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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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35/50

花菱の夢(35)弐の夢 椿④

   弐の夢



   椿④


 二月二日の朝、薫は地面に屋敷の見取り図を描いた。その図は、もう何度も彼女の手で描かれたことがあり、翔も頭の中にたたき込んでいた。

 屋敷の中心部に、平井氏の家族が住む棟があり、それを取り囲むように、家人や使用人たちの住む棟がある。二つの門は、どちらも見張りが厳しい。館の北は川に面していて、南は家が建て込んである。忍び込むとすれば東側だろう。そして、匂もこの辺りにいるとにらんでいた。

オヨネばあさんには、「昨日町に出たとき身内の噂を聞いたので尋ねに行く」と告げた。

「短い間でしたが、お世話になりました」

二人が頭を下げると、ばあさんも恐縮したように頭を下げた。

「なんの、なんの。それより、もし人違いやったら、遠慮なしに戻っといでな」

作り話を信じ、二人の身を案じてくれる。ばあさんの言葉に、薫の瞳はうるんでいた。

翔も胸にぐっとくるものを感じ、それを堪えるのに苦労した。

二人は町まで出ると、川沿いの竹林で、日暮れを待つことにした。

「おい、これ切ってくれ」

 翔は、一本の竹を指さした。薫は不審そうな表情をしたが、一刀の下に切り落とした。それを、今度は短刀を借りて枝を落とす。先の細い部分を落として長さを調節する。

「何をするのだ?」

 肩越しにのぞき込む薫の問いは、

「まあ、見てなって」

と、笑うばかりではぐらかす。待ち時間を利用して、ストレッチや逆立ちをした。

 どれくらい待っただろう。オリオンが西の空に沈むころ、翔は、着物を脱いでジャージ姿になった。草履をスニーカーにはきかえ、紐を二重に結び余りは挟み込む。婆さんに作ってもらった藍染めの頭巾を被り、顔を隠す。

「それが、忍びの装束か」

 感心したような薫のつぶやきに、翔はちょっと笑った。緊張と寒さで震えているのが、自分でも分かっていた。それを隠してくれる闇がありがたい。心の脅えを悟られぬよう、ぶっきらぼうに頭巾を差し出す。

「ほら、薫も被る。絶対、顔を見られるなよ」

 月のない夜は、想像以上に暗く静かだった。生き物が死に絶えたような静寂の中、星だけがその命を主張し、光っている。

まさに、満天の星。それを頼りに、道をたどる。

館の東側、麦畑と石垣との間には、農業用の水路がある。麦畑は、夏になると水田に変身する。そのときのためのものだ。

翔は、手にした竹を水路に突き刺した。泥が積もっていたが底は固く、上手く差し込めば安定しそうだ。問題は、塀までの距離だ。

(ちょっと遠いかな)

 手前で落ちるかもしれない。が、仕方ない。もっとも、越える必要はなかった。越えたところで、マットもない。塀の上に立つ。それが大事だ。

翔は、用意していた荒縄を腰にくくりつけた。それから石垣を背に立つと、歩数を数える。畦道はでこぼこしていたが、麦畑を突っ切るよりはましだろう。

助走距離を決め、塀に向かって立つ。深呼吸の後、竹を横手に構える。地面についていた先端が、塀の上を指すように高く掲げる。その場で二、三度弾んで、リズムと呼吸を整えると、石垣目がけて真っすぐ走った。

先端を、溝の底にがっちりと突き立てる。ずぶずぶっと沈んだ竹の先が、硬いものに触れて止まる。竹がぐっとしなる。弾き返そうとするそれを、押さえて、押さえて、力をためて、思い切り踏み切った。弓なりにそっていた竹が、勢いよく元に戻ろうとする。それと共に、体が真っ逆さまに宙に浮く。運動エネルギーが位置エネルギーに変わっていき、それがゼロになったとき、翔は竹を放した。

 思った通り、少し手前で落ちた。が、何とか塀を捕まえるとよじ登り、薫にVサインを送った。

「あいつ、本当に忍者だったのか」

 薫は小声でつぶやいたが、聞く人はいなかった。突き刺さったままの竹が、音もなく揺れていた。

 翔は塀の上を移動すると、近くの松の木に飛び移った。ザザッと音がする。一瞬、息を止めて様子を伺う。誰も来ないのを確かめると、腰に巻いてあった荒縄をほどき、片方の端を幹にくくりつけ、反対側を下で待つ薫に放った。

薫はそれを腰に結び、石垣を上り始めた。翔は上からそれを助ける。身軽な薫は、すぐ上って来た。腰の縄をほどくと、輪にして枝に掛ける。逃げるときは、この縄を伝って降りる。竹林まで戻れば、薫と匂は馬に乗って先に逃げる。翔は走らねばならないが、脚力には自信がある。

(ここからが本番や)

 二人は顔を見合わせると、黙ったままうなずきあった。互いの緊張が伝わって、一層身が引き締まる。用心深く周囲を見回し、じっと耳をすます。かさこそと、落ち葉を踏む足音が聞こえた。槍をかついだ見張りが二人、近づいてくる。松の陰に身を隠し、息をひそめる。

 見回りが去ったのを確認してから、建物に走り寄る。

外回りの棟に匂がいるとは考えられない。ならば、と、素早く床下にもぐりこむ。かび臭い、湿った土の匂いが鼻を突く。匍匐前進で床下を横切る。

 一棟くぐりぬけ、次のターゲットは母屋を囲む塀。見回りの兵をやり過ごし、真っ直ぐ塀に向かうと一気に駆け上がる。今度は、高々三メートル。少し上れば手が届く。指が掛かれば、腕の力でのし上がる。後から来る薫を引き上げ、見張りの有無を確認した後、塀の内に飛び降りた。

 匂がいるのは、もっと中心部。また、床下にもぐりこむ。

 ようやく、目当ての中庭にたどり着き、床下から様子を伺う。星明かりの下、ぼんやりと庭が浮かび上がる。

 ぐるっと見回していた翔の視線が、一点に止まる。薫に床下で待つよう指示すると、自分はそこからはい出した。

 翔が走り寄ったのは、一本の庭木  椿、だ。

おそらく、植えられて間もないのだろう。幹の回りに土が盛り上がっている。闇の中で、色を失った花が微かにうなずく。薫の声が耳元に蘇る。

『父上の好きな花だ』

 それは、直感だった。

床下に戻ると、薫の耳元でささやいた。

「あの椿、匂さんのために植えられたんとちゃうか」

薫は椿を見つめ、翔を見つめた。ゆっくりとうなずき、床下を移動し始める。柱を数え、礎石を撫でる。その動きが、一本の太い柱のところで止まった。大黒柱だ。その棟で、一番太い、中心の柱。

黙ったまま、うなずく。

(この上か)

椿の花が真正面に見えて、中心となる部屋。

 ここに匂がいるかどうかは、賭けでしかない。

たとえこの棟にいたとしても、一部屋でもずれれば、そこは見張りの控え部屋だ。

(ピンときたらドンと行け。とりあえず、入ってから考えよう)

薫が示した場所に、翔は鞘に仕込んであった細いのこぎりを突き刺した。なるべく音を立てぬよう、ゆっくり挽く。切り抜いた横板をはずすと、そっと畳を持ち上げた。一呼吸おいて、顔を出す。回りに人の気配はなかった。

畳の縁に手をかけ、ヒョイッと体を持ち上げる。あっという間もなく、翔は部屋に侵入していた。

と、突然誰かが斬りかかってきた。



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