第8話 要望と欲望(2)
「じゃあ……、マヒルくんは……、キャストたちに求められたら、どんな要望にも応えるの?」
「はい」
「……!」
マヒルの即答に、姫奈は面食らう。
意地悪な質問をしたつもりだった。茜音や梨緒は、マヒルを肉体的に辱めるためにロケ同行を求めたと言った。そんな個人的で性的な要望でも受けるような男なのか、という皮肉だ。ところが、あっさり肯定されたことで、姫奈は言葉を詰まらせてしまった。
「……どんな希望でも?」
「はい」
「本当に、どんなことを求められても……?」
「僕ができることであれば、どんな要望もサポートします」
「……それが、エルさんを裏切ることであったとしても?」
姫奈の質問はさらに食い込む。エルの彼氏という身でありながら、エルのいないところで女子大生キャストと肉体関係になるなんて、どういうつもりなのか。姫奈は遠回しに問い詰めようとしたのである。
しかし、マヒルはまたも真顔で即答する。
「マトリアルカの皆さんは、エル社長を裏切るような要望はしません」
「で、でも、もし……」
「僕はそう信じています」
そういうことが聞きたいんじゃない、と姫奈はますます苛立つ。だが、茜音や梨緒と絡んでいたことなど、恥ずかしくて直接確認できない。
「同じ部署の私も、どんな要望も聞くべき……?」
「いえ。姫奈さんは姫奈さんの判断で決めてください」
「え……」
「自分に無理なことは最初からやるべきじゃないですから、無理なら無理と伝えて大丈夫です。キャストの皆さんも、そこは分かっています」
無理なことはやるべきではない、というマヒルの考えは、エルと同じだ。
(じゃあ、セックスを求められたら、それは無理じゃないから喜んでやる、っていうことなの……?)
姫奈はそう言ってやりたかった。でも直接言えるわけがない。苛立っていると、マヒルが説明を加えてきた。
「皆さんは、必要としていることがあるから僕らに要望するんです。それは彼女たちにとって困っていることかもしれないし、それがあれば次に進めることなのかもしれない。だから僕は、少しでも彼女たちの役に立てればいいなと思って、要望に応えていってます」
濁りのない夜空のような瞳をこちらに向けて、マヒルは言う。
姫奈は押し黙ってしまう。そんな正論を言われたら、簡単に言い返せない。
でも、求められたからといって付き合っているエル以外の女性と情事に及ぶなんて、どうしても理解できないし許せない。姫奈はその葛藤を体内に溜め込んでいった。
打ち合わせが終わり、マヒルは次の予定に向かうために退席した。ミーティングルームに残った姫奈は、改めて今月の予定表に目を通す。その内容を読み返すたびに、興奮と心配が心の中に起こる。
リストの中には、姫奈がよく知る名前がたくさん並んでいる。マトリアルカフリークの姫奈は、一度でも動画に出演をしたキャストなら名前を知っている。そこには自分がずっと動画で見てきたキラキラした女子大生キャストたちの名前が多く載っていて、あの方たちと一緒に仕事ができるのかと思うと、姫奈は興奮でドキドキしてくる。
心配は、そんな彼女たちがマネージャーのマヒルのスケジュールを容赦なく押さえていることだ。彼女たちも茜音や梨緒のように、業務を口実にして性的欲求を満たすために異性のマヒルを利用していたらどうしよう。逆に、マヒルが暴走して彼女たちを毒牙にかけているようなことはないだろうか。そんな危険な妄想ばかりが姫奈の頭に浮かんでしまう。
さっそく気になるのが、今日これからの予定の内容だ。マヒルのスケジュールは深夜まで、夏海なつみ・紫織しおり・佑里亜ゆりあという三人の女子大生によって押さえられている。撮影補助という名目である。
この三人は、大学三年生六人組のチーム「ウインズ」のメンバーだ。マトリアルカの中では茜音や梨緒たち二年生チームの「チャーミー」と双璧を成すと言ってもいい人気集団。しかも夏海はウインズのリーダー格、紫織と佑里亜はサブリーダー格のような存在である。
当然三年生の彼女たちのほうが、一学年下の茜音や梨緒よりもマトリアルカの在籍期間が長く、姫奈には茜音や梨緒よりも長く試聴してきた馴染みの出演者たちだ。彼女たちまでもが茜音や梨緒のようにマヒルと肉体関係を持っているようなら、マトリアルカファンの姫奈にはショックが大きい。
ここで悩んでいても解決はしない。姫奈は目を覚ますかのように自分の頬を両手でパンパンと叩くと、意を決して部屋を出た。
出張で不在の日も多いエルが、今宵は自宅にいる。幸い今日はマヒルも帰宅しない日だ。
姫奈はエルの私室のドアをノックする。エルはいつも姫奈を抱くために姫奈の部屋に来るが、この日の姫奈はそれより先んじた。
返事を受けて部屋に入ると、エルはいつものブラウス姿で、何か資料を読み込んでいた。エルは姫奈を見て、にこりと微笑を見せる。
「姫奈のほうから来てくれるなんて。珍しいね」
「エルさん……。今夜も、私を……抱いてくれますか」
「もちろん。いいよ」
「嬉しいです……」
「私も」
「……でもその前に一つ、お願いがあります」
「姫奈から頼み事なんて、やっぱり珍しい。なに?」
「あの……、マトリコの動画配信、私にも観せてもらえませんか」
姫奈はエルのデスクの上のモニターを指差して言った。
社内ポータル「マトリコ」には、動画用のボタンがある。権限を持つ社員の間でカメラを通して生配信したり試聴したりできる機能だ。
「そっか。姫奈に権限が付与されるのはまだ数日かかるんだったね」
「はい。でも、今日観たくて」
「別にいいよ。私ももう少ししたら観ようと思ってたの。一緒に観ようよ。でも姫奈、いいの?」
「……はい、構いません」
姫奈にはエルの言いたいことは分かっていた。そこには姫奈が観たことのない光景、目を塞ぎたくなるような情景が映り出されるかもしれない。姫奈にそれが耐えられるのかどうか、エルは気遣ってくれたのだ。
しかし姫奈は確かめたかった。分からないことを悩むよりも、怖いことを憂うよりも、まずはちゃんと知りたい。
エルが試聴ボタンを押した。
姫奈の予想に似て、ベッドを斜め上から俯瞰的に撮っている映像が映る。まだ誰も映り込んでいない。
しばらく観ていると、スーツ姿の若い男性が、3人の若い女性に押されるようにベッドに座らされる。
(来た……! あれは……)
男性はやはりマヒルだ。そして3人の女性はみな長身でスタイル抜群。夏海・紫織・佑里亜の3人で間違いない。
夏海。ウインズではリーダー格で、自ら企画書や台本を多く書き上げている。バイタリティに溢れ運動神経もよく、体を張った企画でもそつなくこなし、場を盛り上げる話術も場を回すMC力にも長けている。いつも笑顔で健康的でスタイルも抜群。マトリアルカ屈指の人気配信者である。
紫織。一見物静かで清楚なお姉様タイプでありながら、トークスキルが高く、夏海に匹敵するほどMCとして場を回せる。特に夏海とのトーク動画はいつもコメント数が驚異的に高い。引き締まった細身だがファンの間では隠れ巨乳だと囁かれている。
佑里亜。難関私立大学に通うクールビューティーで、モデルのような小顔長身にスラリと長い美脚。発言は少ないが口を開くと本質的なひと言でズバリとまとめ、その語録がまとめサイトになっているほど。
現在の三年生メンバーは、マトリアルカのファンの間でも「黄金世代」と呼ばれるほどに美女揃いだが、中でもウインズは随一の人気チームであり、この三人はチームを牽引する存在だ。
ずっと観てきた人気の三人の姿に、姫奈はドキドキが止まらない。
「始まるみたいね」
エルが姫奈の肩を抱き寄せて、ささやくように言う。
画面の向こうのマヒルは抵抗できないままに、三人の女子大生に服を引き剥がされ、ベッドに押さえつけられていく。
茜音と梨緒の時よりも多い人数。それだけに、さらに複雑な絡み方。そして自分たちより年上の、三年生のお姉様たちの魅力……。
姫奈はその衝撃的な光景に、声もなく目を釘付けにされていった。
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(ここのシーンは、有料官能版にてお楽しみください!)
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姫奈は目が覚めた。閉められたカーテンの端から、朝の日差しが漏れている。
エルの私室の広いベッドの上に、今朝も一人で裸の姿。エルは既に起きてリビングにいるか、既に出社しているのだろう。
いつもは昨夜の記憶が断片的にぼやけているが、今日は昨夜に見たことを明確に覚えている。脳裏にそのイメージが鮮明に浮かぶ。
昨夜の、あの異様。
画面の向こうで、マヒルがチームウインズの夏海・紫織・佑里亜の3人に囲まれ、彼女たちに代わるがわるに襲われていく光景。3人が何度も昇天に喘ぎ、マヒルも何度も絶頂に達していった。
マヒルの社内での本当の役目とは何なのか。少しでも読み取ろうと、姫奈はその異様な光景に目を凝らしていた。
そのうち、エルが背後から姫奈にゆっくりと抱きつき、首筋に唇を這わせ、胸や秘部を指で責めてきた。画面の中のマヒルたちの行為を見て、エルにも情欲の火が灯ったのか。姫奈は責められながらも考えた。
(エルさんはどうして、自分の彼氏が他の女性と交わるのを見ながら、私にこんなことができるのかな……)
しかし、考えても考えてもその答えは出てこなかった。そして、エルの指がさらに姫奈の性感帯をえぐっていくと、姫奈はとうとう思考を快感に乗っ取られていき、いつものように意識が飛んでいった。
画面の中で夏海たち女子大生の喘ぎ、いやマヒルが快感に悶える姿に快感が移入して、姫奈はエルの腕の中で何度も何度も絶頂に至った。
そこからはベッドで何時間もエルとベッドで絡み合ったことを、姫奈は朧げに思い出す。画面の向こうから聞こえる、夏海たちの快楽の喘ぎに刺激されながら、昨夜の姫奈は淫欲に燃えたのだ。
以前の姫奈であれば、そんな淫靡なことは想像したくもなかった。でもなぜか今は、もっと知りたいと心のどこかで思っている。初期の頃からのファンとしてマトリアルカの全てを知っていたつもりだったのに、知らなかったことがたくさんありすぎるからだ。
もっとエルのことを知りたい。もっとマトリアルカのことを把握したい。
姫奈の気持ちはさらに熱くなっていった。
(第9話へつづく)




