第6話 彼氏と恋人(2)
「エルさんは、マヒルくんと付き合ってるんですか」
姫奈はずっと心に渦巻いていた疑問を、ついにエルにぶつけた。
姫奈にとっては悩みに悩んでいた質問だったが、エルは今さらの話と言わんばかりに淡々と答える。
「付き合ってるよ」
「マヒルくんは……、エルさんの彼氏なんですか」
「彼氏だよ」
「じゃあ……、じゃあ私は? 私はエルさんの……エルさんの……」
「姫奈は、私の大切な恋人だよ」
あまりにも澱みないエルの答えに、姫奈の心は葛藤が絡まる。エルは自分を好きでいてくれても、その愛情は自分一人に向いているわけじゃない。そう思うと、言い出さずにはいられない。
「好きな人が、何人もいるってこと……ですか」
「好きな人で言うなら、それは何人いてもいいんじゃない?」
「え……」
「だって、両親が好き、家族が好き、仲間が好き、お客様が好き、たくさん好きな人っているものじゃない」
「そういうことじゃなくて……」
「そういうことよ。それぞれに向いている好きな気持ちがそれぞれに違うのは、誰にだって普通のことでしょ」
「それじゃあ、浮気とかも許せるってことですか……」
「姫奈、聞いて。私ね、何人もの男と同時に付き合っている女性とか、何人もの女性と浮気を繰り返す男性とか、別にそれは個人の自由でいいし、正直どうでもいいと思っているの」
「……」
「私は姫奈が、私のことを好きでいてくれるのは嬉しい。でも、姫奈が私以外の人を好きになっても別に構わない。姫奈の人生は、姫奈のものだから」
「私は、エルさんだけです……!」
「ありがとう。私はね、マトリアルカのみんなが大好きよ。みんな大好きで、大切な仲間。でも、姫奈は私にとって誰にも替えられない恋しい相手。そしてマヒルくんは私にとってたった一人の彼氏。誰になんと言われようと、それが私の偽りのない気持ちなの」
「……」
姫奈は二の句が告げず押し黙る。エルの話を理解できたような、できないような。納得できたような、できないような。不思議な気持ちが巡る。
姫奈には十分な恋愛経験がない。確かに、見てきた小説や漫画でも様々な恋愛模様が描かれていて、必ずしも愛情は一途なものだけではない。人それぞれにいろんな恋愛観があるのは分かる。
子役時代にも撮影現場で有名なイケメン俳優に次々に会えて気持ちが高ぶったし、マトリアルカに出演するかわいい出演者たちもみんな憧れの存在で大好き。美空も心を許せる大好きな最高の親友だ。姫奈は自分の中ではエルにだけ唯一無二の愛情を向いていると自認しているが、もしかしたら他人から見れば恋多き女と思われるのかもしれない。エルの恋愛観が不思議に思えるのは、そんな視点の食い違いかもしれないのだ。
エルが自分を大切に想ってくれていることが分かっただけでも、姫奈にとってはこの上ない幸せだ。エルが他の人にどんな感情を持っていようが、姫奈は自分への愛情を持ってくれているだけで嬉しい。
ただ、そのエルの愛情の領域の中に、あのマヒルが入り込んでいることだけが、なぜか無性にイラッとくる。自分とエルの世界の中に、マヒルだけは入ってきてほしくない。そういう気持ちが起こってくるのだ。自分が男性恐怖症だからということではなく、なぜかマヒルにだけ苛立っている。なぜなのかは自分でも分からない。
明日、マヒルが出張を終えて自宅に帰ってくる。それを聞いて、姫奈は妙に胸騒ぎがする。気にしたくないのに、気になってしまう。
「マヒルくんのこと、ムカついてるんでしょ」
「えっ……」
エルにいきなり言い当てられ、姫奈は慌てふためく。
「私がマヒルくんを彼氏だと言うのを聞いて、マヒルくんのことが許せないんでしょ」
「いや……、違います」
「ううん、違わない。私は姫奈のことなら何でも分かる。私にはウソついたってダメだからね」
「……」
姫奈は真っ赤になってうつむく。エルはなぜかいつも自分の心の中を読んでいる。自分はエルの心の中が全く分からないのに。全て心を見透かされているのはこんなに恥ずかしいことなのかと、姫奈は痛感する。
押し黙ってしまった姫奈を横目で見たエルは、笑みを浮かべながら一つ息を吐くと、姫奈の太腿をトントンと左手で叩いた。
「じゃあ、そろそろ姫奈には教えておかないといけないかな。思ってたより早いけど、今日は時間もちょうどいいし」
「え、何を……」
「ふふ。それは家に帰ってからね。急いで帰りましょう」
エルはアクセルを踏み込んだ。車は一気に加速し、都心へと駆けた。
*
姫奈はエルと共にマンションに帰宅した。
マヒルは明日まで出張中だから、今宵もエルと二人きりだ。これからまたエルにめちゃくちゃに抱かれるのかと思うと、姫奈の心臓の鼓動はこの上なく高まっていく。
姫奈はエルの寝室に呼ばれた。いつもエルが愛してくれるのは姫奈の部屋で、エルの部屋に入るのは初めてだ。緊張して入室する。
綺麗に整頓されて広々としているエルの部屋。間接照明が灯るムーディな雰囲気。中央には清潔なダブルベッド。その向こうにはビジネスデスクがあり、電源の入った大きなモニターも部屋に光を放っている。
エルは姫奈をベッドの端に腰掛けさせると、タブレットを持ってきてモニターに並べた。
「姫奈がそんなに気になってるなら、見せてあげる」
言いながらエルが操作しているのは、姫奈も普段仕事で使っている、マトリアルカ社内専用のポータルアプリである。その名は「マトリアルカ・コネクション」。通称「マトリコ」。同社の開発部で独自に開発されたもので、社員や所属メンバーたちはこのシステムを使って情報共有やスケジュール管理を行っている。
エルはビデオカメラのピクトグラムが描かれたボタンを押した。姫奈も確かにそのボタンは気になっていたが、入社直後の姫奈にはまだ使用権限がないのかアクティブになっておらず、触ったことはなかった。
「見て、姫奈」
エルが姫奈に見やすい角度にタブレットを置き直す。
画面が映像に切り替わると、そこには薄暗い中に何かが動いている様子が見えた。
「え……、なんで……」
視認できた姫奈は、唇を振るわせながら目を凝らす。
そこには、仰向けに横たわる裸の男性の下半身の上で、下着姿の女性が頭部を上下に動かしている姿が、横からのアングルで映っていた。スピーカーから聞こえてくる音で、女性が男性器を口唇で激しく刺激していることが想像できる。女性は上半身のブラ姿しか画面に映っておらず、垂れ下がる髪に隠れて顔がよく確認できない。男性も下半身だけが画面に映り、顔は分からない。
だが、姫奈は直感した。
この男はマヒルだ。この腰つき、このよがり方。あの夜に目に焼きついて離れない、マヒルの肉体。
女性が頭を上下に動かしながらも、横に垂れる髪を耳の後ろにかき上げたことで、その顔が露わになる。
姫奈は驚愕して叫ぶ。
「……あ、茜音さん!」
マトリアルカ所属の人気出演者の茜音だ。何度かオフィスで会ったこともあるし、姫奈もファンとして毎日のように動画を楽しく見てきた美少女だから、間違えようがない。
あの人気キャストの茜音が、恐らくマヒルと思われる男性のモノを、その可愛らしい口唇に深く激しく咥え込んでいる。
横の大型モニターにも、タブレットとは別の映像が映し出される。
今度はベッド全体を横上から俯瞰的に撮っているものだ。タブレットに映る映像と同じ動きの茜音の全身も確認できる。
やはり仰向けの男性は、マヒルで間違いない。そのマヒルが、下半身を茜音の口唇に弄ばれながら、茜音とは違う別の下着姿の女性と激しく舌を絡め合っている。
「梨緒さん……!?」
姫奈は再び驚きの声を漏らした。
マヒルの手をベッドに押さえつけるように握り、明らかにマヒルへ舌を挿れ込んで責めている美少女は、同じチームの茜音と頻繁に共演している梨緒だ。茜音に匹敵する人気を集める女子大生キャストであり、茜音と梨緒が同時に出演する動画は姫奈も大好きで何度も繰り返し観てきた。
その二大キャストが、仰向けのマヒルを同時に激しく犯している。マヒルは抵抗できずに二人にされるがままに悶えている。
じゅぷじゅぷ……、くちゅくちゅ……と艶かしい音が、薄暗い部屋の映像の中にこだまする。
姫奈はその映像から目が離せず、唇を震わせている。何が起こっているのか、全く理解できない。
「これ、生配信だから」
「え……」
「今まさにこの時間、マヒルくんはこうされているの」
エルが画面を指差しながら、姫奈に教える。姫奈は唇の震えを止めるように、手で口を押さえた。
やがて茜音が顔を起こし、マヒルの上に跨り始める。姫奈はその一連の動きに息を呑む。
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(ここのシーンは、有料官能版にてお楽しみください!)
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画面の中で、茜音と梨緒に激しく犯されていくマヒルの姿。姫奈は瞬きも満足にできず、三人の姿に視線を釘付けにされていた。
エルの手が肩に置かれ、姫奈は身体をビクッと震わせた。マヒルの映像のせいなのか、股の奥がじんじんと疼いてきて、全身が敏感になっている。
「マヒルくんも、今こうやって快楽の中にいるわ」
「エルさん……」
「だから姫奈、私たちも……、ね……」
隣りに座るエルは力強く姫奈の肩を抱き寄せ、姫奈の震える唇にその柔らかい唇を重ねた。舌を挿れられた瞬間に、姫奈はとろけるように目を閉じる。画面から聞こえる茜音と梨緒の喘ぎ声に触発され、ますます興奮は高まっていく。
深いキスをされたままベッドに押し倒された姫奈は、エルの背中に両手を回し、自らも舌で迎え動く。今はマヒルではなく自分がエルを独占しているという優越感で、エルに掘り起こされる快感が理性を超えていく。何が何だか分からなくなり、夢中でエルの身体を求めていく。
エルと姫奈の二人の絡み合う唾液の音が、画面の中のマヒルたち三人が絡み合う淫美な喘ぎ声のスピーカー音と溶け合って、エルの寝室に妖しく響いた。
(第7話へつづく)




