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13-1 【この世界での命日】-1

※このエピソードには、残酷な描写が含まれます、苦手な方は、次回の更新時に一気に読み進めることを推奨します。




 半袖の白いワイシャツに、黒いスラックス。魔王を名乗るその男は、どこにでもいる普通の青年に見えた。返り血一つついていない、その身に纏うドライアイスのような、直射日光のような魔力以外は。


「まずはおつかれさま。道のり自体は長くはなかったのかもしれないけれど、きっと心を擦り減らした回数や、辛うじて乗り越えられた眠れぬ夜は、決して少なくなかったはずだ」


夜が明け、魔王城の大結界の向こうに歪んだ日の出が姿を表す。


「改めて、確認しておこうか。君がこの世界に召喚された理由は、人類の勇者として魔王を討伐し、人類に平和をもたらすため。具体的には……俺を殺して魔王城の大結界に飲み込まれた人類の領地を取り返すためだ。その認識で……間違いないよね?」


「……そうですね」


その召喚された勇者であるアヤメさんが、魔王の隣に立つ召喚された魔法使い、クルミさんに釘付けになっているため、僕が何とか言葉を返す。


「まあ、そりゃそうか。それじゃあこっちも大体想像つくとは思うけど……俺がこの世界に転生させられた理由は、魔王として人類の勇者を退け、人類の平和を脅かすため。具体的には……」


魔王が再び、アヤメさんに視線を向ける。


「千歳アヤメさん、俺は君を殺すためにここにいる。そう、認識してくれているよね?」


「…………」


相変わらずアヤメさんの耳に魔王の声は届いておらず、呆然とクルミさんのほうを見つめている。


「ねえねえクルミさん? やっぱりクルミさんが出てくるの早過ぎたんじゃない? あの勇者、俺のことさっきからガン無視なんだけど。クルミさんからも何か言ってあげてよ」


「却下です。今はまず四十九日ぶりの生のアヤメを目に焼き付けるのに忙しいので」


「あ、さいですか……」


唐傘魔鎧からかさまがいを本物の傘のように差したクルミさんが、魔王のお願いを雑に一蹴する。


「やれやれ。ライ君の言う通り、先に西側に行っておいて良かったね……カブトさん!」


魔王が大結界の向こうに呼びかけると、また大結界の一部が開き、中から巨大な鎧武者が現れた。この魔力、明らかに魔王軍四天王の一人だ。


「……」


言葉を発することなく、真っ赤な鎧武者は僕たちの前に血塗れの何かを投げ捨てた。それがアヤメさんの視界に入った途端、アヤメさんが我に返る。


「ソラ……!?」


アヤメさんが駆け寄り抱き起こすと、確かにソラさんがいつも着ていたソランケンの衣装、ツギハギの真っ黒な鎧が引っかかっているのが見えた。


「大丈夫、生きてはいるよ。いや、正確には死んじゃったから繋ぎ直して、ギリギリ生きてる状態に戻したんだけど。クルミさんもそうやって生き返ったし、賢者の君も、そうやって生き返ったんでしょ?」


魔王の視線が、アヤメさんから僕に移る。僕が一度死んで、ザックに組み立ててもらったことはすでに知られているらしい。じゃあ今、僕の心臓がアヤメさんの中で動いていることも知っているのか……?


「あ、これも返しておこうか」


魔王が僕に向かって何かを放る。反射的に掴んだ手を広げると、それはさっきヒイロさんの青い竜、マグマさんに返した指輪だった。その宝石は、ひび割れ光を無くしていた。


「西側の生存者はその僧侶、ソラさんだけだよ。青銅の風……だっけ? あの一味は魔族を捕らえて売り捌く人身売買をしていてね。生きて帰すわけにはいかなかったんだ。あんなやつらの担当をさせられたのがかわいそうだったのと、勇者の気を引くためにその子は生かしておくことにしたんだけど……」


「ソラ! ソラ?!」


「ヴァレっち! 早く治癒の魔法を……え」


アヤメさんとソラさんのほうに駆け寄ろうとしたタピさんの身体が魔法陣に包まれ、消えた。


「タピ君……!?」


「あんた、今度はタピに何を……!」


ルリさんが、震える手で魔王に杖を向ける。


「え、いや、俺は何も……」


「ルリさん、今の魔法陣はタピさんのお祖母様、灰の魔女がタピさんにかけていた自動魔法です。生命の維持に関わる程の魔力を浴びたときに、強制的にその場から離脱させるための……」


「よくわかんないけど、タピは無事なのね?」


「はい、恐らく灰の魔女の屋敷に転移しているはずです」


レンさんが、魔王に向けたルリさんの杖を下ろさせる。


「彼女の自動魔法は、昔から非常に正確でした。つまり、これ以上魔王に近づくだけでも、普通の人間はその魔力に当てられ……命の危機に晒されるということです」


「灰の魔女の孫、タピ・ジ・ヤドルさんか……。せっかくなら試合をしてみたかったけど、今日は鏡の森の魔女……」


魔王がレンさんをちらりと見てから、僕に視線を戻す。


「その孫にして、三人目の魔王候補の君に、期待しようか」


「……」


「ヴァレッタさん! 避けて!」


「っ?!」


レンさんの声で、ヴァレッタさんがその場から飛び退く。さっきまでヴァレッタさんがいた場所には、トゥーラさんの大剣が振り下ろされていた。


「トゥーラ……?」


「あー……、どうやら俺の魔力に当てられたみたいだね。その戦士、半分魔族の血が混ざっているから、俺の魔力で暴走しちゃったんだよ。その血って……もしかして君のかな?」


魔王がルリさんと目を合わせた直後、ルリさんが腰から抜いた剣の閃光が、大きく弧を描き僕の杖とぶつかった。


「ルリさんっ……!?」


「本来……彼女がこの世界に召喚された理由は、魔王軍四天王の勇者として人類の勇者を退け、人類の平和を脅かすため。魔王軍四天王の勇者にして、人類の勇者の双子の妹……千歳ルリ。それが、この世界での彼女の姿だ」


ルリさんの手には、アヤメさんの聖剣、言ノ葉声刃ー(コトノハセイバー)の色合いが反転した魔剣が握られていた。彼女が普段僧侶として使っていた杖は、ソラさんのそばに置き去りにされている。


「立ち話はこれくらいにして……これでお互いの、認識の相違は解消できたかな」


魔力に当てられたトゥーラさんが巨大な鎧武者の隣に、ルリさんが唐傘魔鎧からかさまがいを差したクルミさんの隣へと並ぶ。その中央で、魔王が残った僕たちに問いかける。


「これは異世界で巻き起こる、勇者と魔王の殺し合いの物語でしかない。その現実に向き合う覚悟ができたなら……次のページを、めくってごらん」

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