04 プロトタイプ一号、竣工
わたしは完成した初代お屋敷ドールハウスを、御影石のプレートに据え付けた。
地中に基礎を打たないので、実物大にした時これが基礎代わりになる。
まるで墓のようだと思ったがまあいい。似たようなものだ。
鉄板で削った土地にお屋敷ドールハウスを置く。
バルコニーが海に向かうように位置を調整した。
そして細川さんによって拡大。
わたしもそうだが細川さんもMPの制限というものはないらしい。
好きなように、好きなだけ。
好き放題やっている。
いいじゃないか、わたし達だけの終わりの前の遊びの時間だ。
ほぼ瞬時に立ち上がった大きな建築物に、わたし達は二人して思わず「おお……」と感嘆の声が出た。
さっそく中に……入るには反対側だ。
わたし達はトコトコと玄関へ回る。
玄関の両開きの扉を厳かに開けると、細川さんリクエストの大階段が翼のように大きく弧を描き、二階へと誘う。
階段には青い絨毯が貼り付けてある。
赤では? と思ったが細川さん曰く「赤では華美過ぎる」とのことだ。
「素敵ねえ……」
感極まった細川さんの声を聞いて、わたしは満足を覚えた。
スキル任せであっても、わたしが作ったものなのだ。
大階段をせっかくなので左右に別れてそれぞれ上る。
硬い石の踏み面をゆっくりゆっくり上っていくと、ひんやりした長い歴史のようなものを感じた。
まあついさっきわたしが無からでっち上げた代物なので歴史もクソもないのだが。
しかし、作っておいてなんだが、しんどいな……。
わたしは手摺にすがるようにして何とか二階ホールへ到着すると、細川さんはまだ段の途中だった。
わたしのような運動不足体力不足ではなく、階下をのぞき込んだり、ホールの空間を眺めたりしながら一段一段楽しみながら上っていらっしゃる。
これが育ちの差か。次は床材や天井ももう少し飾りを入れよう。
いや絨毯を敷こうか。だが柄が上手く想像できない。
「お待たせいたしました」
床を眺め下ろしながら絨毯の柄を考えていたら、細川さんが二階に到着した。
「いえいえ、今、一階の床に絨毯を入れようかと考えていたところです」
「いいですわねえ。でもこちら大理石の一枚石ですのよ。しばらく味わいましょう」
と言われて気づいた。
確かに、ミニチュアだからというのもあるがタイル状に張り合わせたりしなかった。それがそのまま拡大されたので、一階の床材が継ぎ目のない大きな一枚の石になっている。
現実ではあり得ない。
「ああ、なるほど……ミニチュアを拡大するとこういうこともあるんですね」
「ぜいたくですわねえ」
なるほどなあと感心しながら次は室内チェックだ。
清掃で入った時に見た、お高めホテルのお高い風ドアを付けてある。
しかし実物大になるとなんだかなあ……かえって安っぽく思えてわたしはがっくりきた。
建具は難しい。
室内は本当に細長い空間で、部屋というより宴会場だ。
奥の壁に天蓋付きベッドを置いたのだが、と、遠い……。
あと柱がないのはすっきりしていいが、荷重は大丈夫なのか。
「うーん、なるほどなあ」
「どうかされまして ?」
「ドールハウスを実物大にすればよい、というものではないな、と……」
気になる点をつらつらと話したが、細川さんは大丈夫ですよ、とあっけらかんとしている。
「阿佐田さんのミニチュアも、私の物差しも元は神様の御業ですもの。不思議な力で上手く成り立っているのでしょう」
まったく心配していない様子だ。
わたしはそれを聞いて肩の力を抜いた。
それもそうだ。終わりの前の微睡みのような時間だ。気にすることはない。
でも次に作る時は少し壁を増やそう……。
天蓋付きベッドは実物大にすると大き過ぎてしまった。
四畳半ぐらいある。
布団に綿を入れ過ぎて嵩が増して、よじ登るようにして乗らなければならない。
「こりゃハシゴが要るな」
「沈んで埋もれてしまいそう」
細川さんは布団の端にしがみつくようにして笑っている。楽しそうだ。
なんでも楽しそうな細川さんを見ていると、わたしももっと楽しまなくては、と思う。
長い歳月で淀んで固まった澱を溶かし、流して、軽くなるための時間をいただいているのだろうから。
天蓋部分はベッドの四隅に柱を立てるスタイルだ。
天井にあたる部分はカーテンと同じ布を張ってある。
カーテンは……本当にカーテンで、窓が四面にある感じだった。
優雅さがないというか。これなら薄い紗を上からふわっと被せるだけに留めた方が良かったかもしれない。
ベッドは細川さんが少し縮小して、なんとかわたし達サイズになった。
布団の盛り上がりはあまり変わらなかったが、まあヘタっていくだろう。
その前に次のお屋敷を作るかもしれないし。
陽が傾いてきたので、わたし達はバルコニーで食事にすることにした。
水はガラスのデキャンタに汲んである。グラスも作った。江戸切子風のきらきらしたやつだ。
生前(?)は洗うのが面倒そうという理由で使ってなかったが、そういうのは、ここではもう無しだ。
白く塗られたアイアンのテーブルセットについて、わたし達は魔法の袋に手を入れる。
今日はどんなパンが出てくるのか、同じパンが出てくるのか、どきどきの瞬間だ。
指先に触れるものをえいやっと取り出すと、ずっしりと重い、物理的に重くて丸くてやや平たいものが現れた。もちろん洗面器サイズだ。
表面はつるっとしていて真ん中あたりに白い粒……ケシ粒か? が散らしである。
これまでの二種と違って皮が柔らかい。日本のパンっぽい。
日本のパンの上にケシ粒……ま、まさか。
顔を上げて細川さんを見ると同じ予想に行き着いたようで、二人で、ま、まさか……と怯えながら端をひとつかみほどグッとちぎり取る。
中に黒いものが入っていた。
「このサイズであんぱんだと?!」
「ああよかった、『こし』だわ……」
そこ?! 思わず突っ込みが出たがギリギリ口の中で止まった。
わたしはこしでもつぶでもどちらでも構わない。
いやそうではなく。
巨大あんぱんを膝に乗せて、わたし達はしばし呆然とし、それから大笑いした。まあ糖分はありがたいさ。
わたし達は改善点を話し合いながらあんぱんを食べ、飽きたところで食べ残していた黒パンやフランスパンを口直しに少しかじり、水を飲む。
飲み物が水しかないのは物足りないが、美味い水なのだ。
やがて太陽が水平線の向こうへと降りていく。
橙色に変わっていく空と海面。
わたしは色の変化をぼんやりと眺めていた。
涙が出るほど美しい。
実際視界が水っぽくなる。
人がいれば恥ずかしいと思うだろう。
だが今は一人だ。
細川さんがいるが、何故かわたしは一人の安堵を感じて、満喫していた。
「きれいですねえ……」
「ですね……」
うっとりと呟く細川さんに同意する。
一人きりに安らいでいても、同時にこうして同じものへの共感も欲しいのが、人のわがままなところだ。
わたし達は胸をふさぐ様々なしがらみを忘れて、ただ夕日が美しいということだけでいっぱいになり、共感することで満たされていた。
夜が来る前にそれぞれの部屋に入った。
明かりがないので夜は真っ暗になる。
薄明るいうちに天蓋付きベッドによじ登る。
結局ハシゴでは危ないのでボックスステップを置いた。
せっかくなのでステップの上から大の字で仰向けにベッドに飛び込む。
ぼふっと柔らかいクッションを背に感じ、それから尻が沈んだ。
スプリングを入れたわけではないので弾んだりはしないが、全身が包まれる感覚が面白い。
面白かったが寝返りがしづらいことに気付き、もがいて脱出した。
これも改善事項だな。改善事項といえばそろそろ火を熾すことを考えた方がいいかもしれない。パンも焼けるし。
火を熾す方法は、わたしと細川さんのスキルを勘案するとやはり虫眼鏡になるだろうか。
本当に真っ暗だが不思議と怖くなかった。
明日目覚めればよし、目覚めなくても、それはもうわたしには感知できないことだから、つまりまあ、どうでもいい。
静かな、本当に静かな闇の中でわたしは寛いでいた。
* * *
暗くても決まった時間に起きるのが年寄りというものだ。
寝直そうにもやけに体が痛い。
柔らかすぎる布団のせいかもしれない。
わたしはもがくようにベッドから這い出し、今日は畳を作ろうと決めた。
畳敷きの小上がりを作ろう。
そこで布団で寝るぞ。
部屋から出てなんとなくバルコニーへ向かう。
空は薄っすらと明るくなっている。
日の出前だ。
このまま夜明けを楽しもうと、椅子に腰掛けた。
水筒を揺らしてみると水が満ちている。
となると、水筒の一日一回満タンの基準は真夜中ということか。
そういえば昨日は細川さんの拡大水筒の水を水瓶に移し損なったな。
ゆっくりと水を含みながら、昨日のあんぱんをかじる。
そういえば歯も磨いていないのに口臭も感じないし、舌でさぐった歯の表面はつるつるだ。
神のパンであり神の水であるという細川さん説は正しい気がしてきた。
パンの一日一回はどこが基準なのだろう。
水とタイミングを変える必要も感じないので多分こちらも真夜中だろう。
なら、もう新しい今日のパンが準備されているはずだ。
わたしは出してみようと思ったが、やめた。
後のお楽しみというやつだ。
そういやパジャマも作った方がいいかもしれない。
肌着で寝るのも悪いわけではないが、心もとない気もする。
これも相談だな。
優雅に夜明けを楽しんでいると、唐突に人の声がした。
細川さんじゃない声だ。
「お爺さん?!」
声のした方、バルコニーの下を見ると、人が二人、立っていた。
見覚えがある。
あれは……バスの運転士君と、残っていた少女だ!