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花菱の夢  作者: 不動坊多喜


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22/50

花菱の夢(22)壱の夢 山桜④



   山桜④


翔の時代では、井戸は崩れ落ち、土に埋もれていた。草に覆われた僅かなくぼちと伝説から、おそらくここが抜け道の入口だっただろうと推測されているにすぎない。それが真実だと確かめた現代人の第一号が、翔ということになる。

傍らの梅の木に綱をくくりつけ、反対側を井戸に垂らす。これを伝って下りる。念のため、体には別の綱を結んでおく。

最初に左京が、トントンとリズミカルに降りていった。あっという間に横穴にたどり着くと、その中に姿を消した。

「さすが」

そう言った薫も、身軽さを生かして楽々と降りていく。

しかし、菊千代はそうはいかなかった。腕の力がないため、ぶら下がるのが精一杯。震える腕で少しずつ降りていくが、よけい時間がかかり、とうとうずり落ち始めた。それを左京が受け止めて、やっとこせ横穴にたどり着いた。

翔は、もちろん、こういうことはお茶の子さいさい。この井戸なら、両手両足を突っ張って降りることも可能だろう。が、万一のことを考えてやめた。

 横穴にたどり着くと、三人は寄り添うようにして待っていた。後ろに続く黒い穴は、化け物の口のようだ。かび臭いひんやりとした空気が吐き出され、思わず体が震える。

 上を見ると、ぽっかりと浮かぶ月のように、入り口が白く光っていた。その中に、義直の姿が黒く浮き上がって見えた。シルエットが、早く行けと言うように右手を振った。

 一行は影に向かって一礼すると、光に背を向け闇に足を踏み入れた。

 初めは、長い石段だった。それも天然の石を土に埋め込んだだけのもので、不安定なうえ、歩きにくい。

「このまま地獄まで行くのでしょうか」

 不安げに菊千代がつぶやく。

「馬鹿なことを。地獄はあの世にあるもの。この世にあるものではないだろう」

 薫は笑ったが、その声は震えていた。

 地球の裏側まで続くかと思われた下り坂がやっと終わる。今度は、大人一人が通れる程度の通路が、うねうねと闇に消えている。先頭の左京が掲げる松明が、その闇に吸い込まれていくようで不気味だった。

翔は、小さな明かりを目標に、しんがりをついていった。

 炎は、僅かに揺れていた。風があるのだろうか。とすれば、安心だが……。

(あれが消えたら、死ぬんやろか?)

 不意に、中途半端な理科知識が頭をもたげた。火が消える、イコール、酸素がなくなる。

(二酸化炭素って、空気より重かったよなあ、確か……?)

 ジジジ……と、松明が微かにうなる。その音が、目に見えないCO2 の増加を感じさせる。一呼吸毎に、足元から悪魔が爪を伸ばしてくるようで、できることなら息を止めていたい。

 早く、早くと気ばかり焦る。

 崩れ落ちた土。地下水のにじみ出たぬかるみ。足は思うように進まず、先はまだまだ遠い。

「うわーっ」

 焦るあまり、ぬかるみに足を滑らせた。叫び声がわうわうと通路に反響する。まるで、妖怪出現のBGMだ。菊千代と薫は思わず抱き合い、左京は刀を構えた。

翔が転んだだけだと分ると、薫は慌てて菊千代から離れ、怒ったように言い捨てた。

「全く。脅かすんじゃない」

「ごめん、ごめん」

頭を掻きながら、翔はちょっと笑った。強がってても、やっぱり女なんだなあと思うと、こんなときだというのに可笑しかった。

それから、また、一行は歩を進めた。

突然、左京が足を止めた。

「足元に気をつけて。池があります」

目を凝らすと、確かにキラキラと光る水面が見えた。地下水脈だ。天井は高くないが、開けた天然の洞窟になっている。

 池には、一筋、橋のような道が続いている。道は、人が通るには十分な幅があるものの、流れる水に侵食され途切れた部分もあった。

滑らぬよう注意しながら、橋を渡る。

 水脈は左側の池から緩やかに流れ出し、流れに沿って天然の横穴が続いていた。

 そこを辿っていく。

再び左京が足を止めた。

「別れ道です」

「右でしょうか、左でしょうか」

菊千代が、消え入りそうな声で聞いた。

だが、答えられる人はいなかった。こんなことは、予想もしていなかった。

黙って、左右の道を交互に見つめる。

不意に、薫が小さく凍えるような声を発した。

「何か、鳴いてる」

「?」

みんな一斉に薫を見た。薫は青ざめた顔をして、少し震えているようだった。

「ホラ、聞こえるだろう、ほーほーって。何かいるのではないか」

一同は口を閉ざすと、耳に全神経を集中させた。

じっと澄ませた耳に、ホーホーと、ビール瓶に息を吹き込んだときのような虚ろな音が響いてきた。

「あ、ホンマや」

「外が近いのでしょうか」

菊千代の弾んだ声に、左京は首を横に振った。

「まさか。金山まではまだまだのはずです」

翔も同感だった。しかし、何かが引っかかる。

(何やろう、あれは……。フクロウ? 違う(ちゃう)。あれは、ほら……)

軽く握り締めた右手で足をたたく。と、そのメロディーが転がり出した。

「三つ みみずくこのはずく、や」

「数え歌がどうかしたのか」

「そやから、ホラ、思い出せよ」

じれったくなった翔は、自分から歌ってみせた。


一つ 人の世一人旅

松明もって火をつけて

一本道を下りゃんせ 下りゃんせ


二つ 双子の鏡池

映す二人は深い仲

取りもつこの橋渡りゃんせ 渡りゃんせ


「そうか。あの地獄へ続くかと思われた石段が一番の一本道で、さっき渡ってきた池が双子の鏡池」

薫は手をたたいて喜び、翔はうなずいた。

「ということは、ここは三番の通りに行けばよいと」

左京が続きを口ずさんだ。


三つ みみずくこのはずく

耳を澄ませて呼ぶ声に

ホッホと鳴き鳴き進まんせ 進まんせ


あの鳴き声は、たぶん、天井の風穴を空気が抜ける音だろう。だから、風があるのだ。ということは、窒息死の心配もない。

「この場合、呼び声のするほうに進めということでしょうか」

菊千代が、慎重なところをみせた。

「たぶん」

翔は、野生の勘を信じてうなずいた。

四人は、呼び声のする左の道に進んだ。

「間違えていたらどうしましょう」

菊千代が、またまた慎重な意見を発した。

「戻りゃいいさ」

翔は気楽に答えた。

「でも、間違えたということが分らなければ」

菊は、まだまだ不安なようだった。

「分るさ。正しい道なら四番の歌詞に合える。合わなければ間違いや」

「そんな……」

菊千代は絶句した。薫は呆れたように肩をすくめたが、左京の肩は笑っていた。

「ホラ、心配なさらずとも、四番の場所のようですよ」

差し上げられた松明に照らされて、四辻が浮かび上がった。


四つ 世の中欲ボケで

黄金の道は地獄行き

欲を張らずに生きやんせ 生きやんせ


「黄金の道か。何だろう」

薫が首をひねると、

「あれではないですか」

と、左京が左の道を指差した。確かに、何かキラキラと光っている。

「うわっ! 金や。一儲けできるやん」

翔は興奮して叫んだが、他の三人は冷静だった。

「地獄行きだぞ」

薫が、馬鹿にしたように言った。

「欲を張らずに生きやんせ、ですね」

菊千代も笑った。

「金のはずはないでしょう。もしそうなら、この道を造った者が掘り出したでしょう」

 左京の言葉は、常に説得力がある。

 それでも名残惜しく、もし現代に戻れたら何とか確認しよう、と心に決めた。


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