11-3【裸の付き合いパート三】最後の晩餐
「アヤメさん……見てほしいものって……あ」
昼間スライムゴブリンが現れた森の湖畔で、アヤメさんらしき人物を見つけたので声をかける。そして後悔する。水面が揺れる音が聞こえた時点で、アヤメんが何をしているか予測するべきだった。
「あ、ラノ君も水浴び?」
月明かりに照らされ、一人水浴びをしているアヤメさんがそこにはいた。微動だにしないアヤメさんが視界に入り、僕は回れ右をしてため息をつく。
「すみませんアヤメさん……ソラさんに、何て言ってここへ来たんですか?」
「え? ちょっと水浴びしてくるって……」
「それだけ、ですか?」
「うん」
「……」
ソラさんは確か、アヤメさんが僕に見てほしいものがあるから、湖に来てほしいと言っていた……みたいなことを言っていたはず。いや、こんな夜更けに女性が水辺に向かった時点で、察するべきだった。
「ラノ君、ソラに言われてここに来たの?」
「ええ、スライムゴブリンについて見てほしいものがあると、アヤメさんが言っていたと……」
「ふーん。ソラって確か、自分のテントでもう寝る準備してなかった?」
「ええ、さっきもテントにいましたよ?」
「……こんな時間に、女の子のテントに行ってたんだ?」
アヤメさんが、そのまま後ろから覆い被さってきた。
「私がいるのに?」
「……」
(自分に正義があると確信しているときのアヤパイセンは、手強いですよ?)
ソラさんの言葉を思い出す。そして、ヒイロさんの言葉も思い出す。
(ユキは……私の妻で、アヤメの母親だった女性だ)
アヤメさんがユキ会長の血を引いているのだとしたら、その血が覚醒したときのアヤメさんは……僕の天敵と同義だ。
「ラノ君は……私の何?」
「こ、恋人です」
「だよね? なら、私に内緒で他の女の子のところに行っちゃダメ……だよ?」
(その感想が出るということは、どうやらまだまだ、アヤパイセンのことわかってないみたいですね)
ソラさんの言う通りのようだ。女性のことをわかった気になることほど、怖いことはない。
「……わかった? もうしない?」
「わ、わかりましたから……そろそろ離れて、服を着てください」
「えー? どうしよっかなー?」
アヤメさんは、僕の背中に身体を密着させたまま離れようとしない。僕のパーカーは防水なので、その点は問題ないけど。
「アヤメさん……」
「ソラと、何の話をしてたの?」
「……僕たちの、心臓の話をしていました」
「っ……!」
アヤメさんの身体が、びくっと震える。
「アヤメさんの中で今動いている心臓は、僕の失くした心臓でもあるかもしれない。ザックの言う通り、今の僕の身体の中には、心臓部分が存在しない」
「……」
「ソラさんもご存知のようでした。ルリさんから、さっき聞いたのかもしれませんが」
するとアヤメさんが、僕の身体を無理矢理彼女のほうへと振り向かせた。そして、僕の心臓があるべき辺りに、彼女の耳を押しつける。
「…………」
「……何も、聞こえないはずです。そこには何もありませんから」
「…………聞こえる」
「え?」
「私には……聞こえるよ」
「……」
そう言って僕の顔を見上げるアヤメさんが、濡れた手で僕の仮面を外す。
「ラノ君も、ドキドキしてるよね……?」
そして右手で、僕の頬を撫でる。
「私だけじゃ……ないよね?」
アヤメさんの心臓の鼓動が、僕の身体にも伝わってくる。まるで、何もないはずの自分の胸から聞こえてくるかのように。
「……」
「…………」
お互いの顔が、自然と近づいていく。そのとき。
「はい、今日の不純異性交遊はそこまで」
目の前に、真っ赤な布が垂らされた。声の聞こえたほうを見上げると、湖畔の大木の枝に腰掛けた、アヤメさんの姿をした女神がいた。女神のほうは寝間着姿で、前回同様本物のほうが際どい格好をしている。
「久しぶり、女神だよ。この世界の幸福を司る神様。君たちをくっつける、恋のキューピッド様」
「ヒューマンケイン・レディ」
「アヤメミーラ・レディ!」
僕が杖を構えると同時に、アヤメさんがミイラ男の衣装を身に纏う。今回は武器より先に格好を整えたあたり、羞恥心のほうが勝ったらしい。まあ、それでも際どい衣装であることに変わりはないけど。
「やっぱりいいねー、そのコスチューム! ボクの趣味ドストライクだよ!」
「……どうも」
アヤメさんが不服そうに身体を縮こませる。
「……どうしてここに?」
「どうして? 女神に理由なんてないよ。あ、君が明日……、いや、なんでもない」
「……?」
女神が指を鳴らすと、僕とアヤメさんの間に浮かんでいた赤い布がふわりと舞い、アヤメさんの肩にかかった。
「今日はこれを返しにきたよ。女神特性、ゴッデスポンチョ!」
「ぽんちょ……?」
アヤメさんが、肩にかかった布をつまむ。もしかしてそれ、前回女神が持って帰ったパーカーの残骸? タピさんに渡して即日焼却されたパーカーの残骸が、かわいらしいブランケットになって返ってきた。
「君の勇者の装いを邪魔せず、暖も取れるマジックアイテム! 気に入ったでしょ?」
「ポンチョっていうか、ケープっていうか……。それに暖を取るにはちょっと短いっていうか……」
「ボクの趣味……いや、女神の加護を活かすためだよ! お洒落は我慢! 無いよりはマシでしょ?」
「それは、まぁ……」
アヤメさんは、あっという間に女神に丸め込まれてしまった。勇者に指名されたときも、きっとこんな感じだったんだろう。
「じゃ、またねー! こっくり様には、気をつけなよ!」
「こっくり様……? ていうか、今日は何も持って帰らないんですか?」
最初は僕の仮面を持って帰って改造。次は千年魔書魔炉の二段ベッドを持って帰ってゴッデスマーライオンのまーちゃんに。そして前回は焼け焦げたパーカーを持って帰り、ぽんちょという服に改造して返してくれたわけだけど……」
「いや、今日はいいや。またね」
女神はアヤメさんの姿のまま、子どもの姿に戻ることもなく消え失せた。
「ごちそうさま」




