花菱の夢(50)目覚め②
目覚め②
(菊千代!)
つまり、彼は二〇年の時を飛び越えたって訳? そして、夢をかなえた? 村に水路を掘って……。
菊千代は、どんな思いで、自分に関する伝説を聞いたのだろうか。利発な彼のことだから、きっと翔だと気づいたに違いない。知っていて、知らぬ振りをした。そうして、書き残した。
顔を上げると、瑞穂の顔が目に入った。その表情は、翔以上に驚いている。こぼれんばかりに見開かれた大きな瞳、半開きの口、緊張の走った頬。
渉は、そんな二人の反応を見比べて、満足そうにうなずいた。
「花菱は穂積家の紋だから、鷹次郎は実はその末裔だったんだ。それで、伝聞録を書き記したんだろうね。おじいちゃんは屋根裏でこれを見つけたとき、そりゃあ興奮していたよ。だって、自分たちが、あの穂積家の子孫になるわけだからね」
何とか呼吸を整え、愚痴る。
「それ、山に行く前に言って欲しかった……」
「実は、父さんも箱の中身を見たのは今日が初めてでね。何しろ、おじいちゃんは屋根裏から降りて来るなり和尚に電話して、すごい発見だーって。それからまた屋根裏に籠って、いつまでも降りてこないから見に行ったら、長持ちの前で倒れてたんだ。もう、大騒ぎさ」
そこから後は、翔もよく覚えている。
「あと、長持ちの底からこんなものも出てきたけど……」
今度は、紫の布に包まれた物を差し出す。
布には、『時任の名の由来』と表書きされた桐の小箱が包まれていた。
蓋を開けた翔は、もう、声を出すことさえできなかった。
中身は、壊れた腕時計だった。ガラスに突き刺さった鉛の弾丸もそのままに。紛れもない、翔の時計……。
慌てて、ページをめくる。
妻藤乃
目に飛び込んできたその文字は、重太郎の名の横に、はっきりと書かれていた。
高熱にうなされるように、頭の中がくらくらする。脳みそは、既に沸騰直前。
(つまり、これが、俺のルーツ?)
パニックに陥った翔をみて、渉が声を立てて笑う。
「本気にするなよ。その時代には、まだ腕時計はないから。絶対、ひいおじいちゃんあたりのいたずらやから。あの人は、冗談好きだったしなぁ」
「なんや、びっくりした。本気にするとこやったよ」
そう笑って見せたものの、心臓はまだバクバクしている。
気持ちを落ち着けるようと、ノートをめくる。
ご先祖様の名前が連なり、「十五代、時任翔」という文字で終わっている。その先には、真っ白なページが続いている。
翔は立ち上がると、階段に向かった。
「勉強しよっと。来週は期末やもんな」
「その前に、レポート。今度こそ忘れるなよ」
笑いながら渉がノートを差し出す。
手を伸ばして、それを受け取る。
瑞穂も立ち上がると、黙って頭を下げ、垣根を乗り越えて帰って行った。
期末テストも無事終わり、のんびりとしたい土曜の午後。
翔は、瑞穂の家のドアホンを鳴らしていた。
「見せたい物がある」
いつになく真剣な響きに魅かれて来たものの、女の子(一応)の家に行くのは初めてで、何となく照れがある。
ドアが開き、瑞穂が顔を出す。
通された部屋は余分なものがほとんど無く、部屋の主と同じく、色気の一つも感じられない。ただ、カーテンもベッドカバーも浅葱色に統一され、それだけが妙に印象的だ。
(そういえば、薫もこの色が好きだったっけ)
思い出すと、それだけで胸の中が熱くなり、口元がほころぶ。
そこへ、瑞穂が入って来た。冷えた缶ジュースを投げて寄こす。それを左手でキャッチし、右手でプルタブを引く。揺られて泡立った炭酸が、シュワーと噴き出てくる。慌てて口をつけた後、翔は聞いた。
「で、見せたい物って?」
「そいより、あれ、持って来てくれた?」
答える代わりに、翔はリュックから例の箱を出した。
瑞穂は飲みかけのジュースを机に置き、蓋を開けると、懐剣をしみじみと眺めた。
「私の母の実家っていうのが変わっててね、代々長女が家を継ぐことになってるん」
「女が?」
それは、戦前の日本では考えられないような家系だ。
「そう。そやから、本当は私の母が家を継ぐはずだったんや。けど、もうそんな時代やないって、嫁に出してくれたんやって。そやけど、長女の印だけは持って来たって」
そう言って、傍らの箱を指さした。
「私が結婚すれば、私の物になる。でも、今はまだ母ので、持ち出し禁止なん」
白木の箱は随分古そうで、時代を感じさせる。
「開けて、いい?」
「もちろん。そのために呼んだんやから」
期待に胸を膨らませて蓋を取る。その口から驚きの声が漏れた。
「これは……」
中身は、一振りの懐剣。その鞘に光る、金の花菱。
「私の母の、穂高家の家紋や」
瑞穂は懐剣を箱から出し、机の上に置いた。
翔も自分の懐剣を取り、横に並べた。
形も大きさも、寸分違わぬ二本の懐剣。
(そして、これが、瑞穂のルーツ)
フルマラソンかトライアスロンに挑戦した後のように、心臓がビートを刻み、呼吸は困難を極めている。シェイクされた脳みそが、泡になって弾けている。かすれた声を絞り出す。
「瑞穂。俺達、過去で姉弟だったんや」
「バーカ。ご先祖様が姉弟だったってだけやろ。私は生まれ変わりなんて信じてないからね」
瑞穂は、笑いながら翔の頭を小突いた。
「それに、こんなデキの悪い弟なんか、いらん」
「言わせておけばー」
「やる? なら、道場で」
「言っとくけど、昨日の俺やないで」
翔は笑ったあと、目を閉じた。花菱の夢を思い出したくて。
薫、薫やないか。
久しぶりやなあ。元気やったか。
あれ? その子誰や。
もしかして、薫の子か?
かわいいなあ。目元が左京さんそっくりや。
えっ。この子もそうか。
こっちは薫に似てるなあ。
まだまだ産みや。何人でも……。
薫、幸せか? 夢はかなったんか?
薫……。
「いよいよ決勝やね」
瑞穂に肩をたたかれ、翔は緊張した顔をほころばせた。
見上げた瑞穂の目が、うっすらと潤んでいる。三角形の傷痕までが、どことなくうれしそうに笑って見える。
「そんなに感動するほどのことか」
照れ隠しの言葉に、瑞穂は素直にうなずいた。
「もし、翔があのまま竹刀を握れなくなったらどうしようって、ずっと思ってた」
ずんっと、言葉が胸に沈む。
(瑞穂は瑞穂なりに、責任感じてたんや)
にっと笑ってみせる。
「まかせとけ」
あと一つで、日本一だ。
たとえ相手が誰であれ、負ける気はしない。
ふっと、昨夜の夢が思い出され、口元がほころぶ。
(薫の夢はかなった。菊も夢をかなえた。今度は俺の番や)
会場の入り口に向かう途中、一人の少女がそばを駆け抜けた。シャンプーかリンスの匂いだろうか。長い髪から、ふわりと、甘い梅の花の香りが漂った。
思わず、振り返る。
少女は、突き当たり、応援席への階段を駆け上がって行く。
「どうしたん」
瑞穂につつかれ、我に返る。
「いや、何もない」
俺がいて、瑞穂がいるように、匂の血を引く少女が、きっといる。それが誰であれ、いつか出会える。磁石が引き合うように……。
そんな確信が胸にわき上がる。
「とりあえず、夢をかなえてくっか」
翔は面をつけ、中央に進み出た。大きな拍手が迎えてくれた。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
この話は、ずいぶん前に書いたもので、とある賞に応募し三次で脱落したものです。
子供の時、光瀬龍の『夕ばえ作戦』が好きだったので、そんな話を書きたいと思って書き始めたのですが、出来上がったら『ベルばら』やんと思ってしまいました。(歳がばれる?)
ずっと放置していましたが、こんな素敵な発表場所があると聞き、初投稿しました。
続編の構想もありますが、着手していません。いずれ、発表できたらと思っています。
とりあえず、今まで書き溜めた作品を順に投稿していくつもりです。
もし、「こうした方が読みやすいよ」とか「これはアカンでしょ」とかアドバイスや感想がありましたら、些細なことで構いませんので頂けたらありがたいです。
たとえば、今回「目に杭が突き刺さる」シーンがありました。
これは「残酷なシーン」なのかどうか随分悩みましたが、後で何かあってもと思い「R15」にチェックを入れました。しかし、無くて良かったのでは?と今でも悩んでいます。
こんな初歩的なことも分かっていないので、いろいろ教えていただきたいのです。
どうぞよろしくお願いします。




