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現実恋愛

与えるだけの愛でも問題ない

作者: めみあ

後書きに、書き漏らしてしまった設定を追記しました。本編を改稿する時間がとれなかったので申し訳ありません。


 妻の前の夫が亡くなった。事故だそうだ。


 知らせは先方の妹からだ。再婚したと知っているのに連絡を寄越す神経が信じられない。


 


 深夜、トイレに起きた時に妻がリビングに置き忘れていた携帯が鳴った。


 『すみれさん』

 表示された名前に覚えはなかったが、深夜にかけてくるのは非常識だ。俺はすぐさまマナーモードに切り替えソファの上に放り投げた。


 翌朝、放心した表情の妻がソファに座っていた。それで電話の内容とすみれさんの正体を知った。

 

 ――大体そんなことだろうと思ったよ


「留守電にお通夜に来れたら来て欲しいってはいっていて」

「そうなんだ」

「……」

 妻の目線が定まらない。

「どうした?」

「……最後だから顔を見て欲しいとも言っていて」

「そうなんだ」

 妻の表情は虚ろだが、手は内心を表すようにせわしなく動いている。

 

 ――行きたいのはわかっているよ。まだ愛していると思いこんでいる相手だ。行きたいと言えば止めない。


「お母さんも最後なら顔くらい見れば、って」

「そうなんだ」

「お母さんがそんなこと言うなんて思わなかった」

 彼女の口数が増えてきた。嘘をつく時はいつもだ。


 ――全くしょうがないな


「最後だしお焼香だけしてくれば?」

「でも」

「俺に気を使っているなら気にしなくて大丈夫だから」 

「……じゃあお焼香だけ」


 

 若い時に結婚したから失敗したとしか俺は知らないことになっている。余計なことを吹き込む奴はいて、だから俺はたくさんの事を知っている。


 大恋愛だったと、本人は思っているようだ。

 18歳の時に専門学校で出会ってすぐに付き合いだし肉欲に溺れた。学業を疎かにし何も得ることもなく卒業し、妊娠したと嘘をついて結婚した。あとで嘘はバレたけれど、周囲も呆れて関わらないようになったそうだ。


 この話は祥子の親友から聞いた。俺が祥子と付き合いだしてから近づいてきた。俺に好意をもっていることはすぐにわかったから、聞きたいことだけ聞き出して、人のものを故意に盗るのは泥棒だと伝えたら近寄らなくなった。馬鹿ではないらしい。

 

 祥子の両親は俺から見ても毒親だ。祥子にほとんど興味がない。普段連絡を寄越すこともない。もちろん祥子から連絡することもない。


 ――祥子に発信履歴を見せてと言ったら慌てるだろうな


 俺は慌てる祥子の姿を思い浮かべて、そのセリフを言う衝動に駆られるがいつも通り我慢する。それにしても母親の名をだして嘘をつくとは、余程行きたいのだろう。


「行っておいで」

 俺は何事もないように彼女を送り出した。


 俺への罪悪感がまた一つ増えただろう。

 だがそれでいい。


 俺は何不自由なく育ち、愛されることを知っている。人に愛情の器があるとすれば、俺が愛情を受け取る器は既に満タンなようだ。これ以上の愛はいらないということなのか、誰から愛を伝えられても俺の心は動かなかった。

 

 愛も結婚も無理だと思っていた頃に、祥子と出会った。初めて人を好きになり結婚を前提とした付き合いをしたいと伝えた。バツイチだと知っていたが関係ない。彼女も何度も請われ絆されたのか、最終的に付き合いに応じてくれた。


 なぜ好きになったのかはすぐにわかった。祥子には忘れられない男がいるようだ。本人は好きではないと思いこんでいるが、俺にはわかる。

 

 俺を好きだと言いながら、本心では前の夫に未練がある彼女だから好きになった。だからそれでいい。

 

 祥子の愛情の器はザルだ。与えても与えてもそれが愛だと認識できないのだろう。言葉や肉欲でしか愛を感じることができない。わかりやすい。


 わかった上で、表面的な愛は囁かない。俺はただ平穏な人生を約束しただけだ。君の愛は少なくても好きになってくれればいいという言葉に、彼女は結婚を承諾した。


 結婚生活は波風なく穏やかに過ぎていた。俺からの愛情を当たり前のように享受しながら。

 


 結婚して3年。

 俺は与えるだけで満足していたが、少しだけ愛の器の中身が減ってきたようだ。君からも愛をもらわなければ。


 

 

 通夜から戻った妻の目は腫れていた。泣き腫らしたのだろう。

 気まずそうに「遅くなってごめん」と言い横を通り過ぎようとしたから、俺は彼女の腕を掴み、己に引き寄せ強く抱きしめた。


 一瞬強ばる身体。気持ちがまだ向こうに残ったままかもしれない。


「どこにもいかないでくれ。俺には祥子しかいない」

 

 初めて言葉で愛のようなものを囁く。一度言葉にだすと次々と言葉が溢れてくる。


「祥子が未練があるのは知っているし、俺を愛していないことも知っている。それでもいいからそばにいてほしい」


 祥子が弾かれたように顔をあげ、首を激しく横に振る。誤解だ、と言いたいらしい。


「君を愛しているんだ」

 言葉に出せば陳腐だ。俺は言葉に愛をのせられない。けれどこんなもので君が僕の器を満たせるのなら、いつでも言おう。


「わ、わたしも」

 祥子が俺の腰に手を回す。ギュッとお互い力がはいる。

「わたしも……何? 言って」

「愛してるわ」 

「だれを?」

「……恭介さんを」


 間があったのは許そう。お互いに初めての愛の言葉だ。そしてこんな簡単なやりとりで俺の器は満タンになった。


 でも手っ取り早い手段を使ってしまったせいで、簡単に彼女の愛の一部を得てしまった。これだとつまらない。


 彼女の愛を得るのは難しいはずだから。


 

 ―――――――――――――― 

 

 恭介が眠りについたようだ。私はベッドサイドのランプをつけ、彼の顔を見つめる。


 恭介の鼻筋は昔殴られて何度か折れたそうだ。言われてみれば少し曲がっている。そっとTシャツをまくって背中を見ればタバコを押しつけられた跡がまだ薄く残っていた。


 

 亡くなったのは私の前の夫ではない。

 本当は恭介の父親が亡くなった。


 悩んで迷ったが嘘をついた。すみれさんは彼の義理の妹。恭介を置いて出て行った母親が再婚し、再婚相手との間に産まれた子だ。彼と結婚した際に何かあればと連絡先だけ交換していた。


 彼はすみれさんの存在を知らない。

 

 父親からの激しい暴力に晒された母親が、幼い恭介を置いて逃げた。恭介は叔父に救われるまでの数年の記憶がなかった。それは今も思い出すことはないようだ。その後の人生は大切にされたようだが、彼は既に全てを諦めているように見えたという。


 だから、最後に顔を見せるべきか悩んで私は見せないことにした。電話で虐待されて父親の記憶がないと聞いたから。


 通夜で詳しく事情を聞き、私は泣くことしかできなかった。


 

 私が前の夫をまだ愛していると思いこんでいるけれど、そんな訳ないじゃない。暴力が好きなんて人、いると思う?


 愛を受け取ることに臆病なあなたは、勝手に前の夫に嫉妬して、なんだか満足しているみたいだから放っておいているけれど、私はそんな悪女じゃないわよ?


 私も見返りを求めない愛を疑うようになってしまって、素直にあなたの愛を受け取れていないかもしれないからおあいこかしら。


 お互いバカよね。


 

 あなたが初めて愛していると言ってくれた。

 

 愛を与えるだけでも問題ないけれど、やっぱり貰えれば嬉しいものね。

 

 子どもは、彼にとっては触れてはならないものだろう。私もそれでいい。


 与えあって傷を舐め合いながら生きる夫婦がいてもいい。

 

 明日からまた平穏な生活を2人で始められれば、それでいい。





日曜の昼から読むものではなかったかもしれませんが、一応ハッピーエンドです。


【10/27追記】

夫、恭介の母の設定を書き漏らしていました。

母は一応、遠い親戚と名乗り恭介とたまに交流がありました。もちろん叔父夫婦も了承しています。


 ちなみにすみれが祥子に連絡先を渡した経緯は細かく設定していませんでした。すみれ側はもちろん恭介を心配してですが、祥子側は…年齢が近くて話が合ったから程度ですかね。すみません、適当で。

  

 恭介はすみれの顔は見たことがある程度でした。


 粗の多い内容ですが、目を通していただき、ありがとうございました。

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