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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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23/50

花菱の夢(23)壱の夢 山桜⑤

   壱の夢



   山桜⑤


 天然だった通路が何時の間にか人の掘った道になり、また、辻に出た。

「さあて、今度はどの道か」

左京の言葉に、みんなは四本に枝分かれした道を見つめた。


五つ 石ころ積み重ね

五重の塔への上り道

ごろごろ坂を上りゃんせ 上りゃんせ


「五重の塔というのは、何でしょう」

「石ころを積んだあともないぞ」

順に道を覗き込んでいた左京が、真中の穴の前で「ここだ」と言った。

「この道だけ上りですよ」

「あ、言われてみればほかは下りでしたね」

「よし、上りましょう」

四人は、「上りゃんせ」と歌いながら石ころ道を上った。

次の別れ道は、簡単だった。

「穴の上を見てください。何か彫ってありますよ」

菊千代の言うとおり、それぞれの穴の上に紋が一つ彫ってあった。

「左から二つ目、花菱ですね」

薫が指差す。


六つ 紫 花の色

向こうはどちらの殿様か

(ゆかり)の御門をくぐりゃんせ くぐりゃんせ


「そうか、『ごもん』の『もん』は、門やなくて家紋のことなんや」

「というより、両方の意味をもたせた掛詞でしょうね」

「それに、縁と紫もだ」

「紫は、ゆかりと読みますものね」

四人は、だんだん面白くなってくるのを感じていた。

「だから、穂積家では、代々子供にこの歌を教えてきたんですね」

「抜け道で迷子にならないように」

笑いながらも先を急ぐ。


七つ 七星ひしゃく星

穴があいては水くめぬ

流れ流れて通りゃんせ 通りゃんせ


「きっとここやで」

翔は、六つ目の横穴を指さした。

穴の口から、川のように水が流れ出している。水はそのまま少し流れ、地面の割れ目に吸い込まれている。

「流れ流れて、ですね」

「深くはなさそうやし、歩いて渡るか」

翔はスニーカーを脱ぐと、ジャージの裾をまくり上げた。他の三人は裾をたくし上げ、草履のままジャブジャブ進んだ。

途中、ごぼごぼと水が湧き出す地点を過ぎ、しばらく行くと、新たな別れ道に突入した。

そこは、八畳間ぐらいの洞窟だった。出てきた穴も含めて、八つの穴が八つの方向に伸びている。


八つ 蜂の巣大騒ぎ

左に四匹 右二匹

刺されぬ中道逃げやんせ 逃げやんせ


「これも簡単だ。左の四つと右の二つは蜂の巣だから、残りの一つが正しい道でしょう」

薫が、確認するように左京を見上げた。左京がうなずき、みんなは真っ直ぐその穴に向かった。

「ちょい待って。靴を履くから」

「しょうがないなあ。早くしろよ」

 言いながら、薫は壁際の岩に腰を下ろした。菊千代もそれにならう。左京は松明を岩に立てかけると、刀の柄に手をかけ穴の入口を見張った。

ふいに、菊千代が声を上げた。

「あれっ。何でしょう、これ」

「あ、本当だ。穴の中につながっている」

 顔を上げ、二人の方を見たものの、暗くて何も見えない。立ち上がり、つま先をトントンしながら近寄り、目を凝らす。岩の出っ張りに結ばれた糸を見つけたとたん、血の気が引いた。

「しっ、静かに」

みんなの視線が翔に集まる。

翔は左京を手招きし、四人で顔を寄せ合った。

「誰かがここに入り込んでいる。きっと、敵だ」

「確かですか」

「ああ。この糸は、迷子にならんための目印や」

「目印?」

「糸を手繰りながら中に入って、もし、別れ道になったら、また新しい糸を使う。で、行き止まりやと分ったら、糸をたどって出てくる。そうやって、順番に穴を調べるんや」

「なるほど」

翔と左京は、右隣の穴付近の岩を調べ、そこにも同じような糸があるのを見つけた。耳を澄ますと、奥の方からかすかな物音が聞こえてくる。

「どうする?」

「先に進みましょう」

左京はきっぱりと言った。

「糸は?」

「そのままにしておきましょう。触らなければ、私たちが通り過ぎたことに気づかないでしょう」

「そうやな。下手にさわって、後ろから追いかけられたら大変や」

 そう、うなずきあった時だった。

 反対側から「あっ」という声が聞こえた。

 左京の反応は見事だった。

 正に飛ぶが如く。翔が振り返った時には、もう男は切り捨てられていた。

「一刻の猶予もなりません」

 左京は抜き身を手にしたまま、穴に飛び込む。薫が慌てて松明を手に取り、後に続く。翔は少しためらった後、糸を外して巻きながら菊千代の後を追った。

他に何人、抜け穴を探っているかは分からない。しかし、死体を見つけたら、俺たちが通ったと感づくだろう。糸がなければ、その追手を少しでも遅らせることができるかもしれない。

左京は、今まで以上に慎重に気を配りながら先頭を進んだ。彼は、それこそ忍者のように、気配も足音も消して歩くことができる。今までのんきに構えていた三人も、足音を立てぬように気をつけて続いた。

そして、九番目の歌の別れ道に出た。


九つ ここから正念場

苦渋苦難の(きざはし)

苦労を厭わず上がりゃんせ 上がりゃんせ


左京は足を止めると、翔にささやいた。

「正しい穴はどれか、私が順に確かめます。他の穴から誰か出てきたときは、頼みます」

 それから、一つ目の穴をそっと覗った。人の気配がなかったのか、ふっと駆け足で横切る。次の穴を覗き込み、今度はそこに飛び込んだ。数秒後、穴から出てきた左京は、何食わぬ顔で抜き身を一振りすると次の穴に向かった。と、向かいの穴から人の声がした。

「おーい、そっちはもう調べたのかー」

声と共に、明かりが近づいてくる。しかし、その姿が見える直前、左京が穴の前を駆け抜けた。男は穴から出ることができなかった。

穴をすべて調べ終えると、左京は黙って懐から懐紙を取り出し剣先をぬぐった。それから、無言で三人を手招きした。

「この道だけ、石段の上りです」

 階、つまり階段。みんながうなずき、左京を先頭に穴の中に足を踏み入れた。

抜け道を探していた人間たちは、今頃、あの世への道を探しているのだろう。


糸を巻きながら石段を登る。

(まるで、あの時みたいやな)

あの時は、友達とこの石段を下り、助けに来てくれた先生に追い立てられながら石段を上った。先生は、この辺りの歴史学者が作成したという地図を持っていた。「そんなもんがあるんやったら、初めから言うてくれたらええのに」と愚痴ると、「お前に見せるとろくなことに使わんからダメや」と、かえって叱られた。

先生の話では、もともとの坑道は穴の入口だけで、奥の方は外からの侵入者に備えて掘られた迷路だということだった。そこには落とし穴などの仕掛けがあったと考えられているが、すべて地震で崩れてしまい、確かめることができないのだと。

その道を今、足早に上っている。こんな時だというのに、何とも言いがたい快感があった。

石段を上り詰め、再び平坦な道を急ぐ。そして、その道も終わりの印が、日の光が見えてきた。


十でとうとう桂様

満願成就のお祝いに

金屋子神に参りゃんせ 参りゃんせ


「小さい頃、桂様というのは母上のことだと思っていたのですが……」

菊千代が、ポツンとつぶやいた。彼の(そして薫の)母親は、「桂」という名前だったそうだ。左京は真面目な声で、

「桂の木のことでしょう、おそらく。金屋子神の祠の傍の」

と言うと、出口の壁にぴたっと身を寄せ、前方を指差した。

そこには、大きな木のシルエットがあった。そして、周辺には怪しい人影がうろついている。彼らは、散らばっている瓦や板切れを運んでいるようだった。

「あいつら、祠を壊したな」

「たぶん、洞窟の入口が祠で隠されていたのでしょう」

「なんと罰当たりな」

 菊千代の声は、怯えていた。

翔の時代では祠は穴の横にある。のちの時代に、誰かが、そこに安置しなおしたのだろう。しかし、桂の木はどの時代に切られたのか、跡形もない。

そのとき、「あっ」という声が響いた。

見つかった、と思ったときには、ピュリリーと笛の音が鳴り響いていた。



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