表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/50

花菱の夢(18)壱の夢 紅梅⑩

   壱の夢



   紅梅⑩


 夜。義直は障子越しに言い争っていた。

「ですから、私には、彼が間者とは思えません。命を取る必要などないと思います」

「そちまでそのようなたわごとを申すのか。一体あやつは、どんな手を使ってそちらを手なずけたのだ」

「手なずけられたなど。私は、無用な殺生を避けたいだけです」

「うるさい」

 声より早く、盃が飛んでいた。障子を破り、その向こうにいる人間を真っ直ぐ狙って。手応えはあった。しかし、相手は微動だにしなかった。

「お前は自分の成すべき事だけを成せば良いのだ」

 目の前の邪魔はすべて切り捨てる、そんな怒りを帯びた声だった。

 障子の向こうが、しばし黙した。

「分かりました」

 静かに答えて、姿を消す。

 肩を落としたその背中を、今日も一つの影が見送っていた。


「集まったか」

 三郎太の声に、鬼介はうなずいた。

「明日は、穴掘りだ。皆に伝えておいてくれ」

「古い坑道に宝でもあるのか」

「かも知れぬ」

「訳も分からず動く者などいないぞ」

「明日、教えてやるよ」

 鬼介は、不満そうに言葉を返した。

「それより、俺に人集めをさせておいて、その間、おぬしは何をしていたのだ」

「人集めだ」

 そう言って、三郎太は、何かを思い出したようにふふふっと笑った。

「十人や二十人じゃない。大軍だ。……それより、田原と穂積とどちらが賢いか、賭をしないか」

「はあ?」

 鬼介は訳が分からないという顔をしたが、三郎太は可笑しそうに笑うだけだった。



町並みが見えるはずのところまで来たとき、やっと瑞穂は足を止めた。ハアハアと肩で息をし、座り込みそうになるのを辛うじて堪え、辺りを見回した。

(この景色は、一体……)

家がほとんどなく、延々と畑が続いている。その家も、土壁に草葺屋根の掘っ立て小屋ばかりだ。雑草に覆われた石ころだらけの細道には、轍の跡はあるものの、車どころか自転車すらも見かけない。人の姿もなく、それでも人間が住んでいる証拠のように、麦の穂が揺れていた。

瑞穂は目を閉じ、今見た光景を追い出そうとするように頭を振った。が、その目を開けたとき、相変わらず荒涼とした風景がそこにあった。

不安が決定的になったのは、堀川橋まで来たときだった。

コンクリートの橋はなく、石造りの橋がかかっていた。そして、その向こうは、一面の焼け野原だった。学校も、集落も、何も見あたらない。あるのは、火傷の痕のような焦げ目を持つ木々だけだった。辛うじて残った枝葉の透き間から、波迅川がきらめくのが見えた。

頭を横切ったのは、「核の冬」という言葉だった。

廃墟になった町を病人のようにふらついていると、後ろからカポカポと、聞き覚えのない音が聞こえてきた。振り返って、それが馬の蹄の音だと分かった。

(何で……)

食い入るように馬の背に揺られている男を見つめた。それは、どう見ても、戦国時代の侍だった。傍らに三人の男が歩いていたが、みな、具足を身に着け槍を手にしている。

「何だ、お前」

男の一人が、瑞穂を見咎めた。

「妙ななりをしておる」

と、その男が驚いたように瑞穂を指さした。

「この顔!」

八個の目が、一斉に瑞穂に向けられた。次に、互いの顔を見つめあい、うなずきあったかと思うと、瑞穂を取り囲んだ。男達が、ゆっくりと周りを回り始めた。その輪が、だんだんと縮まってくる。

言いようのない恐怖にかられた時だった。馬上の男が、刀を抜いた。

「その顔、高岡左京が小姓、橘薫と見受ける。神妙にいたせ」

三方から、槍の穂先が瑞穂に狙いを定める。

「イヤー、何すんのよー」

悲鳴は焼け野に響き渡った。が、応えるものはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ