13-3 【この世界での命日】-3
「おつかれさま。これで、こっくり様のお告げ通りになったね」
「……はい。七月九日。今日がアヤメの、この世界での命日になりました。あとは……アヤメたち次第です」
魔王とクルミさんが何か話しているのが聞こえる。もう、この場で正気のまま会話できるのは、彼らだけだろう。
「そう言えば、南側の魔王軍四天王が一人目の勇者、一ノ瀬ヒイロに敗れたそうですよ」
「えっ?! 奴は四天王の中でも最強だったのに?!」
「一人目の勇者は一人目の魔王もすでに討伐していますからね。魔王軍四天王くらいでは歯が立たないようです」
「マジか……。大結界まで破られると中の魔族たちが危ない。カブトさん、行こう!」
巨大な鎧武者が頷き、魔王とクルミさんについていく。
「魔力に当てられた、魔族くずれの二人はどうするんですか? それから、放心状態の魔王候補もいますけど」
「俺にはもうどうしてあげることもできないし。そっとしておいてあげなよ」
自我を失ったままのルリさんとトゥーラさんは、ぼんやりと僕のほうを眺めている。
「また会おう。勇者一行諸君」
魔王とクルミさんと鎧武者が、大結界の中へと消えていく。残されたルリさんとトゥーラさんは棒立ちのまま、虚空を見つめている。僕がその横を通り過ぎても、微動だにしない。
「……」
アヤメさんの倒れた下半身をひっくり返し、上半身をあるべき位置に並べる。
(もウ……楽に、シてあげテ……)
ルリさんが辛うじて発した願いが、脳裏に蘇る。即死だったはずだ。両断された彼女が、死の苦しみを感じることはなかっただろう。この世界における人間と魔族の関係、そして勇者としての自分自身の未来に、絶望こそすれど。
(君もあの勇者が死んだら、また勇者として復活させるんでしょ?)
以前女神に告げられた予言が、脳裏に蘇る。女神が昨日アヤメさんに渡したポンチョが、彼女の切断面を繋ぎ隠すように巻きついていく。結局、その通りになった。僕はアヤメさんを復活させる。それを……アヤメさんが望むかどうかは、わからないけど。
「ヒューマンケイン・レディ」
でも、決めるのは僕じゃない。アヤメさんが望むなら、このまま楽にしてあげればいい。
「セット・マキシマムゾンビ・スカルエクストリーム・デッドリーゴースト・シン・スタンバイ」
僕は、選択肢を与えるだけだ。
「|満心創痍ノ剣《hurt full pain》・レディ」
杖を裂けたアヤメさんの間に突き立て、外した仮面をアヤメさんの顔に被せる。そして召喚した剣で、僕の左手を切り落とす。
「サイカ・ワ系コントラクト、ワラノチシブキ」
飛び散った血液が凍結し、空中に複数の血の鏡が出現する。それらはその場でくるくると回転しながら、周囲を赤く照らす。すると周りの景色が、みるみる色褪せていく。
「おかえりなさい、勇者様」
身体が繋がり、被せた仮面を退ける。するとアンデッドとなったアヤメさんが、目を覚ます。
「ラノ君…………」
目だけを僕のほうに向けるアヤメさん。
「敵はもういません。全員無事です。ソラさんも、安全なところで治療を受けているはずです」
「ルリと……トゥーラは……」
「今はじっとしています。勇者様が正式に復活したら、その魔力に反応して襲いかかってくるかもしれませんが」
「正式に、復活……?」
アヤメさんが身体を起こす。僕は左手の切り口を隠しながら、右手でアヤメさんの背中を支える。
「勇者様、今のあなたはまだ引き返せる状態にいます。勇者様の中にあった心臓は今、僕の身体の中に戻りました。僕と契約して眷属になることで、勇者様の中に戻すことはできますが……」
「眷属……って?」
アヤメさんはまだ状況を飲み込めていないのか、ひどく淡々としていた。
「えっと……眷顧隷属のことで、血の承認を行う服従の儀式で魔力の交換を行い、配下として……」
「奴隷ってこと?」
「……そうです」
「否定、しないんだ?」
アヤメさんが僕の目をじっと見上げる。その目は何かを見透かしているというわけではなく、単純に疑問を持った子どもが大人に質問しているような雰囲気だった。
「勇者様、あなたはまだ引き返せる。勇者様として、人間と魔族の戦いに利用されるくらいなら、ルリさんが言うように……このまま楽になることも……」
「ルリが、そんなこと言ってたの?」
「はい、だから勇者様は……」
「じゃあラノ君は?」
アヤメさんが、僕の顔を覗き込む。
「いや、僕じゃなくて、勇者様の意思を……」
「ラノ君は、どうなの?」
アヤメさんが僕の頬に触れる。
「僕は……」
そんなの決まっている。
「そんなの…………そんなの、死んでほしくないに決まってるじゃんか!!!」
僕はアヤメさんの、裂けて空っぽになった胸に顔を埋めた。
「嫌だ!!! 死んじゃ嫌だよ……! 置いていかないで、お願いだから……」
「……」
「でも、お母さんも、お父さんも、みんな勝手に死んじゃって、だから、また、どうせ……!」
アヤメさんの手が、僕の髪を撫でる。
「大丈夫。ずっと一緒にいるよ」
「でも……でも、魔族のこととか……クルミさんのこととか……」
「確かに、辛いことばっかりだけど……」
アヤメさんの指が、僕の目に溜まった涙を拭う。
「ラノ君が前みたいに……私のことを名前で呼んでくれるなら、またがんばれると思うから」
「っ……」
「わざと他人行儀にしてるのバレバレだよ? ラノ君って、意外とわかりやすいんだね」
顔を上げると、そこには泥だらけで、血塗れで、だけど今まで見た中で一番明るくて、優しい笑顔があった。
「アヤメ、さんっ……!」
僕はまた彼女の胸に顔を埋めて泣いた。涙と一緒に、アヤメさんを失う恐怖や悲しみが、頭の中から流れ落ちていくように感じた。
「ラノ君は……私の何?」
「恋人、です」
「だよね? だから、勇者とか奴隷とか関係ないよ。私たちは、最強のカップルなんだから!」
「最強の、カップル……」
アヤメさんは僕が泣き止むまで、ずっと背中を撫でてくれた。
「泣き疲れて寝ちゃダメだよ?! このまま放置されたら、私が永遠の眠りについちゃうから!」
「……すみません、お待たせしました」
僕は涙でぐちゃぐちゃのままの顔を仮面で隠し、切り落とした自分の左手を拾う。
「ラノ君、その手……!」
「アヤメさん、これから契約を成立させます。僕がこれから自己紹介をするので、アヤメさんは何か返事をしてください」
「……大喜利?」
「違います! アヤメさん、この状況ではしゃいでます?」
「はしゃいでるっていうか……色々吹っ切れただけ。やっぱり私自身が、心も身体も強くならないとね」
「僕は……泣いてばっかりですもんね」
「そうじゃなくて! あ、でも、ラノ君に余計なこと吹き込んだルリには、文句言ってあげないとね!」
ルリさんとトゥーラさんは、変わらず魔力に当てられたまま呆然としている。
「魔王軍四天王であるルリさんを正気に戻せれば、その血を飲んだことで半分魔族になったトゥーラさんも正気に戻るはずです。そしてルリさんの心を動かせるのは……アヤメさんだけです」
「まかせて! やってやろうじゃない……!」
アヤメさんが立ち上がり、ポンチョを羽織り直す。
「それでは始めます」
僕はアヤメさんの足元に跪く。そして自己紹介と、契約の意思を示す。
「我は傲慢な狂信者、サイコ・ワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る、アヤメさんの完璧な恋人にして、唯一無二の絶対服従者」
「うん」
「アヤメさん……我が眷属として、我が勇者様として、我が恋人として……これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」
アヤメさんは僕の両肩を掴んで立ち上がらせると、視線を合わせて応えた。
「はい。ラノ君の、意志のままに」
「契約……成立」
僕は切り落とした左手を、勢いよくその切り口に押し当てる。すると断面が繋がり、続けて僕の中の心臓が、アヤメさんの中へと戻っていく。そして周囲に漂っていた血の鏡が一斉に割れ、景色が色を取り戻す。
「勇者の……復活だね」
どこからか、女神の声が聞こえた気がした。




