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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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24/50

花菱の夢(24)壱の夢 山桜⑥

   壱の夢



   山桜⑥


散らばっていた影が集まってくる。影は、手に手に抜き身を引っさげ、中の一人は火繩銃を構えている。思わず、壁に体をすり寄せ同化しようとした。

「本当に抜け穴があったとはなあ」

「城から逃げて来たんだろうが、これまでだぜ。観念しな」

 男たちは、血に飢えた獣のように舌なめずりをした。

「五人か。仲間が増えないうちに行きますか」

 左京は顔色一つ変えずに言った。

「そやけど、鉄砲が……」

「たかが一丁」

口元に笑みが浮かんだ。

「私が道を切り開く。外に出たら、たたら場を抜け、雷山の北を回って東へ向かう。離れぬようについて来い」

「もし、はぐれたら?」

「明日、三本滝で落ち合おう。ただし、一日待っても来なければ先に行く。行き先は三河だ」

 三本滝は、東隣の山辺村の山中にある。その名のとおり、岩棚から三筋の糸を引いている小さな滝だ。場所は翔も知っている。一同がうなずく。

 こんな状況でも、左京はいつもの冷静さを失ってはいない。淡々としたその口調に、誰もが落ち着きを取り戻した。

菊千代が、震えながらも笑おうとした。

 薫も笑った。死の決意を感じさせる笑顔で。

 翔も笑った。が、意味が違った。

 死ぬかもしれない。でも、死ぬつもりはない。「戦」という実感が湧いてこない。ミサイルの飛び交う近代戦を知っているからか、それともただの脳天気なのか……?

 そんな翔を、左京が笑った。

「菊千代殿を頼みましたよ」

 強くうなずき返す。

「行くぞ!」

 左京が飛び出す。鉄砲を持った男に真っすぐ向かう。

 驚いた男の手が震える。銃声が響くが、左京は弾筋を見切っていた。

 次の瞬間、男の腕が鉄砲を握り締めたまま宙を飛ぶ。その一太刀で敵陣は崩れた。

 残りの者は顔を見合わすと、一斉に逃げ出した。そのときにはもう、二人目の男が血だまりに倒れていた。

 このまま逃げ切れる。誰もがそう思ったとき、行く手に新手が現れた。新しい坑道に続く山道を駆け下りてくる、その中に翔が右目を奪った男、鬼介がいた。「うおー」と、咆えるような声を上げ、真っ直ぐ翔に向かって来る。

 翔は菊千代を振り返った。ところが、肝心の菊千代は足を止め、全然違う方向を見つめている。

「何してんや。菊。行くぞ」

 呼んでも振り向きもしない。

 その目線の先には、炎を上げて燃え落ちる高穂城があった。きらめく火の粉が、桜の花びらのように舞い上がっている。

「父上――」

 菊千代は絞り出すようにそう叫ぶと、洞窟に戻ろうとした。抜け道を通って、城に戻ろうというのだ。しかし、その入口からは、中にいた男達だろう、が飛び出してきた。

菊千代は足を止め、今度は南に  大手門に続く道を走りだした。その姿を隠そうとするように、山桜の白い花びらが降り注ぐ。一枚一枚に、薄桃色の血をにじませて、最後の命を散らしていく。

「あかん。そっちは逆や」

 慌てて追いかけ、腕をつかんで引き止める。

「放して下さい。父上が、父上が……」

 菊千代は、振りほどこうと身をよじらせる。

「落ち着けよ。親父さんの気持ちが分からんのか」

 小さな体を抱えるようにしてなだめる。

「菊の気持ちは分かるよ。そやけど、親父さんの言葉を思い出せ。ここで死んだら、親父さんも浮かばれんやろ」

 泣きじゃくる菊千代の体を抱き締める。その背後に、鬼介が迫って来た。

「菊千代殿、お助けいたす」

突然声がして、男の前に飛び出した人がいた。それは、たたら場の門番だった。よく見ると、他にも鍛冶屋の男たちが何人かいて、敵と戦っている。自分達の仕事場を守ろうというのか、それとも、穂積のために命を投げ出そうというのか。

その間に翔は菊千代の腕を引っつかみ、昇竜寺に続く道を駆け出した。それは雷山の南回りになるので、左京達とは別ルートになる。が、仕方なかった。

七、八〇〇メートルも走っただろうか。菊千代が足を止めた。振り返ると、肩で息をしながら前方を指差した。

 道の遠く、木々の間にちらちらとのぼりが近づいて来る。四角を四つ、田の字に積んだ旗印が翻る。

「伯父上の印です。助けてもらいましょう」

 喜んで駆けて行こうとする菊千代を、逆に引き戻す。

「アホ、田原氏は敵や。城を攻めたのも奴等やぞ」

 菊は、呆けたようにうなずいた。

 逃げ道がふさがれ、立ちすくんだ背中に、「ぐわっ」という奇妙な叫びが聞こえてきた。振り返った目に映ったのは、背中をのけ反るようにして倒れていく鍛冶師と、血の滴る刀を握る男だった。

 翔は、その刃が自分に向けられて初めて、これが戦であることを自覚した。

『人を殺したことのある者とそうでない者とでは、戦いに自ずと違いが出る』

 頭の中に、義直の言葉が蘇る。

「もう逃がさないぜ。この傷の礼をたっぷりさせてもらうとするか」

 男の右目は白く濁っている。残った左の目で翔を見つめ、ニタッと笑う。爬虫類のように乾いた、けれどぬめりのある笑い。その息遣いからは、翔への復習心と、人を斬った興奮とが伝わってくる。

 背筋に冷たいものが走る。絶体絶命という言葉が頭を掠める。

(勝ち目はない……)

 思ったとたん、小さな恐怖心が頭を持ち上げた。その気持ちが大きく、大きくなり、翔の心を覆い尽くしていく。もう、悲鳴を上げて逃げ出したい。

そのとき、一陣の風が飛び込んできた。風は男に真っ直ぐ向かい、その顔面を責めたてた。

「雷丸」

菊千代の声が響く。まさしく、菊千代がかわいがっていた鷹だった。どうやって逃げたのか、いや、義直が放したのかもしれない。

おそらく、神様がくれた最後のチャンス。翔は刀を引き抜くと、鬼介に飛び掛った。

(攻めるとすれば、右側や)

 もちろん、そうやすやすと右側を取らせてはくれまい。

鬼介の立ち直りは早く、翔の太刀は捕らえられた。めげずにまた斬り込む。が、それを受けた相手の太刀は、すごい力だった。鍔迫り合いの末押しもどされた翔に、今度は男が斬り込んできた。翔が受け止める。二度、三度、鬼介の刃が躍る。

 四度目の振りを翔は受け止めず、流した。相手の右側に身を沈め、一気にすくい上げるように腋の下を叩きつける。

「ハッ」

 鬼介が崩れ落ちる。返す刀で膝の関節を後ろから打ちすえる。沈み込んだ男に、更に、腕、背、足と――左京に教わった通りに打ち込む。最後は喉への突き。喘ぎながら倒れていく姿に息をつく。

 しかし、ぐずぐずしているヒマはない。田原氏の軍は、もうすぐそこまで迫っていた。先頭の足軽が、何か叫んだ。

「ついて来い」

 翔は、右手の薮に飛び込んだ。菊千代もためらわず後に続いた。

 薮の中では刀を振り回せない。それは翔も同じこと。しかし、身軽な分、有利である。翔には、この程度の障害はなんて事なかった。菊千代も必死でついて来る。枝をくぐり、飛び越え、とにかく走る。

 と、翔の視界で何かが動いた。そいつを振り返る。男が一人、手にした火繩銃は、真っすぐ菊千代を狙っている。咄嗟に石を拾い、振りかぶる。

「ぎゃっ」

 顔面に石を喰らい、男がのけぞる。銃が空を向いて弾を撃つ。硝煙の匂いが薮の中に立ち込める。煙の中から、二人の男が飛び出してくる。一人の足を払う。別の男の胴を打つ。向こうから、般若のような形相で鬼介が追いかけてくる。後ろには、田原氏の兵が何人か続いている。

 翔は、また走った。が、すぐそこに菊千代が突っ立っていた。

「どうした。走れ」

 叫びながら追いついた翔も、その足を止めざるを得なかった。薮はそこで終わっていた。そして、山も……。

 二人は、文字どおり崖っ淵に立たされていた。



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