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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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29/50

花菱の夢(29)弐の夢 藤④

   弐の夢



   藤④


 午後、フジノが父の形見の着物を出してくれた。翔がそれに着替えている最中、そうと知らずフジノが板戸を開けた。

「うわっ」

 慌てて前を隠す。弾みで、首にかけていた守り袋が大きく揺れた。

「あら。それ何ですか」

 興味深げにフジノが近づいてくる。焦る翔をよそに、フジノは守り袋を手にした。

「何が入ってるんですか。随分重いですね」

「あ、それね……」

 トランクスに気づれないよう、さり気なく着物で隠しなおす。

「あとで見せたげるから、ちょっと出てもらえませんでしょうか」

「まあ。高貴な身分の方みたい」

 フジノはころころと笑いながら出て行った。

 数分後、二人は庭先に並んで腰を下ろし、時計を見ていた。

「不思議な話ねえ。これが動いて時を教えてくれるなんて」

 感心したように、フジノは時計を太陽にかざしている。

「翔さんのお国では、皆、こんな珍しいものを持っているのですか」

 その質問に、翔は笑って答えなかった。説明するのがめんどうだった。

 しかし、フジノも別に追及しない。

 翔は時計を戻してもらうと、丁寧に袋に入れた。その様子をじっと見ていたフジノが、不意に聞いた。

「薫さんとは、ご兄弟ですか?」

「いや。かの……やなくて、彼は、その、なんつうか、預かり物やな」

「ふうん……。やっぱり、薫さんは身分の高い方なんですね」

「やっぱりって?」

 心をよぎる不安。薫の正体がばれた?

「だって、ほら、絹の着物を着てるし、それに、あんな立派な馬まで。でも、翔さんの口の利き方は、主人に対するものじゃないし。それに、お二人は何となく似てるから、ご兄弟かと……」

 薫と似ていると言われ、ガクッときた。

「あーあ」

 ため息交じりにごろんと引っ繰り返る。フジノがまた、声を立てて笑う。

 長閑だった。こんなに安らかな気持ちになるのは、久しぶりな気がした。そっと目を閉じ、次に目を開けると、そこは未来。そんな錯覚すら覚えた。

(フジノさんって、ホンマにお母ちゃんみたいや)

春の陽だまりのようなその人に惹かれていく自分に、ほんの少しとまどいを覚えた。


 その夜、二人はしばらく置いてもらえないかと願い出た。

 戦で親を亡くした子供は大勢いる。フジノ自身がその一人だ。

「ああ、いくらでもおればいい」

 フジノも婆さんも、大いに同情してくれたので、かえって胸がチクチクした。それを帳消しにしたくて、頭を下げる。

「何でも言い付けてください。お手伝いさせていただきます」

 その言葉どおり、次の日から二人は働いた。水汲みに薪割りが、翔の分担。薫は掃除に風呂焚き。二人で畑仕事も手伝う。慣れない仕事に、二人とも、一日で体のあちこちが痛くなった。

 夜、囲炉裏端で、フジノは針仕事をする。彼女は一日、くるくると本当によく働く。掃除に洗濯、食事の用意に後片付け、もちろん、畑仕事も。よく気がつくので平井家でも重宝されているのだと婆さんは自慢したが、それもうなずけた。

 そんなフジノをじっと見つめる。囲炉裏の炎が揺れるたびに、横顔に落ちる影が揺らめく。自分と同い年だというが、ずっと大人びて見える。それは、薫と比べてもそうだ。きっと、その分、苦労をしてきたのだろう。

「綺麗やなあ」

 ポツンとつぶやく声に、フジノは手を止めた。

「何がです」

 何も考えず、思ったまま口にした。

「フジノさんが」

 とたんに、フジノの顔が真っ赤になった。それを見て、翔も急に恥ずかしくなった。

 コホンと一つ、背中の向こうで薫が咳払いした。

 次の日の午後。

 水を汲もうと川べりに行くと、フジノが向こう岸を見ていた。

「どうしたの」

声をかけると、フジノは少し頬を赤らめた。

「ええ、今年は花が見られないんだろうな、と思って」

 フジノが指差したのは、大きな藤の木だった。

向こう岸には、川沿いの道がある。水汲み場のすぐ上流には、丸太を割っただけの橋がかかってある。その橋をちょうど渡った辺りに、山から張り出すように枝を広げた松の木がある。藤の木は、その松に絡み付いていた。もとは一人で立てぬほど細い蔓だったのだろうが、今では松を覆い尽くし、周りの木々をもその配下に納めようと勢いを伸ばしていた。

「私の名前は、この花からもらったんですよ。春には、見事な薄紫の花が咲くんです」

 その花が咲くころ生まれたのだという。

「でも、もう明日には戻らなくっちゃいけないから……」

 次に帰って来るころには、もう花は散っているだろう。それをフジノは悲しんでいた。

けれど、翔は、自分のことを考えていた。花が咲くまでここにいるだろうか、と。

「俺も見たいなあ」

 フジノは勢い込んだ。

「春までいて、ぜひ、見てくださいな。ううん、ずっといて下さってもいいんですよ」

 しかし、翔は頭を掻いた。

「そういうわけにも……」

「そう……。そうですよね」

 フジノはがっかりしたように、けれど、自分を納得させようとするようにつぶやいた。

 その夜、夕食を食べながらオヨネ婆さんがフジノにぼやいた。

「今日も畑を荒らされとった」

 その言葉を、薫が聞きとがめた。

「荒らされたって、何に?」

 婆さんとフジノは、同時に答えた。

「たぶん、狸」

「一昨年あたりから、冬になると出てくるんじゃ。罠にもかからん賢い奴での」

 婆さんは、ぶつぶつと文句を言い始めた。

それを遮るように、薫が言った。

「なら、私が退治してやる」

 それには、翔も驚きの声を上げた。

「ええっ! そんなことできんの?」

 薫は、自信満々な顔で、壁にかけてある弓を指さした。

「あれを貸してくださいな。捕まえたら、狸汁にしましょう」

(狸汁って、カチカチ山やあるまいし)

 あの話では、狸に婆さんはだまされてしまう。

薫が狸にやられるとは思わなかったが、翔も付き合うことにした。

 段々畑の端に腰を下ろし、山の入口を見張る。

「薫は、そんなに弓がうまいのかい」

「もちろん。的を外したことはない。といっても、生き物を射るのは今日が初めてだが」 尻すぼみの声に、翔は肩をすくめた。

「翔は、弓をしないのか」

「ああ」

「やっぱりな」

 ふんっと、薫は鼻で笑った。

「馬も乗れない、弓も引かぬ。左京の話では槍も使わぬそうだが、それで困らぬのか。百姓ではないのだろう」

「武士でもないよ」

 ぶっきらぼうに応えた。

「未来とは、不思議な世界だ。それで生きていけるというのが、私には信じられない」

 薫は、理解できぬとため息をついた。

「戦なんて、ないからね」

 そう、剣だって楽しみでやっていることだった。命を守るためではなく、もちろん、敵を倒すためでもない。

「俺らの時代では、そんな必要はないんや。肉にする動物は  家畜っていうんやけど、それを飼って、肉を売ってくれる人がいる。狩りを仕事にしてる人もいるけど、どっちかっつーと楽しみ? いや、畑を荒らされる、被害を防ぐためにやってるとこもあるかな? 今の薫みたいに」

「ふーん。戦がない代わりに、楽しみで生き物を殺す。畑で大根を作るように、動物を育てて食べる。妙な時代だ。まあ、考えてみれば、草木も生きておるものを、殺して食べている訳だし……」

 何げない言葉だったが、翔ははっとした。

「草木も、生きてる……?」

「血は流さぬが、代わりに汁を出す」

そう、薫は笑った。

 が、翔は初めて実感した。生きるということは、他の生き物の命を奪うことだと。食事の前に、目を閉じ両手を合わせる薫の姿を思い出す。急に、それが尊いものに思われ、翔も目を閉じた。

 陰暦十九日の臥待月が、天空を上り詰めたころだった。

「来た」

 突然、薫は声を潜めた。翔もはっと身構えた。丁度出て来た雲が月を隠す。目を凝らすと、確かに、何か生き物が畑を嗅ぎ回っている。薫は静かに弓をつがえると、音をたてぬよう歩き出した。翔も後に続く。薫は、そのまま動物の側面に回って行く。

 冷たい風が雲を流していく。徐々に明るくなる月の下、獣の姿も明らかになっていく。

(あれが、狸やろか?)

 田舎暮らしとはいえ、動物園でしか見たことのないその姿を思い出そうとした。今、目の前にいる動物は、多分、もっと大きい。長くてふさふさの尻尾も持っていない。土の中に鼻先を埋めるようにして懸命に何か探っている。

 その顔が上がったとき、翔は息を呑んだ。


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