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2-6 【魔王軍の勇者】


「あなたの苗字を、教えてください」


僕は仮面越しにルリさんを見据えながら、その名を問う。


「……」


静寂が部屋を包む。二人の呼吸音が耳元に聞こえてくるほど、それは重苦しいものに感じた。


「……もう、気づいてるんでしょ?」


ルリさんはそう言って、ゆっくりと顔を上げた。


「私の名前は千歳ルリ。アヤの……双子の妹。あんまり似てないって、よく言われるけどね」


「ルリ……」


アヤメさんが心配そうにルリさんの名を呼ぶ。それはつまり、ルリさん自身が魔族だということを認めることに他ならなかった。


「ルリさん……あなたは異世界から召喚された勇者であるアヤメさんの対であり、魔王軍四天王の一人、魔王側の勇者だということを、認めるのですね」


「そ。私は魔王様の配下で、勇者の……アヤの敵」


あっけらかんとした笑顔で語るルリさんだが、アヤメさんの表情は晴れない。何か言いたそうにしているが、言葉が出てこないようだ。


「でも、私は……」


「わかってる」


アヤメさんの言葉を遮り、ルリさんが続ける。


「アヤは……私の敵じゃない。それは私が、一番よく知ってる」


「ルリ……」


「だから……だから今はまだ、私はアヤと一緒にいたい」


ルリさんは俯いて両手を握りしめた。僕はそれを見ていられなくなり、つい口を開いてしまう。


「そんな甘い考えでは、いずれ大切なものを失うことになりますよ」


ルリさんが弾かれたように顔を上げる。彼女の瞳の奥には、暗い怒りが宿っていた。どうやら……地雷を踏み抜いたようだ。


「……」


もうすでにこの世界で失ったのか、それとも元いた世界で失ったのか。いずれにせよ、このままでは僕と同じように、遅かれ早かれまた失うことになるだろう。いつまたどこに魔王城が降ってくるかなんて、誰にもわからないのだから。


「魔王軍四天王は勇者一行にとって最大の敵であり、魔王にとって最強の駒です。もし魔王がルリさんを裏切り者とみなした場合、あなたは真っ先に狙われることになる」


それかもうすでにスパイとして、ルリさんの知らないうちに利用されている可能性もあるけど。


「ルリさん、あなたは魔王と会ったのでしょう? 僕はまだ本物を見たことはありませんが、直接の目にしたあなたなら、わかるはずだ」


魔王の毒牙にかかるのが、ルリさんだけとは限らない。


「…………」


むしろ、ルリさんにとって一番大切なものから、目の前で順番に踏み潰されていくのだ。


「…………いや、私……まだその魔王ってやつに会ったことないんだけど」


「……」


「……」


「……えっ」


「……うん」


ルリさんの言葉に、今度は僕が驚く番だった。魔王に会ったことがない?


「あ、会ったことないの……? 魔王軍四天王なのに……?」


「うん」


「え、でも、じゃあ何で、自分が魔王軍の四天王だって知って……?」


「この世界に来る前に、マガミ様? ってのに言われたから。あなたは今日から、魔王の勇者です、って」


マガミ……? 勇者を召喚した女神とは違うのか……? 女神関連のことは、脅会(きょうかい)に聞かないとよくわからない。


「そ、そうですか……じゃあちなみに、魔王城の大結界の解除とかは……?」


「あの辺りは魔鎧(まがい)が多くて近づけなくて、やったことはないけど……でも、アヤにもできなかったんでしょ? 私にできるわけ……」


「やってみないとわかりませんよ!」

「やってみなきゃわかんないよ!」


僕とアヤメさんの声が重なる。手札は多いに越したことはない。魔王軍四天王であるルリさんなら、魔王城の大結界もすんなり壊せる可能性だってある。


「え、あ、ありがと……?」


アヤメさんかルリさん、二人のどちらかが結界を壊してさえくれればミッションコンプリート。これは、思わぬ収穫があったようだ。


「え、これどういう反応するのが正解……?」


ルリさんがアイスコーヒーに手を伸ばしたので、僕も無言でホットミルクに口をつけた。するとものすごく勢いよく、個室の扉が開けられた。


「アヤちゃんと彼氏ちゃん、息ぴったりじゃない! 声まで揃えちゃってー、カップル割適用したげよっかー?」


僕はむせ返った。マスターの発言内容に動揺したわけではない。マスターが急に入ってきたことにびっくりしただけだ。


「かっぷ……けほ……」


「ちょっと大丈夫? 落ち着いて、ゆっくり吸ってー」


「もー……ほら、おしぼりもあるから」


アヤメさんが背中をさすり、ルリさんがおしぼりを差し出してくる。完全に子供扱いだ。


「……」


僕がおしぼりで仮面の口周りを拭いていると、アヤメさんと目が合った。アヤメさんが慌ててマスターに向き直る。


「マスター、入ってくる時は声かけてくださいよ!」


「ごめんごめん!お二人さんもアツアツみたいだけどさ、できたてのケーキもアツアツだからさー」


そう言ってマスターは、三種類の小さなケーキが載った皿を二つ、机の上に並べた。


「まずは本日のケーキ、水のセットと草のセットね!」

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