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第3話 憧憬と勧誘(2)

挿絵(By みてみん)


 午後に大学を終えた姫奈(ひな)は、マトリアルカのオフィスへと向かった。都バスで40分ほど。自分が憧れ続けた画面の向こうの世界は、案外自分の生活圏の近くに中枢があったのかと、改めて感じる。


 受付をすると、しばらくしてエルが自ら迎えに来た。


「姫奈、よく来てくれたね。さ、入って」


「お、お邪魔します……」


 笑顔のエルに肩を触れられて、姫奈は恐縮しながらオフィスへと足を踏み入れた。


 並んでいる業務用のPC、いくつもの応接ブース。マトリアルカの動画企画で時たま背景として登場するオフィスが、目の前に広がっている。姫奈にとっては聖地巡礼以上の喜びだ。あまりの嬉しさに、顔が綻ぶ。


 集中して働いている女性社員たちも、全員が洗練された美人だ。男性社員の姿は一つもない。女性ばかりの会社というのは本当のようだ。動画で背景として映り込む時にもその美女率が気になっていたが、演出ではなくて本当だったんだと知り驚く。


「あっ、エルさんだー」


「ホントだ、エルさんー」


 背後からかわいらしい女性たちの声がした。聞き慣れた声に、姫奈は驚いて振り返る。


 マトリアルカの動画に出演している、人気の所属メンバーたちだ。


(うわぁ……、アカネさんにリオさん……、本物だぁ……! )


 画面の中でしか観たことがなかった彼女たちが、実際に目の前に立っている。動画企画そのままに、にこやかで明るく優しくて、そしてやっぱり美しい。同じ大学生とは思えない華やかさにあふれている。


 エルは寄ってきた彼女たちに、笑顔で応対する。


「みんな、これから動画の撮影?」


「そうでーす。新しいメンバーさん?」


「こちら、2年生の姫奈さん」


 エルが姫奈の肩に手をあて、彼女たちに紹介する。いつも画面で観ている彼女たちを前にして、姫奈はあまりに恐縮する。


「姫奈です……、いつも拝見してます……」


「わー、同じ2年生だよー、よろしくね」


「姫奈さんかわいいー! 早く一緒に仕事したいねっ」


 人懐っこい茜音(アカネ)が姫奈の左手を、にこやかな梨緒(リオ)が右手をとって、固く握ってぶんぶんと振った。同じ学年の仲間が増えたと思っているようだ。姫奈はただ遊びに来ただけとは言い出せなかった。


 エルは一人一人の肩を叩きながら激励する。


「撮影がんばって。楽しみにしてるからね」


「はい、エルさん、任せてください。姫奈さん、またね」


 茜音と梨緒はエルだけでなく、初対面の姫奈にも笑顔で手を振った。かわいすぎる。姫奈は反射的に手を小さく振りかえした。あの有名な配信者たちが、無名の自分にもあんなに気を遣ってくれるなんて、本当に優しい人たちなんだなと心が躍った。


「撮影行きますよー、マヒルさーん」


 振り向きざまに茜音が言うと、姫奈の背後から小走りの音が聞こえた。姫奈はその姿を見てギョッとする。


「えっ……」 


 何部もの資料を持って駆けてきたのは、スーツ姿の若い男性。姫奈はその顔に見覚えがあった。


「あっ。昨日は大変失礼しましたっ。本当に申し訳ありません」


 男性は姫奈の顔を見るや、その場で深々と頭を下げた。昨日、講演会場のロビーでつまずいた姫奈を支えて転倒から守った、あの男性だ。


 姫奈は自分も謝ろうとしたが、男性恐怖症の反射反応でさっとエルの後ろに隠れてしまった。昨日のあの時と今の自分は服装も髪型も全く違うのに、この男性が自分のことを認識していたことにもつい驚いてしまった。


 姫奈を気遣って、エルは男性に声をかける。


「マヒルくん、撮影よろしくね。ここはいいから」


「はい、分かりました」


 マヒルと呼ばれた男性はエルに応え、その肩から覗いている姫奈にも再び一礼すると、茜音たちのもとへと駆けていった。


「あ、あの……あの人は……」


「彼はうちの社員のマヒル。そっか、彼が昨日言ってた、傷つけてしまった女性というのはやっぱり、姫奈のことだったのね。」


「多分……。すみません」


「いいのいいの。姫奈は気にしないで」


「マトリアルカには、男性の社員もいたんですね……」


「彼一人だけどね。ああ見えて、マネージャーとしてはなかなか仕事ができてね。キャストの彼女たちもけっこう信頼してるみたい」


 エルの説明で、姫奈はようやくあの男性のことを知る。


 確かにエルはインタビュー記事などでは「ほとんどが女性社員」と明言はしているが、男性が一人もいないとは言っていない。むしろ、たった一人しかいないということが意外だった。


 エル社長が認めている彼に、今日もまた避ける態度をとってしまった。いずれちゃんと謝りたいなという思いが姫奈の中に生まれていく。



 エルは姫奈を打ち合わせブースへと誘った。エルとテーブルを挟んで真向かいに座らされた姫奈は、子役時代に何度も経験したオーディションよりもはるかに緊張する。何が始まるのかも聞かされていない。


 エルは姿勢を正して、姫奈を見つめながら切り出した。


「姫奈。今日会社に来てもらったのは他でもないの。この会社に所属する気はない?」


「……ええっ!?」


 姫奈は驚愕の声を上げた。


 マトリアルカの採用面接は極めて厳しいという噂だ。先ほど会った茜音や梨緒たちも、以前に動画の中でオーディション時に緊張したという話を語っている。


 いまや女性の間で大人気のマトリアルカには、入社希望者や所属希望者が大量に押し寄せるようになって、その倍率は極めて高いものとなっているという。有名大学のミスコンで準グランプリを獲ったような美少女でも落とされたという話もある。マトリアルカの配信キャストたちはおろか、制作スタッフである社員たちも美女揃いなのもうなずける。


「私に、ここのオーディションを受けろってことですか……」


「違うよ。スカウトよ」


「え……、冗談ですよね……」


「ううん。この社長直々のスカウトは、創業メンバーの時以来なかったことなんだからね。本気の勧誘よ」


 エルの目に見つめられ、姫奈の唇が震える。


 今、大きな人生の岐路に立たされている。エルともっと一緒にいるには、自分から変わらなければならないのではないか。


 姫奈の心は、大きく揺れ動いていた。



(第4話へつづく)

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