第7話 茜音と梨緒(2)
「で、姫奈って今、好きな人いるの?」
姫奈の肩を抱いたままの茜音が、いきなり別角度の質問をぶつけてきた。姫奈は驚いてジュースに咽せてしまい、ケホケホと咳をする。
「え……、えっ……」
「えー、恋バナは女子会のメインでしょ。ここから嘘は無しだよー」
茜音は無邪気に姫奈の顔を覗き込む。近づく茜音の顔に、姫奈はますます真っ買いになって硬直してしまう。正面の梨緒も興味深そうだ。
「私も気になるー。姫奈は彼氏いないの?」
「い、いないですっ」
梨緒からの問いに、姫奈はつい強めに否定してしまった。茜音が肩をポンポンと叩いて、さらに問い詰めてくる。
「姫奈って彼氏いないんだー。それでそれで? 好きな人は? 気になってる人、誰かいるんでしょ?」
茜音の顔がもっと近づいてくる。逃げられる雰囲気じゃない。
「えっと……、それは……」
「うんうん」
「……笑わないって……約束してくれるなら、……言います」
「笑わないよー。真剣に聞くから。言って言って」
「私は……」
「うんうん」
「……私は……、私は、エル社長が好きなんです……っ!!」
姫奈はついにエルへの想いを暴露し、さらに真っ赤になってうつむいた。
場が凍ったような静寂に包まれる。茜音からも梨緒からも何の言葉も聞こえてこないので、姫奈は二人を怒らせてしまったのか、呆れさせてしまったのか、急激に心配になって焦る。
ところが、二人の反応は姫奈の予想と違っていた。
「なにそれー」
茜音は嘆息して姫奈の肩から手を引き上げ、梨緒も深い息をついて肩を落としている。姫奈は心臓が飛び出すぐらいの覚悟で告白したのに、完全に期待外れという反応だ。
「え……、えっ……?」
「そんな答え、反則じゃん。そりゃあ、エルさんはみんな好きだよ」
「そうそう。マトリアルカのメンバーはほぼ全員、エルさんに憧れてオーディション受けてるからね。エルさんを嫌いな人なんて、うちにはほとんどいないから」
茜音と梨緒が冷静になって解説する。場がしらけてしまったことに慌てて、姫奈は逆に質問してしまう。
「じゃ……、じゃあ、お二人には、彼氏はいないんですかっ」
「いないよ。面倒だし」
「私も。男はしばらくいいかな」
茜音と梨緒は、答え慣れているように即答した。
しかし、姫奈には解せない。憧れの二人に特定の彼氏がいなかったことへの安心感よりも、じゃあ昨夜のマヒルとの激しい情事は何だったのかという矛盾感のほうが先に沸き起こる。二人は姫奈も昨夜の配信を見ていたことを知らないはず。姫奈は思わず、意地悪な質問を追加する。
「それじゃあ、お二人は……、その…‥」
「ん?」
「その……、男性との……行為……というか……、そういうのは今はないんですか……」
「セックスのこと? 姫奈って、照れるわりには豪快な直球で訊くんだね」
梨緒がフフッと笑みを見せて言い、姫奈はどっと冷や汗をかく。
茜音がグラスを口につけながら、照れる様子もなく言った。
「ないわけじゃないよ。昨日の夜もロケ先でさ、二人でマヒルくんのこと、めちゃくちゃに犯したんだよね」
あまりにストレートな茜音の報告に、姫奈は面食らう。初めて知ったような態度を演出しようと、ひきつったぎこちない笑顔になる。
「え、マ……マヒル……、天川さん……?」
「そうそう。天川マヒルくん、姫奈も知ってるよね、うちのマネージャーの。おとといからのロケに、マヒルくんにもサポートでついてきてもらったのよ。それで、ホテルで梨緒と二人で。ね?」
「うん、みんなで深夜に倒れ込むまで」
「しかも、二夜連続」
茜音と梨緒が全く隠すことなく口にして笑い合っている。姫奈は顔から湯気が出るほどに、恥ずかしさが込み上げてくる。
「あ、姫奈、これはここだけの話よ。姫奈だから教えてるんだからね。他の人に言っちゃダメ」
「あ……、はい……梨緒さん、もちろんです……」
「私たちから聞いたって、マヒルくんにも言っちゃダメだよ。恥ずかしがって仕事どころじゃなくなるから」
「はい……。あの……、二人はマヒルさんと……、そういう……感じなんですか……」
「まあ、マネージャーだしねー」
茜音は全く悪びれる様子もなく言う。姫奈にはよくよく考えると意味が分からない答えだが、あまりに堂々ぶりについ納得してしまいそうだ。
「それは……、あの……、お二人から……積極的に……?」
「そうか、姫奈はマトリアルカに入ったばかりだから知らないか。ほら、このマトリコって、姫奈も使ってるよね?」
梨緒は自分のスマホを取り出すと、膝を進めて姫奈の横に並んで座る。見せたスマホに表示されているのは、社内用ポータル「マトリアルカ・コネクション」、通称マトリコの画面だ。姫奈も仕事で使っているものだが、梨緒のアカウントでログインした画面は、姫奈のものとは少し違っている。
茜音も自分のスマホを並べて、同じ画面を見せる。
二人に挟まれてそれぞれのログイン画面を見せられると、まるで茜音と梨緒のプライベートに入り込んだような気がして、姫奈はいっそうドキドキする。
梨緒は画面を操作しながら説明する。マヒルの予定表が出てきた。
「ここでね、マネージャーのスケジュールも共有されてるから、キャストは撮影とか会議とかで必要ならマネージャーの予定を仮押さえできるわけ。今日までのロケも、私と梨緒とで撮影の補助としてマヒルくんの予定を確保してついてきてもらったんだよね」
「そうそう。泊まりでマヒルくんの午後と翌日の午前を押さえて出張したら、その間の夜の時間はもう全部、もらったようなものでしょ?」
茜音は不敵に笑って言う。
「ホントはさ、今日もマヒルくんの夜の予定も押さえておいて、ここに連れてきて梨緒と二人で、昨夜みたいにめちゃめちゃに辱めてやろうと思ってたんだよね」
「そうだったね。ちょっと残念」
「え……」
唖然としている姫奈に構わず、茜音は続ける。
「マヒルくん、今夜は予定があって帰るからって、ダメだったの。同居人に夕飯を作らないといけないから、って。あれホントかな」
「まぁ、マヒルさんは絶対にウソをつけない人だから、ホントなんじゃない? 同居人って、エルさんのことかなあ」
「んー、でもエルさんは今日どっかに出張のはずだから、違うんじゃない。自分の家族のごはんでも作ってるのかもね」
二人の会話を聞く限り、茜音と梨緒はマヒルがエルと同棲していることは知らないようだ。だが、その話が本当ならば、マヒルが夕飯を作りに帰るというその相手は、姫奈のことに違いない。
姫奈はそんなことはつゆ知らず、先ほど茜音と梨緒とで夕飯を済ませてくるという連絡をマヒルに送ってしまった。
<了解しました。楽しんできてくださいね>
と、マヒルからの返事があったが、マヒルは姫奈の夕食のためにわざわざ茜音と梨緒の誘いを断ってくれていたのだ。申し訳ない気持ちになる。
「姫奈はさ、うちの所属キャストってわけじゃないんだよね?」
茜音が不意に聞いてきた。
「あ……はい。エル社長のアシスタントとして入社してて」
「じゃあさ、姫奈もマネージャーやればいいのに。そんなに私たちの動画に詳しいんだったら、いろんな意見ができるじゃん」
「そうだよ。それがいい。姫奈と一緒に企画考えるの楽しそう。茜音、エルさんに直談判しようよ」
茜音がまた姫奈の肩に手を回して抱き寄せ、梨緒も姫奈の手に抱きつく。二人に密着されて、姫奈は緊張で縮こまる。
茜音が耳元で、姫奈にささやく。
「姫奈はさ、エルさんのことが好きなんだよね……?」
「……はい」
「私たちもだよ。私たち、同志だよね……」
「あっ……」
「私は、同志の姫奈も同じぐらい好き……。姫奈とこれからもっと、一緒に仕事ができたらいいな……」
茜音が姫奈の耳に息を吹きかけると、姫奈の身体がビクンと震えた。それを感じ取った茜音は、その場に姫奈をゆっくりと押し倒す。あまりの急展開に姫奈は頭が混乱し、茜音の力に流されるままにリビングに横たわる。
茜音は姫奈の耳たぶ、首筋、鎖骨と、ゆっくり下へと唇を這わせていく。姫奈はゾクゾクと来る快感に耐えて、目を固く閉じる。
その唇が下半身に差し掛かると、茜音の手が姫奈のスカートに手をかけた。姫奈が一瞬我に返って慌てて目を開けると、そこには優しい目をした梨緒の顔が鼻先まで近づいていた。
「私も、茜音と同じ気持ち。姫奈と一緒になりたい……」
梨緒の美しい声に心をギュッとつかまれた姫奈が、何かを言い返そうと言葉を選んでいるうちに、梨緒の柔らかい唇が姫奈の唇を覆ってきた。
「ん……んん……」
姫奈は二つの唇を肌に感じながら、わけも分からず快感の海へと漂っていった。
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(ここのシーンは、有料官能版にてお楽しみください!)
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姫奈の目がゆっくりと開く。夜明け前でまだ薄暗い。
ベッドの上に仰向けになっていて、左右の耳から寝息が聞こえる。左には茜音、右には梨緒が、体温を求めるかのように姫奈に抱きついて眠っていた。布団に隠れてはいるが、三人とも一糸纏わぬ姿だと肌の感触で分かる。
姫奈は次第に昨夜の記憶が蘇ってきて、顔が熱くなってくる。茜音と梨緒にされるがままに絡み合い、いつしか意識を失っていた。リビングでの夕食だったはずなのに、いつの間にかベッドルームにいる。茜音か梨緒の部屋だろうが、いつ移動してきたのかもあまり記憶にない。
あんなに激しい夜が夢の中の出来事ではなく、たった数時間前の現実のことだなんて、姫奈には信じられない。
「姫奈……ずっと……一緒に……ムニャ……」
茜音が何やら寝言を言って、もっと姫奈に抱きついてきた。茜音の夢の中に、姫奈が出てきているのだろうか。それにつられたのか、梨緒もさらに頬を強く肩に寄せてくる。
姫奈は二人の温もりを身体の両側に感じながら、幸せを噛み締めていた。
二人は昨夜、姫奈と一緒に仕事がしたいと言ってくれたからだ。そして身体も一体となってくれた。
エルからはいつも愛情は何度も示されるが、エルは謎多き人で、実際の本心はよく分からない。だから不安に感じることも多い。
だが、茜音や梨緒までが姫奈を必要としてくれていることを知り、姫奈はどこか本当の安心を得た気がしていた。ここまで人に必要とされたことが、今までの人生であっただろうか。
両側の二人の体温の心地良さに、姫奈は幸せな笑みを浮かべて再び眠りについていった。




