第9話:視覚と聴覚(2)
都内にマトリアルカが所有するハウススタジオがある。
一軒家をそのまま保有し撮影スタジオにしている。家具や調度品なども揃っていて、応接室やキッチンなど様々なシーンが撮影できるため、マトリアルカの様々な動画企画が邸内のあちこちで撮影されている。
マトリアルカで使用しない時は制作会社などにもレンタルをしており、それもマトリアルカの貴重な収益源の一つとなっているようだ。
ベッドルームやバスルームも備わっている。数本撮りになると深夜遅くまで撮影が及ぶこともあるので、仮眠ができるようにである。社内用ではあるが、わざわざゲストハウスとして旅館業法対策で簡易宿所許可も取得しているという。ベッドメイキングや清掃は、近隣に住むマトリアルカOGの主婦たちと提携して依頼を行っているとのこと。
マトリアルカのキャストたちは自分たちの企画の撮影のために、このハウススタジオを予約することができる。この日は昼から明日の朝まで、チーム・チャーミーが5本撮りの撮影のためこのスタジオ、そしてマネージャーのマヒルの予定を押さえていた。
姫奈は茜音と梨緒に連れられて、ハウススタジオに入った。マトリアルカの動画で何度も観たことがあるスタジオだ。姫奈はミーハー心で心臓がバクバクと鳴った。
撮影場所となる広いリビングに入る。マトリアルカのこれまでのたくさんの動画の中で登場してきた、見慣れた場所だ。姫奈はまるで財宝の蔵に入るような気持ちで浮かれていたが、一瞬で現実に戻され、身構える。
そこには既に、マヒルがいたからだ。
「姫奈さん、お疲れさま。茜音さんと梨緒さんを連れてきてくれて、ありがとうございます」
「あ……、はい」
「じゃあ一緒に準備していきましょう。僕はここのスタンバイをしますから、姫奈さんはまず茜音さんと梨緒さんのお二人を奥へ案内してください。控室になっている部屋がありますから」
マヒルは手際良く準備をしながら、姫奈に指示を出す。
間取りのことは当然、初めてここに来た姫奈よりも、何度も撮影している茜音や梨緒のほうが詳しい。茜音と梨緒が姫奈の手を取って、控室として使っている洋室へと入った。
「みんな、おつかれー」
「あ、茜音と梨緒が来た。今日よろしくねー」
「よろしくー。全員で揃うの、久しぶりじゃない?」
茜音と梨緒が、先に来ていたキャストたちと和気藹々と話す。姫奈はその様子を目にして、完全に硬直していた。
(わー、チャーミーの5人が、全員揃ってる……!)
チャーミーのメンバー5人は全員が人気配信者で、それぞれがバラバラにコラボ動画や雑誌取材などをこなしている。チャーミーのサブチャンネルも二人や三人などの撮影が大半で、それが量産化につながっている。五人揃って出演するのはメインチャンネルの大型の動画企画でたまにあるぐらいで、かなり珍しい。
恐縮して固まって立ち尽くしている姫奈を両肩をポンと叩いて、茜音が全員に姫奈のことを紹介する。
「みんな。彼女が企画支援課に入った、姫奈。今日手伝ってくれるって」
「あ、えっと……白鷹姫奈です。よろしくお願いします」
姫奈は慌てて頭を下げた。全員が興味深そうに視線を向ける。
「えー、あなたが姫奈ちゃん? 聞いてるよー。よろしくね」
「姫奈さん、すっごく可愛い!」
「ずっと私たちのファンだったって聞いたよ。嬉しいな。今日は一緒に楽しもうね」
メンバーが全員、姫奈に晴れやかな笑顔を見せる。美人集団のチャーミー全員に見つめられ、姫奈は照れて顔が赤らみ、身体が熱くなる。
いつも画面で見ている彼女たち。姫奈は一人一人と握手していく。
杏那。小柄ながらスタイル抜群、ショートカットで元気いっぱい。高校時代はシンガポールに住んでいて、地元テレビ局の教養番組や航空会社のCMなどに出演経験もある。マレー語も英語も流暢で、旅行会社や語学学校などとのコラボ企画動画などでは進行役を務めている。
奈穂。長身の長髪美人で、快活な茜音や杏那らとは対象的に温順温和な雰囲気の癒し担当。読書好きで半端ない読書量、そして分かりやすい解説力が人気で、出版社とのコラボ依頼も数多い文学少女である。
真七乃。明るい色のハーフアップが特徴的な、にこやかな丸顔美人。イラストが得意で、マトリアルカのメンバーの似顔絵を描いていく動画や、絵が苦手な杏那とのお絵描き対決の動画は、常に再生数が上がる。
マトリアルカフリークの姫奈にとって、杏那も奈穂も真七乃も、茜音や梨緒と同じぐらい憧れの存在だ。このチャーミーの5人全員と仕事ができるなんて、夢のようである。
今日の一本目の撮影は大手旅行会社とのコラボ動画。先方の女性担当者がマトリアルカのファンということで5人全員の出演を希望し、実現に至ったようだ。マトリアルカのメインチャンネルに上がる大型企画で、MC役の杏那は数週間前から先方と打ち合わせを重ね、今日はその女性担当者や本社のヘアメイク担当者なども撮影現場にいる。
画面上ではキャストだけしか映っていないシンプルな企画でも、メインチャンネル用の企画の撮影の裏側ではこんなにも多くの人数が関わっていて、こんなにも緊張感のある現場なのかと、姫奈は驚く。
現場で唯一の男性であるマヒルは、機材セットから細かい打ち合わせと、きびきび動いている。姫奈も自分にできる仕事を探していく。
撮影が始まった。5人を撮るメインカメラの他にも数台の小型カメラがキャストの表情を各方向から捉えている。内容は東南アジアの女子旅の提案で、東南アジアに詳しいMCの杏那が自分の経験や旅行会社から提供されたデータを説明しながら、他の4人とクイズ形式で話を盛り上げている。
姫奈は楽しそうな進行をカメラの後ろからワクワクして眺めながら、ふと横に立つマヒルを見る。スマホを片手に何か文字を入力している。
姫奈がスマホを遠くから覗き込んでいることに気づいたマヒルは、画面を向けてさらに文字を入力して見せた。
<撮影中に気づいたことをメモしてます。後で本社の制作部と共有して、編集やテロップの参考にしてもらえます>
なるほど、と姫奈もスマホを取り出してメモを始める。企画支援課は撮影の隅から隅まで気を向けておかなくちゃいけないんだ、と改めて気を引き締める。
約一時間の撮影が終わった。撮影を見ていた旅行会社の女性担当者は出演者たちを大絶賛し、内容にとても満足しているようだ。
一本目の撮影が終わると、先方の担当者や本社のメイク担当たちは引き上げていった。残った5人のメンバーは全力で演じきって高揚しているが、撮影は終わらない。せっかく5人集まったのだからと、先ほどの企画のアフタートークや、奈穂の最近のおすすめ本の話など、サブチャンネル用の動画をいくつかスマホで撮っていく。サブチャンは出演者が自分たちで撮影から編集までやっているので、効率性が追求されている。その体制で動画を量産していることが、チャーミーの人気の秘訣の一つでもある。
「終わったーっ。おつかれーっ!」
早計5本の動画を撮り終え、杏那が背伸びをしながら叫んだ。他の4人も笑顔で拍手し、ソファーに腰を下ろしてくつろぐ。
「お疲れさまでした。差し入れです」
いつの間に用意したのか、マヒルがソファーテーブルの上にサンドイッチや飲み物を並べていった。キャストたちは喜んで群がる。
「わー、マヒルくん。ありがとうー。食べよ食べよ」
「マヒルくんの買ってきてくるカスクルート、いつも美味しいよね」
「姫奈もほら、一緒に食べようよ。こっちおいで」
「私、キッチンで何か作るー」
どこか常に緊張感があった撮影現場も、一気に女子会の様相となって雰囲気が和らぐ。茜音や梨緒は姫奈の手を引っ張ってその輪に入れ、撮影の反省会のような雑談に花を咲かせている。
憧れの美少女たちに囲まれて恐縮しきっている姫奈だが、先のカフェでの茜音と梨緒の言葉もあって、マヒルのことが気になって目をやる。
マヒルはさりげなく撮影機材を片付けたり、各部署へ連絡をしたりと何かしら作業を進めているようで、姫奈は何か手伝おうと立ちあがろうとするも、マヒルが気づいて制する。
「あ、こっちは僕がやっておくので、姫奈さんは今日は皆さんとの顔合わせのつもりで、お話ししててください」
「そうそう。今日は雑用はマヒルくんに全部押し付けてさ、一緒に楽しもうよ。姫奈さん」
杏那が姫奈に肩を寄せて、手元のグラスにジュースを注いだ。笑いかける小顔の杏那の可愛らしさに、姫奈の心はキュンと高鳴る。奈穂も真七乃もいちいち姫奈を気遣ってくれて、その歓迎ぶりに姫奈は幸せな気分になった。
姫奈を交えての六人の女子会は盛り上がったが、そのうち杏那がグラスを置いてまた背伸びをすると、隣りのダイニングでラップトップを開いて何か入力作業をしていたマヒルに声をかけた。
「さて……。マヒルくん、一通り終わった?」
「はい、終わってます」
「じゃあ……、行こうか」
「はい」
先ほどまでのテンションの高さとは違い、杏那がマヒルにかけた声は落ち着いていた。杏那が立ち上がると、マヒルも無表情のままラップトップの画面をパタンと閉めて椅子から立つ。
「じゃあ、私も……」
「真七乃も。楽しみ」
奈穂と真七乃も杏那に続いて立ち上がる。杏那がマヒルの背中を押しながら移動し、奈穂と真七乃がその後に続いていく。
「え……、え……?」
姫奈がうろたえてキョロキョロしている。その右肩に茜音が、左肩に梨緒が手を置いて耳元で伝えてきた。
「じゃあ、私たちも行こうか、姫奈」
「え……、あの……」
「知るんでしょ、マヒルくんのこと。行こ」
「あ……」
茜音と梨緒に引き上げられ立ち上がった姫奈は、わけが分からないまま背中を押されて杏那たちについていく。その先は、ゲストルームとなっているという、ハウススタジオの2階だった。
恐る恐る階段を上がって、開いたドアの中を見た姫奈は、衝撃を受ける。
広い部屋の中央に置かれたクイーンサイズぐらいの広いベッド。その前で、杏那がマヒルの首に抱きつき、立ったままその唇を奪っていた。
「ちょっと杏那、早いってば」
「ズルいよ。ルール、ルール」
奈穂と真七乃が慌てて指摘すると、杏那はマヒルの口に吸いついたままマヒルの体をベッドに押し倒した。マヒルは驚いた目をしていたが、そのうちその目はまるで全てを受け入れるかのように閉じていく。
そこからは奈穂も真七乃もベッドに乗り、マヒルのスーツに手をかけて脱がせ、着ているものを一つ一つ剥いていった。
(な、何してるんですか……みんなっ)
姫奈はあまりの驚きの光景に、思わず割って入ろうとしたが、茜音と梨緒から腕をつかまれて止められた。ベッドの脇に置かれたカウチソファーに座らせられ、茜音と梨緒は姫奈を挟むように座る。
「姫奈、今日は邪魔したらダメ。ほら、マヒルくん、集中してる」
「……え?」
「見ててよ。ちゃんと教えてあげるから」
茜音と梨緒の言葉、そして目の前で繰り広げられていく情事。姫奈はあまりに混乱して小刻みに震える。なぜこんなことになっているのか。マヒルの集中とは何なのか。何もかもが分からない。
(その人は……、マヒルくんは……、エルさんの彼氏なのに……!)
姫奈はエルを気遣ってか、心の中で叫んでしまう。しかし、そんな姫奈の心の叫びが届くはずもなく、杏那と奈穂と真七乃は姫奈の目の前で、マヒルの身体をめちゃくちゃにしていく。
(それに……、マヒルくんはどうして、何も抵抗しないの……? エルさんという彼女がいるのに、なんでそんなに、エルさん以外の女性にされるがままなの……?)
杏那に激しく舌を絡められ、奈穂と真七乃に全身を剥かれていきながらも、ただ仰向けにそれを受け入れているだけのマヒルに対して、姫奈には憤りに似た疑念が起こっていく。
「見て。マヒルくん、全然抵抗しないよね……」
茜音が右耳にささやいてきて、姫奈はビクッとした。茜音に心を読まれた気がして驚く。
「どうしてマヒルくんが抵抗しないかというとね……」
茜音はもったいぶって、ゆっくりと話の続きを引き延ばす。姫奈はその続きが聞きたくて右耳に神経を集中させたが、茜音はそれを待っていたかのように、姫奈の耳たぶを柔らかな唇で挟む。姫奈は肩をすくめて体をビクッと振るわせる。
「あっ……ん」
「ふふ……、姫奈、感じてる……」
敏感な姫奈を面白がって、梨緒も姫奈の左耳へ温かな吐息を吹きかける。姫奈の両肩が上がってしまう。
茜音と梨緒の吐息が、姫奈の鼓膜を刺激する。姫奈は快感で意識が飛びそうになるのを必死で耐えながら、先ほどの答えを聞き出そうとする。
「んん……、どうして……なんですか……」
「なぁに……?」
「マヒル……くんが……あんっ……」
姫奈は左右の耳を弄ばれて、息が切れるほどに震える。目の前でマヒルを責め続けている杏那と奈穂と真七乃。自分の敏感な両耳を弄ぶ茜音と梨緒。マトリアルカの人気を牽引するチャーミーの五人が、自分の視覚と聴覚と触覚を容赦なく刺激してくる。姫奈は快感に痺れていく。
茜音はそのうち目を細めて、姫奈の右耳に真実を告げる。
「教えてあげる。マヒルくんが抵抗しないのはね……」
(第10話へつづく)




