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08

「敵さんがムチャしかけてきてるなら、ウチらもギア上げてかないとね。まずは警察をどうしよう?ハッキングしていなくさせるとかできないの?」

「…無理ですね…彼らの指示系統システムを私たちは把握していませんし、知っていたとしても、彼ら側による私たち側のシステムの特定に繋がる恐れがあるため、危険すぎます。社長の携帯の中のアプリを起動すれば現地の警察無線の傍受くらいなら可能ですが…」

「無線が聞けるだけじゃね…何か別の手が必要ってこと?」

「…その通りです」

 明らかに物騒な話になってきてる。ここらで、俺も基本的な話を確認しておきたい。この仕事に乗るか乗らないか、俺にだって決める権利くらいはあるはずだ。

「あの、牙って何ですか?また何かの通称ですか?敵だとかヤツらだとか言ってますけど、何がどんだけヤバいんですか?俺だってWALRUSやOCEAN社くらい知ってますけど、そんな悪い噂とか知らないですよ」

「……」

「さっき脅迫電話があったじゃん。アレじゃダメ?マトモな連中がああいうことすると思う?」

「そりゃそうですけど、俺が聞きたいのはもっと全体的な話です。じゃないと、無線傍受がどうとか、流石に付き合いきれません。俺に言わせれば、あなた達だってマトモには見えませんよ」

 社長とエイちゃんが(エイちゃんとやらはこの場にいないわけだが)携帯の電波越しに視線を交わし合って、思索しているのを感じた。

「わかった。新人くんにも話してあげよう。ここまできて裏切られても困るし。ただ、事態は切迫してるんで多くは話せないよ。というか、私たちにだって事の全貌はわからない。所詮は末端の一業者に過ぎないから。そうだな…」

 社長は額に手をやって、何かを思い出す素振りを見せた。

「例えば、私がさっき捨てた新人くんの携帯。あの中には爆弾が埋め込まれてるの」

「はぁ?そんなの…」

「ありえないと思うよ、ここ日本ではね。でも、新人くんは覚えてるかな、中東でゲリラ兵の3000人超が不審死した事件」

「ああ、そういえば去年ニュースになってたかも」

「その携帯が、全てOCEAN社製のものだったってのは知ってる?」

「でも、全部テロリストがやったんだろ?」

「テロリストって、誰が?」

「中東の、ヤバい組織の」

「死んだのは彼ら自身だよ。それに、何が混じりこんだにしても、サプライチェーンの管理はそもそも誰の責任だろう?OCEAN社はこう主張してる。ライセンスを譲渡した悪意ある第三者が、不当に自分たちの製品に爆弾を仕込んだと。その第三者とやらの正体は、世界中の報道機関が追っているのに不明なままだけどね」(*1)

「……」

「………」

 エイちゃんだけでなく、俺まで少し黙ってしまう。考えるために沈黙が必要だった。

「パレスチナ自治区の紛争で、この一年で爆発的に死者が増えてるのは知ってる?」

「…まぁ、聞いたことくらいは」

「具体的な死者の数は?」

「えっと…」

 俺の代わりに、電話の向こうからエイちゃんが答えた

「…100日で40000人」

「確かに多いかもって感じですけど、それが今の話に関係あるんですか?」

「自治区を攻撃している当局の発表では、この40000人はただの40000人じゃなく厳正に選定されたものでね、全てテロ組織の戦闘員として確認が取れた人間ってことになってるの」

「それが?」

「一日当たり400人、3分に1人というハイペースで、特定の個人が戦闘員であるということを、当局はどうやって証明できたと思う?」

 考えてみると、見当もつかない。

「簡単だよ。当局は人で考えることをやめたんだ。OCEAN社製スマートフォンから収集された個人データを学習させて、AIに判定させた。するとアラ不思議、自治区500万人から4万人の戦闘員を見つけることができました、後は軍部のお偉いさんが攻撃許可のハンコを押すだけってわけ。OCEAN社はこの単純明快な治安維持システムを、12億ドルの対価で構築/提供したの。当局側の正義の根拠はこのシステム。彼らは戦闘員以外を攻撃していない。なぜなら、OCEAN社の正確無比なシステムが、そう判定しているから。中身のロジックの正当性を評価すらせずに、何がどう正確なのか、私には疑問のままだよ」(*2)

 俺に話の真偽はわからない。議論誘導の意図があるかもわからないが、社長も明らかに持ってまわした言い方をしている。

 でも、急に感じた。目の前のこの若い女が、社長であるということ。ダサい名前のショボそうな会社が、根っこのところでこの社長の意志と行動しているのだろうということ。

「とりあえず、OCEAN社は単にWALRUSを開発しただけ、俺たちにネットサーフィンの道具をプレゼントしてくれただけの純朴な企業ではないってことを言いたいんですよね?」

「そう。理解してくれてありがと」

「大意を汲み取っただけで、理解はしてません」

「じゃあ、ここで仕事降りる?言っとくけどオススメしないよ。あんたはもうヤツらに目をつけられてるから」

「…私からも…推奨はしません…」

 エイちゃんからも引き止めの声。会ったことすらないのに、心配してくれているかのようだ。

「別に降りるとは言ってないです。けど、あなた達はなんでこんなことしてるんです?」

 社長はものぐさそうに手遊びをしながら答えた。

「色々あるっちゃあるけど大した話じゃないよ。新人くんだって、特に理由があって今ここにいるわけじゃないだろ?私たちも同じで、単に運悪く、仕事だからってだけがほとんどさ。な、エイちゃん?」

「……はい…」

 胡散臭い。が、答えてくれそうもない。

「わかりました。俺も乗りますよ。どうせ逃げられそうもないですし…特別手当はもらいますからね」

「じゃ、契約成立の握手」

 社長らしさが消えて、ただの若い女に戻っていた。

「早速仕事の続きだ。ここからは車は捨てて、徒歩で行く。新人くんはトランクから707を持って行って」

「あんな重い物を?」

「アレには私たちのデータが詰まってるんだ。万が一にもヤツらには渡せない。新人くんはまだウチらを100%信頼してくれていないようだから、君に任せることにする」

「それ、矛盾してません?」

「信頼を得るには、まずはこちらから信じる。初歩的なことだよ、ワトソン君」

「…で、『牙』ってのは何ですか?まだ教えてもらってませんけど」

「『牙』は通称だね」

「やっぱりまた通称ですか」

「でも、私たちが付けたんじゃないよ。これはヤツらから奪った文書の中に記載されてた、いわゆるコードネームってヤツ」

「意味は?」

「ヤツらのメインサービスの名前がWALRUSだからね。それとかけてんじゃないの?」

「そういうことじゃなくて」

「…文書によればですが…彼らにもアキレス腱があるようなんです…私たちが707を守らなければならないように、彼らにも守るべきものがある…それが『牙』と呼ばれています。マネジメント職以上であれば、社の保守対象資産として皆が認知しているようです」

「その『牙』が具体的にどんなものかまでは、知らされてないのがほとんどみたいだけどな。ウチらにもわからない。でも、私たちからすれば詳細なんかなんだっていいんだ。ヤツらが守りたがってる。その事実だけで足りる」

「…私はDNSルートサーバーのようなものを想像しています…WALRUS検索エンジンを中核に据えたOCEAN社製プロダクトのエコシステムを実現させるためのネットワークモジュールじゃないかと。ゴールデンレコードの集積所…みたいな可能性もありますが、その手の冗長化容易なものより、ネットワーク領域の何か…である可能性が高いです」

「ドゥー・ユー・アンダースタン?」

 アイ・キャント・アンダースタン…

「エイちゃんの予測はもしかしたら正しいのかもだけど、結局は気にするな。私たちに求められてるミッションは変わらない。だろう?」

「……技術的アクセス実現の見込みが無いため、物理的な破壊を望みます…」

「ほら、シンプルだ」

 社長が助手席のボックスをバカンと音を立てて開けた。ガチャガチャと中を物色する。

「えーと、新人くんには…やべ、あったかな?いや、あったあった」

 何かを回収して、自分のバッグに詰めている。

「……社長、この後の作戦は?」

「私達はとりあえず警察をどかして上に行く。エイちゃんは、ウチのPMとPLに連絡して」

「PMってエイちゃんさんじゃ?」

「…私はプロダクトマネージャー。あの二人はプロジェクトマネージャーとリーダー」

 無意味にややこしい。

「…二人とも、今日は休暇中です」

「かまわん!取り敢えず連絡して」

「……はい…」

「新人くんは707を持ったら外で待ってて」

「はいはい」

  外に出たら空気がおいしかった。山だもんな。後ろのトランクを開けて、サーバーが詰められたアホみたいなサイズのバッグを背負った。時間でも確認しようかと思ったら携帯が無くて、社長に放り捨てられたことを思い出した。

 なんかバタバタとしてるし、物騒なことにもなってるけど、山の夜は静かだ。東京のど真ん中とは違って星も見える。何年ぶりかなって気もする、こうして星を見るの。上の方で検問中のテールランプも見えてるけど。

 呆けていたら、後ろから物音がした。エンジンが吹かされている。

「こら社長!どこ行くんで…」

 言い終わらないうちに、携帯に耳を当てたまま社長が車から出てきた。でも、車は止まっていない。むしろ速度を上げて前進を始めている。

「ごめん、何かあった?」

「何かって車が…」


 ドカン


 ガードレールを思い切り乗り上げて、俺達の車が飛んで行った。暗い峠の底に落ちていく。墜落して、爆発した。赤い炎とどす黒い煙が、星空目掛けて叫び声を上げた。

「完全に犯罪者じゃん…」

「警察無線じゃ大慌てだよ。これから上の奴らいなくなる」

 耳に当てた携帯から盗聴してるのだろうか。実際、上方のテールランプに動きが見られた。サイレンも鳴り始めた。

「車道からは外れて湖の方目指すよ」

「帰り道どうするんですか?」

「なんとかなるでしょ」

「ならないと思います」



*1

現実に発生したポケベル爆弾事件を元に筆者が創作した事件。現実の事件から大幅にアレンジを加えている

https://www.bbc.com/japanese/articles/c7815990pxpo

*2

現実に存在するイスラエル軍のハマス戦闘員判定システム『ラベンダー』を元に筆者が創作した

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c72d4cbc32aa5577eac494dfd75b43652a20555f

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