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第一話 「横浜とピザ」

司祭:「主は皆さんとともに。」


一同:「また司祭とともに。」


司祭:「全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。」


一同:「アーメン」


司祭:「感謝の祭儀を終わります。行きましょう。主の平和のうちに。」


一同:「神に感謝。」



司祭、一同: 「...」



「着席。」



「これで今年度最後のミサを終わります。続いて生徒指導部からのお知らせです。小川先生お願いします。」


司会が交代し、日体大出身の体育教師がマイクの前に立った。


「あ、あ。生徒指導部の小川です。明日から春休みに入りますが、過ごし方の注意事項を何点か確認しておきたいと思います。まず身だしなみですが、男子は髪が耳にかからない長さで………………」




……




ミサが終わり、講堂から教室に向かう通路に生徒が溢れかえっている。意識せずとも耳に入ってしまう周囲の会話をBGMに、一歩一歩教室に向かうのも、この4年間ですっかり慣れてしまった。


「ん〜、よく寝たわ。やっぱミサはだるいな。でも高校生になると寝てても起こされないのがいい。」


「どうせ起きちゃうじゃん。何度も立ったり座ったりするし。」


「頭叩かれるよりマシだろ。ていうかいつも思うけど、最後の”神に感謝”のところ、皆んなやたら声大きくね?」


「ミサから解放される瞬間だからね。大きな声も出したくなるよ。」


前にいる者たちが続々と教室に入っていく。自分も同じように教室に入ると、先生が既に戻っていた。



「成績表と通知表返すから1番から取りに来い。相原ー、石川ー」



「マジかよ、もう返してんのかよー。俺今回やばいんだよなあ。あー神様。」


そういって彼は目を瞑り、指を額にあてて十字を切り始めた。


「荻野ー」


「はいっ」


怯えながら両手を伸ばし、成績表を受け取った彼の表情が一瞬で固まる。どうやら神に祈った効果はなかったらしい。


「うわ、終わった。。。」


「何位だった?」


「やばい、マジで死んだ。」



テストの結果で教室がざわついているなか、小太りの男がにやにやしながら僕に近づいてきた。


「表情が固いぞ、月島礼つきしま れい。不安を相手に見せてるようじゃ、お前はまだまだ二流だぜ。」


国見譲一郎(くにみ じょういちろう)。テスト後に張り出される順位表で、僕の名前が彼より下だったことはない。


「まあいいさ。結果は直にわかる。ただその前に、一つ言わせてくれ。

今回どんな結果になっても、互いの健闘を称え合って握手しようぜ。」


「…そうだな。」


そう返事をして、こいつには絶対成績表を見せないようにしようと決意した。まあ他に見せる相手もいないけど。


「国見ー」


「はいはいっ」


飛ぶように先生のもとへ駆け寄り、成績表を受け取って凝視する。


「400点ジャスト、学年6位、自己ベスト更新だぜ。月島、お前の自己ベスト10位だったよな。どうやら今回の勝負はいただいたようだぜ。」


成績表と一緒に、止まらないにやけ顔を見せびらかしてくる。こっちのテンションなんて彼には気にならないらしい。

それにしても400点で6位か。やっぱり今回のテストは難しかったんだな。


「月島ー」


先生のもとへゆく。


「頑張ったじゃん。」


成績表を渡され、両手で丁寧に受け取る。


それと同時に国見が飛んできた。


「どうだった?」


自分で確認する間もなく覗き見してくる。


「え〜と、401点、…学年5位。ちくしょーーー、負けた、1点差かよ!。ぜってー勝ったと思ったのに。まあしょうがない、負けは負けだ。今回はお前の努力を称えよう。」


そういって彼は右手を差し出してきた。その真っ直ぐ過ぎる振る舞いに、逃げ場が塞がれる。

僕は誰にも見られてないことを確認してから握手に応じた。


「えーー、ナツ、492点??ちょっと凄すぎでしょ!!」


教室内に突然、女子の甲高い声が響き渡った。どうやら今回も、白河奈津が学年トップのようだ。もはや当たり前すぎて、正直興味な..


「くそ、また女が1位かよ!」


今度は国見の太い声が教室に響く。君、流石にそれは真っ直ぐ過ぎないか?


今回の学年末試験には、難関大学の入試問題も加えたと答案返却時に先生が言っていた。それでいて492点なんだから、点数以上に彼女と僕らの間には差があるのだろう。


「あいつは宇宙人だよ。」


項垂れる彼に、僕は声を掛けた。そう、彼女は宇宙人なのだ。僕らは僕らで頑張ればいいじゃないか、なあ国見。


「宇宙人はあんなに可愛くないだろ。」


だからお前真っ直ぐ過ぎんだよ。なに普通に魅力感じてんだよ、俺の慰めの言葉を返せ。


「ホームルームは無しでいいから、受けとったやつから帰っていいぞー。」


僕は荷物をバッグに押し込んで、すぐに帰り支度を始めた。電車が生徒でいっぱいになる前に、さっさと帰りたい。


「あっ、皆んなちょっと待って。」


担任の言葉に、一人の女子生徒が声をあげた。


「この後は18時に横浜のシェーキーゼ集合で。お金はその時に集めるから、なるべくお釣りのないようにして。」


「よっしゃー、今日はピザを食べまくるぜ。ヒャッヒャッヒャッー。」


国見の腹がヒャッヒャッヒャッーと揺れていた。


教室の後ろの黒板には、「クラス最後の日のお疲れ様会」と書かれている。その下に「行く!」「行かない」の2つの欄があり、自分の名前が書かれたマグネットをどちらかに置くことになっている。「月島礼」と書かれたマグネットは欄外に置かれたままで、他は全部「行く!」に置かれていた。そこには明らかに行っても楽しめないだろう人の名前もある。行かなければ、自分は1年間同じ空間にいても人との距離感を掴めない、まともに関係を築くことも出来ない、社会に取り残される人間だと認めることになるのだろう。


俺は黒板の方に行き、自分のマグネットを取って「行かない」に置いた。



「あれ、”つきしま”くん行かないの??」


宇宙人が話しかけてきた。可愛い宇宙人が。目が笑っている。嫌な奴だ。


「クラス最後の日なんだし皆んなで集まろうよ。一人だけいないなんて、寂しいよ?」


彼女は距離を詰めて、僕の顔を覗くように見てくる。こんなに近いのにそこそこ冷静でいられるのは、彼女が宇宙人だからだろうか、それとも試すようなその目のせいなのか。いずれにしても普通は、クラスの女子に声をかけられたときの自分の顔なんて絶対に見たくない。


まあここはビシッと、この中高一貫校でクラス会をやることがどれだけ無意味なことなのかコイツに言ってやろう。そう決意したとき、前から別の男が近づいてくるのが見えて、ここが教室であることを自覚した。


「奈津ー、何やってんの?」


背が高く、肩幅も広いそいつは、右手をポケットから出し、後ろから彼女の肩にポンと置いた。


「ん?雑談。」


振り返って、彼女がそう答える。


「雑談ってw

何話してんの?俺も混ぜてよ。」


「うーん。」


彼女がこちらをじっと見てくる。俺は余計なことを言うなと目で鋭く牽制した。


「月島くんがシェーキーゼ来ないんだって」


最悪だ。


「まじ?」


そう言って彼の視線が黒板の方に動く。一つだけ「行かない」に置かれているマグネットを確認したのだろう。一瞬、馬鹿にしたような笑みを浮かべたのが見て取れた。


「奈津、無理強いしちゃダメだよ。強制じゃないんだから。月島くんは勉強で忙しいんだろ、な?」


その発言で脳みそに圧力がかかるのを感じだが、グッと我慢した。自分を貫いてる限り、俺はこいつより優れている。


「テストも終わったんだし忙しいわけないでしょ。

ねえ?行こう、”つきしま”くん。」


「いやいや奈津、テストが終わったからこそだろ。本領が発揮されるのは笑笑」


僕は2人の横を通って、教室を出た。廊下の窓に映る自分が目に入って、少し猫背になってることに気づいた。だから背筋を伸ばして、歩幅を広げて歩くようにした。

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