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01

 会ってみたら、俺たちのクライアントのトップというヤツは何てこともない、若い男だった。歳の程はいいとこでも三十の半ば。なら、俺とも大して変わらない。背も低めで、それらしい迫力も無い。しかし、こんなヤツが『何億兆円』規模だかのプロジェクトのトップなのだそうだ。まぁ、俺をビビらせるために、ウチの社長も盛ってるんだろうな。

 そんな俺をビビらせたかったらしいウチの社長は、六十も半ばなのに、俺の隣でその若い男にペコペコしている。

「この度はうちの若いのが申し訳ございませんでした。せっかく先生のプロジェクトも動き始めたところでしたのに」

「別に構いませんよ。動き始めただけで、実際にはまだ何も、というやつです。壊したものは直していただければ、それで」

「もちろんその分の費用は勉強させていただきます!なので、できましたら来期のご契約の方も…」

「我々としても新しい相手を探すのはリスクです。すぐに切る、みたいなバカなことはしません」

 男は突然手を差し出してきた。

「握手ですよ。今後も一緒に仕事するんでしょ?」

「ああ、はい、もちろんですよ、先生!」

「思いやり、支えあい、高めあう。我々の理念です」

 オヤジ二人が握手した。オヤジと一括りにするには、倍ほども歳は離れているだろうが。

「これで次期も契約成立、とは残念ながらいきませんが、我々は文書主義なので。上の正式な承認も通す必要がありますし、今はその時期でもありません。来期とやらがくるまで、しばらくはお手並みを拝見ですかね」

「絶対にご満足できる成果をお見せしますよ!」

「ところで、隣の彼は何をしに?」

 俺のことだ。社長も突然の話題変化で軽く目が泳いだ。

「あ…こいつですか?実はこいつが今回バカをやったウチの張本人でして、例のエンターキー押したヤツなんですよ。いや、ホント申し訳ない…ほら、お前も謝れ」

「申し訳ございませんでした。二度と繰り返さぬよう、肝に銘じて作業いたします」

 とりあえず頭を下げておく。

「なるほど、君が例の作業者か」

 顔は見えない。クライアントの声が、俺の頭の上から聞こえてくる。

「REMOVEコマンドの実行にはよく注意しなさいと、教えられたことはなかったのかな?」

 俺たちの社に渡された手順書に書かれていたのは、バッチ処理の実行の指示だけだった。処理の中身については聞かされていなかったし、ウチの責任範囲でもない。だから、本来は俺たちがここにいる道理は無い。現実に俺たちが今ここにいるのは、契約というビジネスの不思議な力関係の結果でしかない。

 社長が助け船を入れてくる。

「本当に心より申し訳ありませんでした。本人もこのように反省してますので、今後の再発防止策については改めてご提示を」

「あなた達のことは信頼してますから、それは不要ですよ。ただ、私どももあなた方とだけ付き合っているわけでもありません」

 かすかに笑ったような気配があった。

「彼の首は、今ここで切ってもらいましょうか」

「え…?」

「今、この場でと、仰るんですか?」

「もちろん今、この場で。誠に恐縮ではあるのですが、他の皆様にもそうしていただいています。なので示しがつかないんですよ、公平に振る舞うべき我々としては」

 社長が動揺しているのを感じる。俺も頭を上げて、ヤツの目を見てみた。

 涼しい顔をしている。

「どうなんですか?お手並みを拝見したいのですが」

「………わかりました。田端くん、社を出てくれ」

「そんな無茶苦茶な、社長!」

「無茶であることは、私だってわかっている」

 社長は部屋を出ていった。俺を置いて。開けたドアを、強く閉めていった。

 静まり返った部屋に響く新しい音。男の拍手だった。俺はにらみつけた。

「申し訳ない。あまりに見事なお手並みだったもので」

 呆れてものも言えないとはこのことだ。

「しかし、私を恨むのは止してほしい。君たちにとって私がどれだけ偉く見えているかはわからないが、私も組織の人間だ。組織のやり方は変えられない」

 見せつけるかのようにゆったりとした仕草で、ヤツは自分の胸ポケットに手をやった。

「安心してくれ。次の当ての紹介くらいならできる。私だってこんなつまらないことで人に嫌われたくはない。仕事ってのは嫌われれば嫌われただけ、効率が落ちるだろ?君の給与も増えるはずだ」

「俺がいくらもらってたかなんて、あんたは知らないだろ」

「知らないな。でも想像はできる。君たちを雇っていたのは私だ」

 ヤツから渡されたカードには社名と住所らしきものが記載されていた。

「幸運を祈る。これ以上はどうしようもないから、不満なら労基にでも訴えてくれ。ただ、オススメはしないよ。我々が勝ってしまうからね」

毎週 火・金・日曜日に更新予定

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