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10-8 【視点A】アヤメミーラ、オンステージ

 お昼過ぎの王様のお城。私とラノ君は、式典でする挨拶の準備のためお城の控室にいた。式典はすでに始まり、大広間には今回の魔王城攻略に参加する冒険者たちが集まり、今は王様の話を静かに聞いている。


「アヤメさん、本当にその格好で出るんですか?」


普段あまり感情を表に出さないラノ君が、珍しく不服そうな声で私のローブの裾を引っ張る。


「うん。だってこれが……私の勇者としての、正装だもの」


私は今、王様からもらった真っ白なローブを羽織ってはいるけど、その下は例のミイラの衣装を身につけている。もちろんみんなの前に出るときは、ローブは脱がないといけない。


「でも……以前僕たちの前でその格好になったときは、嫌がってたじゃないですか。それなのに……あのたくさんの冒険者たちに見られるのは、良いんですか?」


「……女神様のチャームを、活かさないと。冒険者の士気を上げるのも、勇者の務めだから」


魔力に耐性のない人がチャームを受け続けると、魅了……洗脳状態になることがある。魔法使いのラノ君にはあまり効いてないみたいだけど、町の人や子どもたちには影響があるみたいだった。だから出かけるときはなるべく肌を見せない格好をしていたけど、今回は逆になるべく見せるようにしないといけない。


「アヤメさん……やっぱり無理してませんか?」


ラノ君は、至近距離で私の目をじっと見つめる。仮面の隙間から覗くその目は、私の心を見透かしているようで、思わず視線を逸らす。


「無理なんて、してないよ」


「でも……」


「大丈夫。私は平気だから」


何となく気になってラノ君の仮面を外してみると、そこにはムスッと膨れたラノ君のほっぺたがあった。


「…………わかりました。アヤメさんが良いなら良いです」


「ラノ君、もしかして怒ってる?」


「怒ってません」


「……妬いてる?」


「妬いてません」


ラノ君がプイッと顔を背けるので、私はラノ君のほっぺたを両手で包み込むようにしてこっちに向ける。その膨れた部分を親指で押してみると、プシューと音を立ててしぼんでいった。


「この弾力……癖になるかも……」


「もう知りません!」


ラノ君は私の手を振り払い、仮面をつけ直す。


「ラノ君、かわいいー」


「アヤメさんのほうがかわいいです! アヤメさんは、もっと自分の魅力を自覚してください!」


「大丈夫。私は……ラノ君のだから」


「…………ずるいです」


ラノ君が私のローブの袖をギュッと握る。私はそのローブを脱いで、畳んでからラノ君に渡す。


「行ってくるね。すぐ終わるから」


「……アヤメさんの、意志のままに」


私はラノ君に手を振り、控室を出る。外で待っていたレン先生の後をついて、誰もいない廊下を二人で歩く。


「……先生」


「はい」


ラノ君の前では強がってみたものの、ローブを脱いだせいか急に心細くなってくる。


「私は……間違ったことをしてると思いますか?」


「……どうして、そう思うんですか?」


「ラノ君に……心配ばかりかけている気がして」


もし私に何かあったとしても、きっとラノ君が助けてくれる。心のどこかでそう思っている私がいて、私はラノ君に甘え過ぎてる気がした。


「あの子に、遠慮はいりませんよ」


レン先生は、振り返ることなく答えた。


「あの子は昔から、振り回すのも振り回されるのも上手でしたから。きっと上手くやりますよ」


「昔から……?」


後ろからついていっているため、レン先生の表情は読み取れない。


「そう、昔から……」


ラノ君が転校してきたのは、今から丁度一週間前。ラノ君とレン先生が出会ってから、まだ一週間しか経っていないはず。やっぱり噂通り、レン先生の正体は鏡の魔女、ラノ君のおばあちゃん……?


「それに、上手くいかなかったときは先生が何とかしますから。生徒が何かにつまずいてからが、先生の腕の見せ所ですからね」


レン先生が優しげな笑顔で振り返る。言われてみればレン先生の笑顔、寝起きのラノ君の眠たそうな表情と似てるかも……?


「ありがとうございます、先生」


「あ、人前で緊張しない方法を教えておきますね。人間を全部チャカイモだと思う方法なんですけど……」


「ちゃ、チャカイモ……?」


「乾燥させると、ケンジュウという武器のダンガンに使えるくらい硬くなるお芋さんなんですけどね……」


また一つこの世界の変わった食材のことを知りながら、私は大広間の扉の前に辿り着いた。


「おいしいんですか?」


「若い子の間では、細切りにしたものを揚げてチョコをまぶす、シャカシャカチョコチャカイモフライが人気と聞きましたよ。あ、サイカさんはウメ味のほうが好きだって言ってたような……」


勇者の務めがどれだけ辛くても、逃げるわけにはいかない。町のみんなのために。クルミちゃんのために。ルリのために。タピのために。トゥーラのために。ヴァレッタのために。レン先生のために。ユキ会長のために。ラノ君のために。


「この戦いが終わったら、手作りに挑戦してみようかな……」


大広間の扉が、勢いよく開け放たれる。


「勇者アヤメを、お連れしました」


レン先生が後ろに下がり、冒険者の列の中へと消える。大広間に集まっていた冒険者たちが、一斉に私のほうへと振り返る。みんな私の格好を見るなりざわつき始め、中には口笛を吹く冒険者もいた。


「……」


隅の方で、タピとヴァレッタになだめられているトゥーラとラノ君の姿が見えた。自分のために誰かが怒ってくれる……不思議な感覚。


「心配かけてごめんね……。すぐに、終わらせるから」


深呼吸をしてから、女優の仮面のスイッチを入れる。


「冒険者の皆様、そして王族の皆様、本日はご足労誠にありがとうございます」


女神様のチャームの力を意識しながら声を張り上げると、大広間が一瞬で静まり返る。私はなるべく堂々とした足取りで、広間の一番前のステージへと歩いていく。


「早速ではありますが、第二次魔王城攻略作戦への激励と士気向上のため、私から皆様へ……女神様の祝福をお譲りしたいと思っています。その代わり……」


見ててねラノ君。私の、晴れ舞台。


「この戦いで……どうか私に、皆様の力をお貸しください」

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