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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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花菱の夢(6)壱の夢 橘⑤

   壱の夢



   橘⑤


瑞穂と初めて会ったのは、翔が幼稚園の年長のときだ。

 隣の留岡道場をのぞき見していた翔に、瑞穂がいきなり竹刀を向けてきた。

「赤ちゃんの来る所やないよ」

「ボクは赤ちゃんやない」

 そう言いながらも、怖くて泣きじゃくった。

 悔しくて剣道を始めた訳だが、瑞穂は強かった。師匠の姪というだけあって、筋が良い。全国大会で一、二を争うその腕には、並の男子ではかなわなかった。

 一方、翔は、「良いものを持っている」と言われながら、ほとんど勝ち星をあげることができなかった。いわゆる、本番に弱いタイプ。というか、相手の気迫に呑まれるのだ。

「気が弱すぎんのよ。鍛えてあげっから、有り難く思いな」

 その言葉に、どれほどいたぶられ泣かされてきたものか。とにかく瑞穂は、翔にだけは容赦しないのだから。

そして二年前、六月最初の日曜日。

別の小学校から来たクラスメイトの女子二人と、たまたま家の前で出くわした。門の前で立ち話をしていると、自転車に乗って瑞穂が来た。チラッとこちらを見て、無視するように隣に入っていった。

「今の人、キレイ」

「うん、すっごい美人やった」

「美人? まあ、ゴリラの中ではそうかも知れへんけど」

二人はぎゃらぎゃらとけたたましく笑った。受けたのがうれしくて、翔は調子づいた。

「あの巨体でのっしのっしと歩くやろ、道場が、こう、ぶわんぶわん揺れるんや」

「んなこと言って、ホンマは時任君の彼女ちゃうん?」

「じょーだん。あんな恐ろしい女」

「恐ろしいって」

「竹刀を持たせると、凶暴なること鬼の如し」

「強いんや」

「強いって、ただのチャンバラや。俺は男やからね、女とは本気でやらへんの。それをええことに、人をいたぶって喜んでるんや」

そんなこんなで、ひとしきり瑞穂をくさした。二人が帰った後、振り返ると、それこそ鬼のような形相で瑞穂が立っていた。ヤバイ、と思ったが、時すでに遅し。

「こっち来ぃ。ただのチャンバラしようやないの」

ウニのように、刺だらけの声だった。しかも、毒を含んでいる。

逃げようかと思った。そうすべきだった。

しかし、できなかった。

「まさか、逃げる気やないやろね。男なんやろ。堂々と勝負し」

そう言って、竹刀を投げてよこした。仕方なく拾う。

と、いきなり瑞穂は打ち込んできた。横腹に痛みがはしった。

「何すんねん」

「さっさと構えぇ」

面にふり降ろされた竹刀を、すんでにかわす。

「女とは本気でやらへん、やって。馬鹿にすな。男が何ぼのもんや」

次々と繰り出される攻撃を受けつづけるうちに、ムカムカと怒りがわいてきた。

確かに、こっちが悪かった。が。あれくらいのことは、顔をあわせれば言い合いしてきたことだ。なぜ、今日に限ってこんなに腹をたてているのか。瑞穂の行動は、支離滅裂だ。

次の一打を本気で受けて返した。反撃に出た翔に、瑞穂は更に挑みかかってくる。それがイライラに拍車をかけた。

(男が何ぼのもんか、見せてやろうやないか)

思い切り面にふり落とした。瑞穂は、かわそうとした。が、半歩遅かった。

真っ赤な血が飛び散った。瑞穂は竹刀を落とし、左目を抑えて座りこんだ。

そこから後のことはよく覚えていない。救急車が来た。病院に駆けつけた瑞穂の両親に、遥が何度も頭を下げていた。渉にぶん殴られて、冷たい廊下に這いつくばった。診察を終えた瑞穂が叫んだ。

「翔が悪いんやない。私が仕掛けたんや」

包帯に覆われたその顔を見た瞬間、涙がどっと出てきた。垂れた頭の上から、凛とした声が響いてきた。

「今日は負けたけど、次は負けへんからね」

涙がぼたぼたと床に染みを作っていった。


幸い、竹刀は目に当たらなかった。視力にも影響がなかった。けれど、目のそば一センチのところに、小さな三角形の傷が今もうっすら残っている。

そんな瑞穂に、どうやって竹刀を向けられる?



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