第4話 同行と同棲(1)
眠りから目覚めてゆっくりと目を開けた姫奈は、自室とは違う天井に気づいて一気に眠気が飛んだ。そして自分が真っ裸の状態だと知り、とっさに毛布の中にうずくまる。
布団から目を出して辺りを見渡してみる。
上品な雰囲気の和モダンの部屋、室内に入り込む朝の陽射し、庭からはそよ風に揺れる草木の音と小鳥のさえずり。
(そうだ、私たち、温泉旅館に泊まったんだ……)
姫奈は記憶を断片的に探りながら、そっと体を起こした。
庭に突き出た縁側で、パンツスーツ姿のエルが椅子に座ってタブレットを使って何やら仕事をしている。長い足を組んで座る姿、端末を真剣に見つめる表情、何もかもが美しい。
「エルさん……」
「おはよう、姫奈。よく眠れた?」
姫奈に気づいたエルが仕事の手を止め、にこりと微笑んだ。その表情に心を射抜かれた姫奈はあたふたし、目が泳ぐ。
見ると隣のエルの布団はきちんと畳んで重ねられ、昨日に辺りへ無心に脱ぎ散らした浴衣や下着は畳んで整えられている。
エルはすでにスーツにも着替えメイクも済んでいる。慌てて時計を見たが、まだ案外時刻は早い。エルはいったいいつ起きて全てを終わらせたのか。
「す、すみません、私もすぐに……」
「いいよ。ゆっくり起きて。私ももうすぐこの仕事は終わるから、朝食食べたらまたお風呂行こうよ」
再びタブレットに目を落としながらエルの言葉に、姫奈は昨夜の断片的な記憶が繋がっていって、急激に顔を赤らめてしまう。
夕食後に一緒に行った露天風呂。平日だったからか、いるのは私たち二人だけ。そこで二人は唇を絡めて貪り合った。部屋に戻り、時間を忘れて求め合い溶け合った。何度も、何度も。
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(ここのシーンは、有料官能版にてお楽しみください!)
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憧れ続けた最愛のエルとの一泊の温泉旅館。こんな最高の時間が自分に訪れるなんて、先週までの自分からは考えられないことだった。
初めてマトリアルカのオフィスに訪れ、エルから勧誘を受けたあの日。あの時の決断が、自分の運命を変えたのだ。
あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
エルと二人だけのミーティングルーム。
「私には、無理ですっ……。マトリアルカの皆さんと一緒に並ぶなんて」
姫奈は慌てふためいて強く手を振り、エルの勧誘を固辞する。
株式会社マトリアルカの基幹事業は動画配信だ。6年前、国立大学を中退した真鳳エルが、同世代の女子大生2人を誘って動画チャンネルを開設したことからその歴史は始まった。姫奈はその初期の頃からの古参マトリアルカファンである。
マトリアルカの動画配信は次第に女性の間で人気となり、今では複数展開するチャンネルを総計すると登録者が500万人を軽く超える。若い女性ならば誰でも知っているほどの知名度だ。
マトリアルカに所属する女子大生配信者はいまや200人を超え、中にはスター級の人気を誇り圧倒的に稼いでいる配信者もいる。先ほど姫奈がオフィスで会った茜音や梨緒なども、強力なインフルエンサーである。
マトリアルカの人気配信者たちは、有名大学に通う高学歴の知性に、多くの人の目を引く美貌、そして多くの女性の共感や支持を集める話芸や表現力を併せ持つ。マトリアルカはそんな魅力溢れる美女たちの梁山泊なのだ。
初期の頃からずっと観てきた姫奈だからこそ分かる。そんな傑物の女子たちの中に、引きこもりで内気な自分が並び立てるわけがないと。
エルは一つ息をつくと、落ち着いて話す。
「マトリアルカの理念は、女性優位の社会の実現を目指すこと。女性が誇りを持ってがんばれる社会を作る。これは私の信念でもあるの」
「……はい。知ってます。素敵だと思ってます」
「姫奈にも、それを手伝ってほしい」
「でも……」
「カメラの前に立てと言ってるわけじゃないわ」
「え……」
「配信者じゃなくても、やれることはたくさんある。例えば、企画を立てる、リサーチをする、撮影をする、編集をする、出演者たちのマネジメントもそう。出演以外にもいろんな作業があるの」
「あ……」
姫奈は次第に理解していく。
マトリアルカのチャンネル開設当初は、2人の美人女子大生のトークがメインで、エルが裏でプロデューサーをしていた。エルは時々2人に話をふられたりカメラの前に引っ張り出されたりして、常にカメラの裏にいることが確認できた。エルは出演以外のあらゆる業務を担っていたのである。
いまやマトリアルカは社員数も増え、企画や制作、営業や財務なども分業化している。エルは社長業に集中するようになり、当初出演していた2人の女子大生も、大学卒業後はマトリアルカの副社長となって社長エルの経営を支えているという。
姫奈はマトリアルカの仕事をしている自分の姿を思い浮かべる。その現場に参加できたら、どれだけ楽しいことだろう。毎日ファンとして観てきたトップ配信者たちをサポートできたら、どれだけ幸せなことだろう。姫奈は次第に胸の内が熱くなってきた。
「私……、やりたいです」
「何がやりたい?」
「マトリアルカの皆さんのためになることなら……、エルさんのためになることなら、何でもやります」
「ありがとう。姫奈と一緒に仕事ができるなんて、こんなに嬉しいことはないわ」
「私も……、エルさんのために仕事がしたいです。もっと変わりたいです」
姫奈は大きく決意した。生き生きとしてきた姫奈の表情を見て、エルは嬉しそうに目を細めてうなずく。
姫奈に最初に与えられた仕事は、エル社長のサポート業務であった。多忙なエルの予定を把握し、必要な資料を用意し、外出時にお供する。いわば秘書であり、いわば鞄持ちである。
マトリアルカの女子大生メンバーは学業優先がルールであり、姫奈も例に漏れず大学には行って授業は真剣に受ける。授業がない時に、できる限りエルの仕事に同行する。エルの超人的な仕事ぶりを間近で見ることができ、この上ない勉強になる。一般的なインターンシップよりもはるかに密度の濃い経験ではないかと感じる。
数日後。エルが地方へ一泊の出張をすることになり、ちょうど大学の授業のなかった姫奈も同行した。商談や打ち合わせが終わった後に、この温泉旅館にチェックインしたのである。
無我夢中でエルと絡み合った旅館での一夜。いろんな器具も使われた。エルがあんな道具を愛用しているというギャップ。姫奈の弱点を瞬時に見抜いて徹底的に責める洞察力。そんなエルとの熱い時間を思い出すだけで、姫奈は全身が快感で疼いてしまう。
これからもこの最高のエル社長の横で生きていけるんだと思うと、姫奈の心は希望にあふれた。絶望しかなかった先週までの自分の心とは、まるで逆だ。生きていてよかった、姫奈は心からそう思った。




