2-1 【サイカは暗躍中】
今は初夏、賢暦千二十年七月二日の夜。世界一幸福な魔法使い、サイカ・ワ・ラノが、異世界から召喚された勇者と遭遇した次の日のこと。僕は一ヶ月ぶりくらいに、路地裏でいつもの取引相手を探していた。
「あ、いたいた。久しぶりです、おじさん」
「……仮面のガキか。また、目玉でも売りに来たのか?」
魔物の素材を売買するには、冒険者の資格が必要になる。僕はまだ冒険者の資格を持っていないので、魔鎧の素材を売る時にいつもこの人にお世話になっている。
「今日はちょっと、買いたいものがあって」
僕は小さな革袋を取り出す。中には、ヒノトリの卵が四つ入っている。
「ヒノトリか。どこで仕入れた?」
「鏡の森で飼ってるんだ。最近、高騰してるんでしょ?」
ヒノトリの卵は、どんな衝撃を与えても火を通さなければ割れないのが特徴で、持ち運ぶのにとても便利な食材だ。ヒノトリの玉子焼きは、僕の好物の一つでもある。
「フン。それで、何がいる」
「情報を買いたい」
「……」
「最近噂の、勇者様御一行のことはご存知ですか?」
「……ああ」
「彼女たちが、この町で拠点にしている宿の場所を知りたい」
すると彼は、苦虫を噛み潰したような顔で僕を睨みつける。
「……明後日でも良いか?」
明後日では、意味がない。
「明日の夜までに必要だから、今が良い。それに、物々交換は即日払いが原則では?」
「なら、二桁はいる」
「でしょうね」
僕はもう一つの革袋を取り出す。中には、ヒノトリの卵があと六つ入っている。合わせて十個。これで二桁だ。
「チッ……これだから……」
彼は舌打ちをして、僕から革袋をひったくった。
「喫茶バフォメットの三階だ。一般客は入れん」
「そうですか」
取引成立。僕は彼に手を振って、足早にその場を離れた。
「……」
なぜアヤメさんたちの宿の場所を知る必要があったのかというと、話は朝まで遡る。僕はこの日、アヤメさんたちが狩り損ねてきたという史上最弱の魔物、魔鎧の討伐のため、学校が休みだというのに早起きをして一人、現地にいた。
「これは……闘技場……?」
第二次魔王城の出現により被害を受けたのは、大結界に飲み込まれた区域だけではない。その周辺の居住区も大結界から発生した魔鎧の巣窟となり、現在も奪還予定地のままとなっている。その一角、昨日二人から聞いた場所には、数え切れないほどの凍った魔鎧が溜めてあった。
「丸ごと、氷漬けになってるってこと……?」
ぱっと見ここには、凍った唐傘魔鎧しかいない。傘の形をした一つ目一本足の最もよく見る魔鎧で、その目玉が高く売れる。
「これ、本当にルリさんがやったの……?」
ルリさんは、氷属性の魔法が得意らしい。何日分溜めてあるのか知らないが、僕からすればこの暑さの中、敵を倒さずに氷漬けにしておくほうが至難の業だ。これだけの力がありながら倒しきれないなんて、彼女たちは一体どんな戦い方をしているのだろうか。
「まぁいいや、さっさとかたづけて帰ろう」
本来なら、彼女たちと昼前に町で合流して、三人でここへ来る約束だった。でもせっかくの休日。勇者様の手を煩わせる必要はないし、丸一日潰す必要もない。さっさと終わらせて、さっさとおうちにこもるとしよう。
「ヒューマンケイン・レディ」
僕は処理した大量の唐傘魔鎧の目玉を麻袋に詰め込み、勇者一行との待ち合わせ場所へと向かった。




