメさんの問いかけに、ルリさんが顔を上げる。


「辛ク、ないの?」


「……」


「さっきアイツに斬られたときのことも……あの日、私の目の前で殺されたときのことも……覚えてるんでしょ……?」


アヤメさんはこの世界に召喚される前、彼女の熱狂的なファンに、その心臓を食われ殺された。そしてこの世界でまた、彼女の熱狂的なファンによって今度は、上半身を斬り裂かれ殺された。まともな人間なら、もう楽にしてくれと思うのも無理はないはずだ。


「もちろん覚えてるよ、でも……」


アヤメさんが、僕のほうを見る。


「まだ、生きてるから。生きていてほしいと思ってくれる人がいてくれるから。応援してくれる人が一人でもいるなら、偶像であることをやめない。アイドルも勇者も、そういう意味では似てるのかも」


そしてルリさんのほうに向き直ると、ルリさんの身体を抱き寄せる。


「ルリのファン一号は私で、私のファン一号はルリだと私は思ってるんだけど……。ルリは今も、私のファンでいてくれてる?」


「…………そんなの、当たり前でしょ」


ルリさんの表情はアヤメさんの陰に隠れて見えなかったが、ルリさんがそう呟いたように聞こえた。


「じゃあ、まだ生きるよ。ルリが、私のファンでいてくれる限り」


「アヤ……」


アヤメさんがルリさんの頭を優しく撫でる。ただ、トゥーラさんのときから感じていた違和感が、確信に変わる。ルリさんにまとわりついていた魔王の魔力が、ルリさんの魔力に上書きされていく。


「アヤメさん、離れて!」


僕が言うより先に、ルリさんがアヤメさんを突き飛ばす。


「それでも、私ハ……今でもたまに思イ出スノ。アノ日……刺し違えてでも全部、全部終ワラセテオケバ良カッタッテ!」


ルリさんが黒い魔力に飲み込まれ、巨竜の姿に形を変える。いや、竜というよりは……彼女たちがいた世界に伝わる、カイジュウという魔物の姿に近い。


「ルリ……」


そびえ立つルリさんを見上げるアヤメさんの元に駆け寄り、その身体を起こす。


「濃度の高い魔力は、負の感情を増幅させます。トゥーラさんに残っていた魔王の魔力も請け負ってくれたようですし、今のルリさんの言動を真に受ける必要はありません」


「……」


「……真に受けてアヤメさんを死なせてしまった僕に、言えたことではありませんが」


アヤメさんがクルミさんに斬られる直前、ルリさんの言葉を聞いていなければ……僕はアヤメさんをちゃんと守れていたのだろうか。でも、それはアヤメさんを守れなかった理由をルリさんのせいにしてしまっているような気もして……。


「こーら!」


アヤメさんが僕の頬を両手で挟み、むにっと左右に引っ張る。


「言ったでしょ? 私はまだ生きてるんだから、それでいいの。わかった?」


「ひゃい……」


「それに、あの状態のルリになら……私は勝てる」


僕はアヤメさんの手を振り払い、つけ忘れていた仮面をつける。確かに今のルリさんは、魔王の魔力を自らの魔力で上書きし暴走している状態。そしてさっきの話だと、自らの魔力で暴走したルリさんを、アヤメさんはかつて鎮めたことがあるということになる。


「あの日と同じ、女神様の力で……。いや、それだけじゃない! あの日から、ルリと一緒に乗り越えてきた日々の中で……ルリから学んだ、この力で!」


アヤメさんの身体を、白い光が侵食していく。アヤメさんの聖剣から放たれる光が彼女の全身を包み、月の満ち欠けのように明滅する。


「フェイクファー・百華繚乱・ウェアウルフ!」


彼女の声とともに、彼女の着ていたミイラの衣装が弾けた。その直後、ルリさんの人狼の力を纏った毛皮を靡かせ、アヤメさんが駆け出す。


「偽装・月華・ガルルムーンサルト!」


カイジュウの熱線を躱しながら、アヤメさんがその懐に飛び込み身を翻す。そして聖剣を振り下ろしカイジュウの黒い魔力を祓うと、取り込まれていたルリさんの身体が剥き出しになる。


「ルリ!!!」


アヤメさんが聖剣を投げ捨て、ルリさんに抱きつく。そしてその勢いのまま、ルリさんをカイジュウの中から押し出した。


「ヒューマンケイン・レディ」


アヤメさんが、ルリさんを抱きかかえたまま着地する。それを確認してから、僕は動力源を失った黒い魔力を魔王との戦いに備えて用意しておいた魔法で一掃する。


「アヤ……私、は……」


「大丈夫。わかってるよ」


気を失ったルリさんを、アヤメさんが抱き締める。


「アヤメさん……やはりあなたは……」


勇者なんかに向いていない。勇者という名の殺戮兵器になど、あなたは選ばれるべきではなかった。


「……」


それでもきっと、こうして生き延びてしまった以上……これからも、勇者の使命を果たそうとするのだろう。例えルリさんが止めたとしても、彼女はきっと、戦い続ける。


「でも……」


アヤメさんと奴隷契約を結んでしまった僕なら、彼女に命じることができる。勇者ではなく一人の女性として、平穏な日々を生きてほしいと。


「……」


それをアヤメさんが望むかどうかはわからないけど、できる限りのことはやり遂げないと。


「…………」


叶うならば……勇者であるアヤメさんを復活させ、女神になる条件を満たしてしまった僕に残されている時間が……尽きてしまう、前に。

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