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10-3【視点R】勇者アヤメの隣に立つ者は

「そしたらまぁ、ビンゴだったってわけ」


「え……?」


袴姿の吸血鬼が、心底楽しそうに笑う。


「千歳アヤメの中で今動いている心臓は、サイカ・ワ・ラノの失われた心臓だ。血の味が、完全に一致したからな」


「アヤの身体の中に、サイカ・ワの心臓……?」


まだ、私と吸血鬼以外の時間は止まったまま。水槽の機械音も聞こえてこない。


「……」


「どういう、こと……?」


アヤは確かに、過激なファンに心臓を食われて……死んだ。そして女神様の力で、勇者としてこの異世界で生き返ることができた。


「まぁ……俺も最初は驚いたけどな。女神様ともあろうお方が、こんな原始的な蘇生方法を使うなんてよ」


「……」


私も、神の力で臓器の一つや二つ、いくらでも再生できるのかと思っていた。まさか、移植手術みたいなことをして生き返らせていたなんて。


「……でも、じゃあ何でサイカ・ワは、心臓がないのに生きてるのよ?」


「わかりません。第二次魔王城が出現したあの日、本来なら僕一人だけが戦場で死に、パーティーメンバーの三人は学校まで、逃げ帰れるはずでした」


「っ……!」


いつの間にか、私たち以外の時間が動き出していたようで、サイカ・ワがため息をつく。


「ザック……ルリさんにこのことを話すために、わざと鍵をかけませんでしたね」


「だからうっかりだようっかり! わざとじゃないって」


サイカ・ワは、静かに水槽のほうへ振り返る。


「あの日、僕のパーティーはヒトキリという人型の魔物と戦っていました」


「ヒトキリ……?」


「ですがヤツは強く、全滅を恐れた僕は、パーティーメンバーを学校まで逃すために……囮になって一人残った」


「……」


「でも僕の仲間は、その学校ごと二つ目の魔王城に潰され、僕はヒトキリに切り刻まれた。あの日、結局僕のパーティーは全滅したんです」


ゆっくりと私のほうへと振り返るサイカ・ワの瞳は、なぜかとても穏やかで、優しく見えた。するとその後ろで、ザックがケラケラと笑う。


「そういえば、そうだったな……。だが、そのまま楽になることを許してくれなかったのが、うちのアリスってわけだ」


「アリスが……?」


黒金の獅子団のメンバーを一網打尽にしたあの日、私のサポートをしてくれたサキュバス、アリス・アングリード。吸血鬼であるザックと同様、サイカ・ワの同居人で私と同じ……魔族。


「こいつの肉片が散らばった廃墟を見つけ出して、わざわざかき集めて持って帰ってきたんだよ。だから仕方なく俺が繋ぎ合わせてやったんだ。そしたらなんと、生き返っちまった」


「……」


「……これが、僕が彼をこの森から追い出せない理由です。僕は彼らに、命を救われた借りがあるわけです」


サイカ・ワが、地下室から一階へと続く階段のある扉のほうへと歩いていく。するとまた、ザックが笑う。


「借りだって? おいおい、本当は当時のお仲間と一緒に、お前もあのまま……楽になりたかったんじゃないのか?」


「今は……そうは思いません。アヤメさんに、逢えましたから」


すると扉の向こうから、誰かが飛び跳ね、何かにぶつかり、その何かが倒れ、その誰かの頭に直撃した音が聞こえた。


「……」


サイカ・ワが扉を開けると、そこには頭を押さえて縮こまっているアヤがいた。そばには、倒れた箒がある。


「アヤメさん……どこから聞いていましたか?」


「うぅ……そしたらまぁ、ビンゴだったってわけ、ってところから……」


「今回のパートの最初からじゃないですか」


「今回の、パート……?」


「あ、いや、何でもありません」


「そろそろ話を戻すぜ。こっからが面白いんだ」


ザックは部屋の隅に置いてあった座布団の上で胡座をかくと、懐から扇子を取り出してサイカ・ワを指した。


「こいつは心臓がないのに生き返っちまった。あの後俺も、何度も廃墟を訪れたが……心臓のパーツだけが、消えていた。何者かに、持ち去られたってわけだ」


「……」


「そしてそれが何と、勇者様の身体の中で見つかった。しかも勇者様の心臓として、今も問題なく動いている」


真っ黒な扇子が、今度はアヤを指す。


「この心臓を止めたら、どうなるのか。サイカの中に戻したら……どうなってしまうのか。実に興味深い話だろ?」


「っ……」


アヤが一歩後ろへと下がったので、私はアヤのそばで肩を支える。


「……そんなこと、させるわけないでしょ?」


「その通りです。最悪の場合二人とも死んでしまう可能性がありますから、余計なことはできません」


サイカ・ワが仮面をつけ、一階へと続く階段を上がっていく。


「そういうわけなのでアヤメさん、あなたが死ねば、僕も死ぬかもしれません。今まで以上に、自分の身体は大切にしてくださいね」


「う、うん……」


「そろそろ出発の時間です。ザック、今度はちゃんと鍵をかけてくださいよ」


「はいはい。わかってるよ」


「……」


サイカ・ワに続いて、アヤも地下室を後にする。座布団の上から降りて立ち上がったザックが、扇子を懐にしまいながらニヤリと笑う。まだ……何かある。


「……まだ、私に言いたいことがあるんでしょ?」


「ご明察。俺のことよくわかってんなー! 俺のこと好きなの?」


「そう見える?」


「ぞっこんに見える」


「あっそ。とっくにあんたの目は消し炭になってたってわけね。着替えを覗かれる心配がなくなって安心したわ」


「そいつは良かった」


「喉まで消し炭になる前に、言いたいことがあるなら早くして」


ザックがカーテンの前の装置らしきものをいじると、真っ黒なカーテンが上がり、数え切れない数のサイカ・ワが浮いた不気味な水槽が、また姿を現した。


「サイカは腐っても、三人目の魔王候補だ。魔王候補の心臓と、勇者の身体が一つになり続けたら……一体どうなっちまうんだろうな?」


「……あんたの予想は?」


私は階段を上がりながら、吐き捨てるように問いかける。


「新たなる、女神の完成」


「え……?」


思わず振り返る。女神って……確かサイカ・ワが、次の女神にならないといけないかもしれないって、アヤが言っていたはず……!


「魔王の力と勇者の力、両方持ってるヤツなんて、それはもう神様くらいだろ。俺はサイカじゃなくて、あの勇者が次の女神になると睨んでるんだがな」


「…………」


アヤが女神様に……? そんなことになったら、魔族として召喚された私は、今度こそアヤの隣にいられなくなる……。


「……阻止する、方法は?」


「勇者が女神になる前に、サイカを女神にする、とか? まあでもあいつ男だしな……」


性別なんて関係ない。アヤは確か、サイカ・ワがアヤを生き返らせることで、女神になる条件を満たしてしまうと言っていた。


「そう……」


サイカ・ワが女神になることで、アヤが女神にならずに済むなら……何も問題ないじゃん。


「…………」


サイカ・ワの代わりなんて……私が見つけてあげればいいんだから。男なんて、いくらでもいる。

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