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0-1 【仮面男と女勇者】

「立ち話で良ければ……どうぞ?」


今は初夏、賢暦(けんれき)千二十年七月二日の夜。僕の二十歳の誕生日が終わろうとしていたころ。僕が異世界から召喚された勇者と遭遇した、その次の日の路地裏。僕は腰の杖に手をかけたまま、勇者の問いかけにそう答えた。


「立ち話、ね。まぁいいけど」


彼女はその整った顔を歪ませ、まだ見慣れない黒色の髪を揺らす。その立ち振る舞いにはまだぎこちなさが残っているものの、その凛とした佇まいと目力、そして堂々たる所作は、まさに勇者のそれだった。


「それで……何の用でしょうか、勇者様」


「ここで何をしていたのか、説明してもらっても良いかしら?」


勇者はその身に纏った白いローブを翻し、薄暗い路地裏を一歩、また一歩と近づいてくる。


「……散歩です。最近、運動不足なので」


「ふーん……そう」


僕の苦し紛れの嘘に、勇者は興味なさげに答える。彼女は歩みを止め、やがてため息を吐くように吐き捨てた。


「ま、いいわ。あなたが何をしようとあなたの勝手だしね。でも、私も勇者としてやるべきことがある。現場を目撃されてしまった以上、言い逃れはできないと思うけど?」


勇者はそのしなやかな指を、僕が出てきた路地裏の奥へ向ける。


「現場……ですか?」


「とぼけないで。あなたがさっきまで話していた男、黒金の獅子団の構成員でしょ?」


「ああ……」


黒金の獅子団。最近住人や冒険者たちの悩みの種となっている、中級冒険者パーティー。法外な依頼料を要求したり一部の依頼を独占したりと、迷惑行為は止まるところを知らない。


「あの人は、ただの闇市の商人ですよ」


「そう。一月前までは、ね」


勇者は、僕の言葉に被せるように答える。


「黒金の獅子団の拠点の一つだった酒場から、あの男のものと思われる覚書が見つかった。その名簿に載っている人物の中で、身元を特定できたのはあなただけ。鏡の森の魔法使い……仮面のガキって、あなたのことよね?」


僕はその真っ黒な仮面をつけ直し、お気に入りの深緑色のパーカーのフードを深く被った。意図せずとは言え、また同世代からガキ呼ばわりされることになるとは。


「……つまり最初から、僕のことは容疑者の一人として接触してたんですね。道理で、僕が勇者様のパーティーに選ばれるなんておかしいと思ったんですよ。全ては……演技だったんですね」


勇者はその言葉に一瞬顔をしかめたが、やがて平静を装って答えた。


「全部が全部嘘ってわけじゃない……。騙して悪いとは思ってた。でも、町の人たちが安心して暮らせるようにするのも、勇者の務めだから」


彼女が姿勢を低くし、ローブの下で剣の柄に手をかけたのがわかった。


「あなたの容疑は二つ。一つ目は、黒金の獅子団と繋がっていたこと。そして二つ目は、女の子が寝泊まりしている部屋を、特定したこと」


勇者はそう言いながら、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。僕はそれに合わせて、一歩ずつ後退する。


「一応一つずつ言っておきますが、まずさっきの商人とは、月に一度会うか会わないかの付き合いです。彼が最近黒金の獅子団の仲間になったことは、本当に知りませんでした。それから……二つ目の容疑ですが」


僕の言葉を受け、勇者の眉間の皺が深くなる。


「聞けば素直に教えて頂けたのでしょうか? 勇者様の、寝床の場所」


「それは……まだ無理ね」


勇者が、僕の言葉をバッサリと切り捨てる。


「賢明な判断です。昨日会ったばかりの男に、そう易々と教えて良いものではない。勇者とて……寝込みを襲われれば一溜まりもないでしょう?」


僕がそう煽ると、勇者の眼光が鋭くなる。


「そして、寝込みを襲うことができるようになった人間が、今私の目の前にいる。そういうことよね?」


勇者の纏う雰囲気が変わる。僕は再度、腰元の杖を握りしめた。


「……ようやく、勇者様の本気が見られるのですか? 本物の聖剣で斬られたことは僕もありませんから、楽しみです」


「そうしたいけど……できないでしょうね。ラノ君は、私が手も足も出なかった魔物を倒してくれたみたいだし」


「それでも勇者として、僕を倒さなければならないのでしょう? それに…………やってみないとわかりませんよ」


彼女の目が、一瞬だけ冷たく光る。次の瞬間、彼女の右手がローブの裾から覗いたかと思うと、真っ白なローブはすでに宙を舞っていた。


「やってやろうじゃない……!」


彼女の剣が、僕の胸元を狙って突き出される。僕は即座に杖でそれを受け止めた。金属同士がぶつかったような甲高い音が、辺りに響いた。

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