11-0【二葉クルミ、オンユアマーク】
「この戦いで……どうか私に、皆様の力をお貸しください」
水晶玉の奥で召喚された二人目の勇者、千歳アヤメさんの演説が始まった。もちろん、アヤメさんが本当に水晶玉の中にいるわけではない。この水晶玉は、魔王の配下である魔王軍四天王の周囲を映し出すことができるマジックアイテム。そのため、今は召喚された二人目の魔王軍四天王勇者である千歳ルリさんの周囲の風景を映し出しているわけだ。
「まぁ、俺は直接ルリさんに会ったことはないんだけどね」
本来、人間の勇者一行は人間の王の城に、魔王軍四天王は魔王城に召喚されるらしい。しかし今回、ルリさんだけは魔王城の大結界よりも外、どこかの荒野のど真ん中に召喚されていた。回収しに行っても良かったのだが、脅会も何も言ってこないし、ほっといたら姉妹のアヤメさんと合流するのではとライ君が言うので、スパイとして野放しにすることになった。代わりの戦力も、こうして向こうからやってきたし。
「失礼します! あ、アヤメのステージ、もう始まりましたか?!」
王の間に、練習着姿のままの召喚された二人目の魔法使い、二葉クルミさんが駆け込んできた。クルミさんは元いた世界では陸上部に入っていたらしく、ここに来てからもよく城の周りを走っている。クルミさんたち召喚された人たちは異世界転移してきたので記憶はまだ新しいようだけど、魔王である俺は異世界転生なので前世の記憶が薄れつつある。
「ステージって……今回はただ喋るだけだよ。本結界でのライブでもないし」
「いえ、自身がプロデュースした衣装を身に纏って表舞台に立っている時点で、それはアヤメのステージです! ああ、あんなにもあられもない格好で……」
クルミさんは恍惚とした表情で呟くが、あられもないは褒め言葉として使えないのでは……? それに俺からすればクルミさんの練習着もさして変わらないのだが、兄であるライ君に何をされるかわからないので何も言えないでいる。ライ君は、逆鱗に触れたらどうなるか全く想像できない。
「魔王様、私のことは構いませんが、アヤメのことをそういう目で見るのは私が却下します」
「どっちもそういう目では見ないから。早く着替えてきなさい」
クルミさんは汗に濡れた前髪から覗く瞳で、俺のほうをちらっと見た。
「却下です。私はアヤメのステージが終わるまでこの水晶玉を見ていますので、魔王様が出て行ってください。あ、ついでにこの上着、洗濯しといてください」
「え」
「ああ、私の一番星……」
そして水晶玉を食い入るように見つめたまま、クルミさんはその場に座り込んで動かなくなった。
「あ、はい……」
もう、こいつが魔王でいいんじゃないかな……。俺はクルミさんのジャージの上着を受け取り、そそくさと王の間を出る。お城の渡り廊下をとぼとぼと歩いていると、魔王軍四天王戦士、二葉ライ君が中庭を眺めているのを見つけた。
「あ、ライ君」
「お、魔王君。いつも妹が面倒かけるね」
「はは……」
「ウォッシュアップ・ワンヒット・ワンダーランドリー」
ライ君が魔法を唱える。すると手元のジャージが浮かび上がり、空気中の水分と洗剤の香りに包まれていく。そして回転しながら中庭のほうへ飛んでいくと、中庭の物干し竿にかけたままになっていた胡桃色のハンガーにかかった。
「人間軍の作戦は、事前の情報通りで間違いなかったよ」
ライ君の横で、俺も手すりに寄りかかる。今回の結界侵略は、魔王城の結界を四方から同時に攻撃される。一人目の勇者、一ノ瀬ヒイロ君のパーティーは南側から。二人目の戦士、四谷マシロ君のパーティーは東側から。二人目の僧侶、八雲ソラさんのパーティーは西側から。そして二人目の勇者、千歳アヤメさんのパーティーは北側から攻撃を仕掛けてくる。
「じゃあ僕たちも、予定通りだね」
ライ君が、目の前の空間に魔法の地図を広げる。ライ君の役職は戦士なのだが、魔族として召喚されたことで魔法の腕も良い。魔王城周辺の地図の四隅に、ヒイロ君、マシロ君、ソラさん、アヤメさんを模したアイコンが浮かぶ。アヤメさんのそばには、ルリさんのアイコンが添えられている。
「アヤメさんとルリさんのパーティーには、クルミをぶつける」
クルミさんのアイコンが、魔王城の北側に浮かび上がる。続いて魔王城の東側に、ライ君のアイコンが浮かぶ。
「勇者一行の戦士のマシロ君は、魔王軍四天王の戦士の僕が引き受ける」
「戦士というか、魔法戦士だけどね」
「そういえば、僕が日本にいたころは魔法少女もののアニメばかり見ていたな……」
「そっか。聞いてないよ」
そして魔王城の南側、ヒイロ君の上には骸骨のアイコンが、西側のソラさんの横には兜のアイコンがそれぞれ浮かび上がる。
「人類最強の勇者、無敗の竜騎士ヒイロ君には、魔王軍四天王の中でも最強の魔法使いを、相手にしてもらう」
「まぁ、本人の希望だし。それでいいんじゃない? それで結局……西側のソラさんを担当すること、カブトさんのほうは了承してくれたの?」
「……多分。大丈夫でしょ!」
「やっぱりまだ、意思の疎通はできてないのか」
魔王軍四天王僧侶、カブトさん。召喚されてから一言も喋ったことがないうえ、全身を覆う鉄鎧を外したところを一度も見たことがない。だから本名も不明のままで、兜を被っているからカブトさんと、俺たちが勝手に呼んでいる。カブトさんと呼べば振り向いてくれるし、嫌がってはなさそうなので多分大丈夫だろう。
「だからまぁ、自由行動の魔王君が、気にかけといてあげてね」
俺の顔を模したアイコンが、カブトさんのアイコンのそばに添えられる。
「りょーかい。ほんとはライ君の試合見に行きたいんだけどねー」
「うーん。見て楽しいものには、ならないと思うよ?」
「そうかなー?」
ライ君が魔法の地図を畳む。
「……だってマシロ君、クルミの元カレだから」
ほんの一瞬だけ、結界の空が真っ黒になった……気がした。
「えっ……あ、そ、そうなんだ……へー……」
俺はそれ以上、そのことについて尋ねることはできなかった。
「……」
妹の元カレと殺し合いをすることになったとき、兄である魔法戦士のライ君は……一体、どうなってしまうのだろうか……?




