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05 シャベルとろうそく

 二人は別れた時と同じ格好をしていた。

 わたし達と同じように水筒を斜めに肩にかけている。

 運転士君は片手にシャベルを持ち、少女は両手に花束のように何か白いものを持っていた。……ろうそく、かな?


 わたしがナイフとロープを選んだように、彼らはそれらを選んだ、らしい。

 あんぐりと口を開けて驚愕している少女と、その横でそれなりに驚いている運転士君と、同様に驚いているわたしとで沈黙の時が流れる。

 陽が昇り、急激に周囲が明るくなった。


「あら、まあ……どうなっているの。何があったの」


 部屋から出てきた細川さんが大階段を下りていく足音がする。

 我に返り、わたしも後を追った。

 玄関ドアは別に鍵などついていない。

 だが二人はわたし達が出てくるまでじっと待っていた。



 * * *



 立ち話もなんだから中に……という場面かもしれないが、彼らからしたら意味不明な屋敷に入りたくないだろう。

 それに中に入ってもらっても階段があるだけだ。

 むしろ立ち話の方がいいのでは。すぐに立ち去れるポジションというのは逆に落ち着くものだ。

 まあこの世界、どこに立ち去れるものでもないが。


「いったい……どうしたんだい。同じ場所に送り出されるものだったのか?」


 わたし達がこの荒野に着いた時、他には誰もいなかった。

 先に扉をくぐった子供達がいなかったので、それぞれグループごとに異なる場所ヘ送り出されるのだと思っていたのだ。


「ええと……はい、その……ああ」


 言葉につまる運転士君を見上げて、女の子が言った。


「あ、あ、あたしが、お爺さん、とお婆さん、お、同じ場所に行こうって、えっと」


 どうもこの二人は上手く言葉が出てこないようだ。

 緊張しているのか、焦っているのか、混乱しているのか、それとも生来のものなのか。

 その全部のような気もする。


 なに、別に急ぐようなことは何もない。

 わたし達の人生は本物の白紙になっていて、このまま日が暮れたって全く構わないんだ。


「やっぱりちょっと座ろうか」


 わたし達はお屋敷の台座の部分にめいめいに座った。

 基礎代わりに屋敷底面にくっつけた御影石の板だ。

 これも上に乗った屋敷で見えないが、一枚石というやつになっているんだろうな。


 細川さんが屋敷から水の入ったデキャンタとグラスを持ってきた。

 さすが気が回るお人だ。


「まずは水を飲んではどうかな。うまい水だったよ」


 わたしは水筒を取り出して二人に見せた。

 二人は言われて気づいたとばかりに腰に手をやり、水筒を持つ。

 フタをカップにして一口飲むと、二人ともごくごくと一気に飲み干して、ほっとした顔になった。


 次はぜひパンを試して欲しい。

 そしてあの大きさについて、どういう反応をするのか見たいものだ。

 わたしはパンも勧め、同じ思いだったのか細川さんも勧めた。


 運転士君と女の子はおそるおそる袋に手を入れ、パンを引っ張り出す。

 飛び出したパンは……厚みがあり、表面がぷりっとしてつるつるで、ドーナツのように中央に穴が空いている。


「ベーグル……かしら」

「ああ、なるほど」


 当然洗面器のような大きさだ。

 女の子が膝に乗せるとクッションみたいだ。


「でかッ! なにこれ……えっ、でか過ぎない? 重いんだけど?!」

「えええー……! パンってパンって、えええ……? パン、とは……」


 若者二人のリアクションは大変に期待通りで、わたしと細川さんは視線を交わしあってにやにやした。

 そうだろうそうだろう、ちょっと大きいよな……。

 わたし達も確認したが、やはり同じベーグルだった。

 取り出した順に変わるのではなく、取り出した日に準拠するようだ。

 もし取り出さなければ袋の中で増えていくのだろうか。


 緊張もほぐれた(と思う)ところで、改めて二人の話を聞いた。


 わたしと細川さんが扉の向こうヘ出て行ってから、女の子……河東さんと、運転士君こと榎木君は、どちらが先に扉を出るかで揉めたのだそうだ。


「僕はあのバスの運転士として、乗客の皆さんが全員降車した後で、最後に降りるべきだと思ったんです」


と、榎木君。

立派な職業意識だと思う。


「あ、あたしは……あの白い場所から、出て行きたくなくて……」


と言う河東さん。


「だってだって、どうなるか、わかんないじゃないですか。いきなりモンスターに食われたり、強盗に襲われたり、そうでなくったって、一人で異世界なんて、あ、あたしが行ったって、ロクなことないよ、絶対そう。苦しいのも、痛いのも、も、もうイヤ」


 河東さんは涙声になり、膝に顔を伏せ……ようとして巨大ベーグルに阻まれ、キョトンとして「もう……」と力なく笑った。

 ベーグルがいい仕事をした。


 河東さんは一人あの空間に残り、追い出されるなり死に直す(?)なり、どうにでもなれという気持だったそうだ。

 だが榎木君は自分が最後だと言い張って出て行かない。

 そうなると河東さんのせいで榎木君も取り残されるわけで、それは申し訳なく思ったのだそうだ。いい子じゃないか。


 そこで考えたのは先に出たわたし達のことだった。

 二人はわたし達の意図を正しく察していた。

 ただ聡明な子達なのか、それともこの若さで不必要に傷つけられてきたのだろうか。


 河東さんのいで立ちは正直言って薄汚れていた。

 ファッションではない。正しく長い間着古した服であり、汚れや破れもそのままで、外見を取り繕う気力のなくなった姿だ。


 榎木君も年相応の溌剌さはない。

 若さ由来の世界に対する冷笑的な視線ではなく、事実生きることに疲れた者の目をしていた。そんな目は老人達の間で腐るほど見てきた。

 前に話をした時はそんなこともなかったのだが……それともわたしが気付かなかっただけなのか。


 二人はわたし達を「埋葬」するつもりで、扉をくぐったのだ。

 そのためのシャベルで、そのためのろうそくだった。


 わたしは胸がいっぱいになった。

 涙さえ滲んだ。

 あの異常な空間で、希望と勇気を抱いて我先に飛び出した子供達と同じ年頃(というには幅があるが、わたしから見たら同じようなものだ)のこの二人が。

 極限の中で。

 選んだのが何のゆかりもない老人達の弔いだったのだ。

 貴重なアイテム枠をつぶしてまで。

 異世界での新しい生活など考えもせず。


 横目で細川さんを伺うと、細川さんはハンカチで目元を押さえていた。

 同じ気持だと判った。

 なんて健気で、善良で、可哀想な子達なのか。

 こんないい子達が未来を奪われ、新しいそれすら期待せず、わたし達と同様に終わりを待っているなんて。


 重苦しい沈黙を破ったのは榎木君だった。


「でも……なんだか、想像と違ったみたいで……どうなってるんですか?」


 榎木君は屋敷を見上げて言った。

 そりゃ謎だろう。ナイフ片手に、ロープを携えて覚悟を決めて出て行った老人達が、元気に変な屋敷に住み着いているのだから。


「あー……、わたしのスキル、というやつなんだ」


 わたしはいい加減、尻が冷たかったこともあって、屋敷の一階ホールへの移動を提案した。

 先に行き、手の中に椅子を四脚作る。

 どこかのホテルのロビーにあった椅子だ。

 背もたれとひじ掛けが一体になった形で、全体的に丸いシルエットをしている 。

 座ると背後と側面を囲われる雰囲気が安心できる。

 座面が大きくて深く掛けられ、座り心地がいい。

 クッションを厚めに調整して床に並べていくと、何も言わずとも細川さんが物差しで、ちょんちょんと順に実物大へと変えていった。


 わたしはお礼を言い、最後に木製のローテーブルを中央に置いた。

 手早くイメージを固めたのでだいぶ安っぽいが勘弁して欲しい。


「す、すご、い……魔法みたい」


 河東さんがとても素直に驚き、感動してくれていた。

 本当にそう思う。ここは魔法の世界だ。


 椅子を勧めると河東さんと榎木君はおっかなびっくり腰かけ、そして一階を見回し、大階段に驚嘆している。

 ガランとした、ただ広いだけの空間で、気の利いた装飾も何もないのが恥ずかしい。

 プロトタイプだからしょうがないんだ。


「スキルとかいうのを選んだだろう? わたしのスキルが、これ」


 わたしは自分のスキルを説明した。

 そしてこのスキルでミニチュアを存分に作って遊び、遊び飽きたらお終いでいいと思っていたことも。

 わたしのスキルはもう一つあるのだが、ただ感傷だけで取ったので、使いどころもなく特に話さなかった。聞かれれば答えるつもりだが本当に使い道がないのだ。


 細川さんも最後にうんと体を動かして、スポーツなどしてみたいと思っていたから野球を取ったと語った。


「バトミントンとかもありましたよね?」

「卓球とか」


と、河東さんと榎木君がツッ込んだが、細川さんは「やったことのない種目を、ばーんと、どーんと、やりたかったの」と笑った。

 確かにあの鋭いスイングで高く空に消えたボールは場外ホームランだろう。

 ちなみにボールは一個だそうなので、空に消えたボールはしばらくしてから細川さんの手の中に戻っていた。


 そして物差しの説明をした。

 細川さんはかなり直感的に使っているので説明は少なかったが、榎木君がかなり関心を持っていた。


「僕のスキルは……整備士で、す」


 照れくさそうに笑って榎木君は言った。

 本当にバスが好きなのだろう。


「僕は……人よりばかなので」


 でも障害と診断されるほどじゃない。

 でも周囲の同じ年頃の子よりは遅れていく。


「ずっとずっと色々あって……しんどくて。もう無理かなって思ってた時だったので、都合がよかったっていうか、こういう終わり方もあるんだなあーって、あの白い世界で、思ってました」


 そうはいってもちゃんと就職をして、大型二種免許を取得して、営業路線に出ている実績があるではないか。

 そう他人が言うのは簡単だが、こんな少しの会話では彼の苦悩はまったく、ちっとも判りはしない。

 判るのはただ、彼が「終わってもいい」という方向で心の整理ができているということだけだ。


「僕、本当は整備する方をやりたかったんです。でもばかで。覚えられないんですよね。人が足りないって、運転に回されて。なんで運転はできるのか、わかんないですけど。でもそのうち事故起こしてましたよ。絶対。できないもん、僕」


 それに、お客さんも、変な人多くて。あ、お爺さん達が降りた後です。駅から乗ってくるんですけど、ほんと、しんどい。

 彼はそう続けた。なんとなく察してしまう。

 世の中には色々な人間がいて、そういうやつほど大手を振って歩いている。


 だから「スキル」としてくれるなら憧れの「整備士」を取得したとのことだ。

 子供達が飛び込んでいった別世界がここと同じ世界かどうかも判らないが、定番なら中世的な世界だろう。

 そこに「機械」がある確率は低く、だったら別のスキルを選択した方が有利、というような理由で残ったスキルなのかもしれない。


「あたしは……ノーマライゼーションとアニメート」


 なんて?? と思わず聞き返すところだった。


 ノーマライゼーションは「正常化する」という説明だったらしい。

 なんじゃそら、という感想が子供達にも湧いたと思われる。

 それで残ったのだろうとのことだった。


「でも、正常にするって、いいじゃん。どこもかしこも、おかしなことばっかりじゃん、正常になるって、いいなあって」


 訥々と語る河東さんの目は空虚だった。

 恨みの念すら感じないのが逆に傷の深さを思わせた。


 アニメートはその語感から推察した通り「無機物を生物に変える」だそうだ。

 よく残っていたなと思ったら、その上に「ゴーレムマスター 」というスキルがあって、子供達にはそちらが選ばれたようだ。「『マスター』が付いてる方が強そう」とは河東さんの弁。

 同年代の彼女の感覚でそうなら、まあそうなんだろう。


「ペットなんて飼ったことないから……ねことか、いたらいいなあって思ったんだけど、あたしがいなくなったら、捨てねこになっちゃうもんね。そういうとこ、気が利かないよね、ほんと、ダメで」


 気が利かない、と彼女を責める者が身近にいたのだろう。

 そういう口ぶりだ。痛ましい。



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