【短編】愛してるの後ろ側
「愛してるよ」
いつだってあなたは、さも当然で、本当のことのようにその言葉を囁く。
「私もよ」
私はそれにこう返す。
決して「愛してる」とは言わない。
「私もよ」とは実に便利な言葉だ。返事に困ったり、返す言葉が見つからなかったり、本心を包み隠したい時に簡単に使えてしまう。
例え同意の言葉だとしても、言いたくない言葉も隠せてしまうのだ。
あなたの「愛してる」に、本当は熱などないことを知ったのはいつだっただろう。
あなたの本心が別のところにあるのだと知って以降、「愛してる」の返事は「私もよ」へと変わったことに、あなたは気付いているのだろうか?
窓の外を眺めながらタバコをふかす背中を眺める。
愛情などもうとっくの昔に情に変わり、あなたには別の誰かの影が常にチラついているのに、左手の薬指に光る鈍さがいつだって決心をぐらつかせてきた。
「ねぇ?」
「んー?」
こちらも見ずに返事をする背中に、指輪を外しながら呟く。
「裕子さん、綺麗な人ね」
いつもは絶対に振り返ることのない背中がビクリと動き、ようやく私を振り返った。
だけどもう遅すぎる。
「これ、裕子さんにあげればいいんじゃない? 私のお下がりで申し訳ないけど、あなたも私のお下がりなんだから、きっと喜んでくれるわよね?」
指輪を放り投げると、慌てたようにあなたはまた「愛してるんだ!」と悲鳴のように叫んだ。
「私が『愛してる』ってあなたに言ったのは、いつだったかしら?」
「い、いつも言ってただろ?」
「そうね、いつも『私もよ』と返してたわね。『愛してる』なんてとっくの昔に言わなくなった」
「でも、それは、同じ意味じゃないか!」
「偽りのない言葉だったら、私もきっと『愛してる』と返してたでしょうね。でも、偽りだった……だから私は『愛してる』と言わなくなったの。ちょっとした反抗心、かしらね?」
「どうして……」
「それはあなたが一番分かっているでしょ?」
用意していたスーツケースを持って、住み慣れた我が家を後にした。
もう二度戻ることはないだろう。
いつの間にか降り出した雨が、熱く頬を濡らしている。