やはり俺はこの青春ラブコメ世界を破壊する。
──……春、それは出会いと別れの季節。
という冒頭で始まる小説はこの世に何作あるだろうかということを考えながら、桜並木を歩く俺。あと桜の木の下には~で始まるラノベも多い。俺調べ。
なぜなのか、ラノベ作家は諸読者が基本的に梶井基次郎を読んでいる前提でプロローグを語ったりする。実際のところ、高校生ってそこまで頭が良くない。梶井基次郎は現代文の教科書で知ってはいても、通読している人が何人いるのか……。
と、ネット掲示板の過疎スレで書かれているようなことを考えている俺は、もうすぐ学校に到着しようとしていた。残念なことに俺の人生には桜並木の下で出会う黒髪の乙女なんていないし、居たところで「オッフ」みたいな声出して終わるのがオチだ。
人生に期待をしてはいけない。
それは我が姉貴から伝えられている人生の極意だ。我が姉は己を人生RTA走者だと誤解しながら生きている。小学生の頃から明るく人気者で、しかもそうであるための努力も欠かさない、人生の天才だった。今は大学で陽キャしてる。
そんな姉を持ってしまったがために、弟の俺はローテンションな人生を送ることになった。姉が悪いわけじゃない。ただ、早々に俺はそういう生き方が単に向いてないとわかったのだ。
姉はいつも「人生に期待するな」と言う。それは絶望を説いているのではなく、逆説的に自分で道を切り拓かなければ、お先真っ暗なオッフ人生が待っているということを言っているのだ。
でも俺は何の努力もせずにここまで来た。もう高校二年生だ。一年生は光陰矢の如しだった。オッフという間に終わってしまった。
だから、桜並木の下に美少女が立っていて、運命の出会いをするなんて妄想してはいけないのだ。
***
とか思ってたら校門前で黒髪の乙女に出会うかななんて思ってたけどマジで何も起きなかった。おいどうなってんだ、俺の人生バグだらけかよ。
やっぱり期待するだけ無駄だ無駄。俺の人生はこうして無為に過ぎてゆくんだ常考。
嘆きつつスマホで今日のバズツイートまとめを眺めていると、隣の席から声がかかる。
「あの、おはようございます。私、佐々木って言います」
えっ。女の子だ。いや、男女交互の列だから隣はそりゃ女の子だけど、まさか声をかけられるとは。
「あひゅ、おふう」
え、何その気持ち悪い声。あ、俺の声だ。
「え?」
「あ、いやなんでもない。おはよう。俺は佐藤です」
あぶねー、本性がまろびでる所だった。だって美少女から声をかけられたらそうなるもんね。いや、佐々木はどちらかというと、大人しい系で図書室に籠っていそうな、ラブコメだったら三番手ヒロインあたりの子だけど。
「クラス同じになるの初めてですよね。その、よろしくお願いします!」
「おっふ」
「え?」
「いや、なんでも。うん、一年間よろしく!」
駄目だな。人と喋らな過ぎて変な呼吸音が発されてしまう。この世の青春ラブコメ主人公たちはどうやって美少女と普通に会話してんの? 怒るよマジで。
とはいえ、始業式早々に沈黙の一日を過ごすのは避けられたぜ……。この佐々木という、棘もなくかといってご都合主義でもない、完璧に普通の美少女と会話できた。それを思い出に俺は一生を穏やかに生きていこう……。
がらら……。
戸が開いて、始業式で発表された担任が入ってくる。確か神宮寺先生だっけ。苗字がラノベっぽいので覚えていた。まてまて、俺の世界って全部ラノベで回ってんの? 恥ずかしいよ全く。一般文芸も読め。だが断る。
教師は二十代後半という様子。ポニーテールで、眼鏡。疲れたような顔をしていて、社会科教師なのに白衣を着てる。マジでなんでだよ。
俺がツッコミをしていると、神宮寺はすぅっと息を吸って、ふぅっと吐いた。そしてクワッと目を開くと、教室に向かって叫ぶ──。
「私に!!! 青春ラブコメを寄越せぇええええ!!!!」
シンと静まり返る教室。泣きだす女子。
えぇ……。どうしたんだ。本当にどうしたんだ。
教師がいきなり叫ぶのがまず怖い。しかも青春ラブコメをくれ? 何言ってんだ。あとなんで白衣着てんだ。
疑問は尽きないが、先生は満足そうな顔をしている。そして最後にこう付け加えた。
「お前たちの人生はゴミクズだ。この社会において何の価値もない、歯車にすらなれない劣等品だ。だがそんなお前たちが持つ、唯一の奇跡はなんだと思う。……若さだよ。私に青春ラブコメを見せてくれ。そしたら代わりに何でもしてやる。以上、解散」
そして先生は出て行った。生徒らは唖然としたままで、誰も席を立たず、口々にやべぇとかきもいとか言ってる。
無理もない。あの先生はたぶん繰り返す学校生活で疲れちまったんだ。八つ当たりの様に言葉をぶつけられた生徒の反応だって当然だ。
──でも、恐らくこの場で、俺だけ。そう、俺だけが、これが本当の奇跡だと理解していた。
なぜなら、人生に期待してはいけないからだ。
俺は教室から出て走り出した。
人生は自分で何かを起こさなければつまらない。待っていたってなにも起きやしない。でも、俺はどこかでそれを待ってしまっていた。
そこに神宮寺が火を灯した。ガソリンに引火した。
それは奇跡って言うんじゃないのか。走り出し、神宮寺の肩を掴む。
あとは、俺が動くだけだ!
「神宮寺! 俺に青春ラブコメの極意を教えてくれ!!!!!!」
スコンと学生名簿の角で頭を叩かれる。嬉しかった。だってそれはアニメの中でしか見たことがないものだからだ。実際に生徒の頭をスコったら大炎上モノだろうから。
「まだチャイムは鳴ってないぞ」
神宮寺はニッと笑った。そんな作り笑いみたいな、二次元的で、キャラっぽい笑いかた、現実じゃ見ない!
俺は嬉しくなって、拳を握る。マジで何が始まるのか何が始まる前に終わったのかもわからないけど!
タッタッタ。
ふと振り返ると、そこに佐々木が居た。こんなイベントに似つかわしくない超絶平凡美少女だ。だが彼女はこの極短距離でぜいぜいと息を切らしながら、俺の手を取った。
「わわ、わた、私も! まぜてほしいでし」
あ、噛んだ。
これがリアルだ。でも俺のリアルは変わりつつある。そうだ、俺が本当に欲しかったのはこういうのだ。黒髪の乙女も隣に住む幼馴染も要らない。
俺は、この甘ったれた、待つばっかりの、青春ラブコメ世界を破壊する。
自分の手で、つくって見せる。飛び切りいかれてて他人から見たら歪んでるかもしれなくても、俺たちは最高に楽しい、青春ラブコメ新世界を──……。