07
「あ~あ、行きたかったなぁ、伊香保温泉街」
「帰りも寄りませんからね」
「新人くんは真面目ちゃん気質、と」
「…このまま目指すんですか、山頂?」
「うーん」
「バレてるんでしょ?敵とやらに、俺たちの動向」
「それは意外と大丈夫。バレてるって言っても、本当にいつ、具体的にどこに現れるのか分かってないんじゃ、あんま意味ないから。ヤツら上場企業だろ?上場してるってのは活動を肥大化させるにはいいけど、同時に世界中の第三者に首根っこ掴まれてるようなもんなんだ。ムチャが効かないんだよ。だから、さっきみたいな電話を寄こしてくる」
「あれって脅迫でしょ?ムチャじゃないですか」
「電話一本で済むのはムチャじゃない」
ムチャの見解に相違あり。
「とにかく、あんなチンケな脅ししてくるってことは、大した手は無いさ。新人くんにはこのまま真っ直ぐドライブを…わ、ヘアピンカーブ!漫画で有名な5連続?」
「ナビ見る限り4連ですけどね。それより、なんか上の方、渋滞してません?」
ヘアピンで揺れる窓の上層に、人魂みたいに何台かのテールランプが浮かんでいるのが見えた。カーブで車体が向きを変える度に、現れては消えてを繰り返していた。
「スピード緩めて!」
社長は窓ににじり寄り、双眼鏡のようなものを取り出した。
「こんな夜じゃ何も見えませんよ」
「暗視付き」
ワーオ。
双眼鏡を覗き込みながら、社長はもう片方の手で携帯を取り出し、ブラインドで入力を始めた。コール音が俺にも小さく聞こえる。繋がった。
「ビンゴだよエイちゃん。我が国ご自慢の警察機構が検問張っちゃってる。たぶん『牙』だ。そっちはどう?」
相手の回答を受けた社長は、なんだか少し楽しそうだ。
「ありえない。傑作だね。スピーカーフォンにするから、新人くんにも教えてやってよ」
「社長!私は初対面の人とは…」
「もう聞こえてます。初めまして、田端です」
「うっ………!」
電話の向こうの戸惑いが露骨に伝わってくる。話も長くなりそうな気がしたので、カーブ後に見えた退避スペースに車を寄せた。それに、詳細はわからないが、この上で行われているらしい検問とやらが俺たちを狙ってのものだと言うなら、俺だって無策に近づきたくはない。
「………」
車を止めたので話の方はどんどん進めて欲しいのだが、『エイちゃん』とやらは黙りこんだままだ。
「社長、どうしてくれるんですか、この空気」
「エイちゃん、ちゃんと喋る」
「そうやって無理強いしても人は動きませんよ。学校で習いませんでした?」
「習わないね、そんなの」
ピンコンと、大きめの通知音がナビから聞こえた。その音を合図にしたように、弱々しい声も社長の携帯から続いた。
「…あの…今ナビに座標データ送ったんですけど…開けますか?」
飛び出ているアイコンを雰囲気でタップしてみたら、開いている地図がグイッと動いた。
ピンが立っているが、青いだけのスクリーンに赤いピンがあるだけで、それが何を指しているのかはよくわからない。
「…昼の攻撃データから…私なりに彼らの物理サーバーの位置をさらに特定してみたんです」
「榛名山山頂って話でしたよね?」
「その通りです…でも…それはあくまでルーターレベルで…大雑把な解析なんです…なので、さらに対象を絞るべく追加調査をしていました」
「そんなことできるんですか?」
「攻撃の到達速度/頻度からの推測…経路上と目されるネットワーク機器に私たち側のボットを潜り込ませるなどすれば…不可能ではありません。通信内容の復号までは短時間では難しいですが…位置情報程度であれば」
俺に詳しくはわかりそうもないな。
「ただ…今回の場合…変なんですよ。何度シミュレーションを回しても、ありえない位置が結果として割り出されるんです」
「それがこれですか?青いばかりでよくわからないですが」
「…マップUIの問題ですね…縮小表示してみてください」
なるほど、盲点だった。一般の地図アプリでもあるやつだ。駅近の店を指定したときとかに、わかるはずもない駅ビルの外枠線だけ表示されてるみたいな。
縮小してみたら、ピンが示している場所の答えは一目瞭然だった。
「…榛名山はかつて活火山でした…だから、山の上には湖があって…そのど真ん中の…底にあるみたいなんです…」
俺は社長に目配せした。
「こんな推測、信じるんですか、社長?」
「エイちゃんが導き出した答えだ。私は信じる。それに、あの検問と合わせれば、このありえなさこそが逆説的に証明してるよ。ここに牙がある。獰猛なセイウチの『牙』があるってね」
青い平面、垂直に突き立てられたピン。牙。
「新人くんは、察しも悪けりゃ運も悪いみたいだ」
「前職は理不尽でクビになってるんで」
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