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友人との思い出

作者: 無銘の手帖

私には友人がいた。


私が彼と出会ったのは小学生の2年生の時のことだった。

彼が私の暮らしていた田舎町の学校に越してきて、偶然席が隣り合わせになったことから自然と付き合いが生まれた。


彼の第一印象は、こんな白い人間がいるのか、ということだった。

我々のように流行りから切り離されて暮らしてきた人間にとって、肌は浅黒いものであり、血管などというものは未知の存在であった。

にも関わらず彼の手の甲は黄色に白の絵の具を混ぜ込んだような色をしていて、うっすらと青い筋が全体に張り巡らされていたのだった。


彼は活発な方ではなかったが、根暗な風にも見えなかった。

昨日見たテレビの話をすればすぐに返ってくるし、図書館に引きこもって本と睨めっこをするのが好き子供でもなかった。

昼休みに遊びに誘えば快く付き合ってくれたし、ちょっとばかり意地悪なことを言っても大らかに聞き流す度量もあった。


私はそんな彼と一緒になって学校から家まで遠回りをして帰ったり、よく彼の家に遊びに行ったりもしていた。

私は彼の家に遊びにいくのが好きだった。

彼の優しい母親がいつも出してくれるお菓子もそうではあったが、何よりも彼の家に沢山あるゲームの山が目的であった。


私の家は貧乏ではなかったが、気軽にゲーム機器を揃えられるほど裕福ではなかった。

それに、それを揃えるには車で町の中央まで出掛けなければならなかったので、自然と現代的な遊具からは疎遠になっていたのだ。

私は彼の家に遊びに行くと、彼に薦められるままに未知の体験にのめり込んでいった。


私がゲームをしている間、彼は私の左後ろで画面の中のキャラクターの動きに一喜一憂していた。

私は、今度は君の番だ、と言ってコントローラを渡そうすると彼は決まって、僕は見ているのが楽しいんだ、と言って押し返してきた。

私はその一瞬だけなんとなく気まずくなるが、すぐにゲームの世界へと戻っていった。


彼との親交が深まって1年が経ったくらいの頃、彼は不意に学校を休むようになった。

最初はちょっとした体調不良だと思っていたのだが、3ヶ月に一度、2ヶ月に一度と少しずつ期間が短くなっていった。

クラス替えの無い学校だったので、クラスメイトは全員見知った顔であり、休む時には自然とその事情というものがクラスメイトの誰かから伝わってきたものだが、彼に限っては教師の言う事情以外が耳に入ることは無かった。


そのうち、誰が最初に言ったのかは分からないが、彼がズル休みをしているのではないかと噂が流れた。

そしてそれは彼が不在になる頻度が高まるにつれてクラスの中では事実のように受け取られるようになった。


ある日、クラスメイトの1人が彼に直接問いただした。

その時彼はクラスメイトの顔をじっと見つめて一言だけ、違うよ、と答えた。

じゃあ何故休んでいるのかと追及するクラスメイトに、彼は目を逸らして曖昧な返事しかしなかった。

追及と不明瞭な返事の応酬にクラスメイトは痺れを切らし、やがて、クラスメイトの言葉は罵倒へと変わっていった。

それは誰かが呼んできた教師が仲裁に入るまで続き、その日は1日中居心地が悪かったことを覚えている。


その頃から私は彼と一緒になって下校することは無くなった。

それは私が彼を避けてるようになったためではなく、彼の両親が朝と夕方に彼を送り迎えするようになったからだった。

クラスメイトの中にはそれを社長みたいだと茶化す者もいたが、大半の人間は彼の身に何かが起きているのではないかと感じるようになっていた。


そしてある日、彼は学校に来なくなった。


最初のうちは彼を問いただしていたあのクラスメイトですら心配そうにしていたが、やがてクラスの誰も彼がいないことを気に留めなくなっていた。

そしてそれは私も同様であった。

彼が休みがちになってから、彼は私の一番の友人は彼ではなくなっていたのだ。


彼が教室からいなくなって1ヶ月が過ぎた頃、私は教師に呼び出された。

身に覚えがなかったわけではないので身を固くして職員室まで赴くと、そこで教師のプリントを一枚渡された。

それは学級通信のプリントであり、何故それが渡されるのか不思議でならなかったが、とりあえず受け取ると教師はそれを彼に渡してこいと告げた。


今までそんなことを依頼されたことがなかったので理由を聞くと、教師は私が彼と一番仲が良かったからだと答えた。

仲が良かったからなんなのだと思いはしたが、断る理由もなかったので不貞腐れた風な態度でそれを了承した。

そのまま私が教室に戻ろうとすると、教員は私を呼び止めて届け先は町の病院だと伝えてきた。


私はその届け先を聞いた途端に足の裏から血の気が失せる感覚がした。

何やら理由は分からないが、自分が大変に責任のある行為を依頼されたのだという気がしたのだ。


放課後、いつもは遊んで帰っていたのだが、今日に限っては真っ直ぐに家に帰った。

玄関で靴を脱ぎ捨て、台所で夕飯の支度を始めていた母に走り寄って事の次第を伝えると、母は神妙な面持ちで夕飯の支度を取りやめて私に車に乗って待っているようにと指示した。


町の病院に着くまで、学級通信を届けることが何故こんなにまで緊張するのかを理解できずに回転の良くない頭を必死に回していた。

結局のところその時は結論が出ないまま目的地に着いてしまったが、今にして思えば、それは理解することを無意識に拒んでいたのであろうと思う。


病院に着くと、母親は彼に面会に来たのだと看護師に伝え、看護師から病室と面会時間について回答を貰うと私をその病室の前まで連れて行き、30分後に戻ると伝えてどこかに去っていった。

私は音を立てないようにゆっくりと病室の引き戸を開いた。

病室には大きなベッドに体を起こして横たわる彼とベッドの横に座る彼の母親がいた。

2人はゆっくりとした口調で何かを話していたが私の頭には入ってこなかった。

しばらくして私がいることに気付き、2人は大袈裟にも感じる程に驚いてみせた。


私は彼にプリントを渡すと、どうしようか戸惑いながらただその場に突っ立っていた。

彼の母親に言われてようやく別の椅子があることに気付き腰を下ろす。

それからはしばらく何か他愛のないことを話してたと思うのだが、何も覚えていない。

やがて話がひと段落ついたと思われるところで彼の母親が飲み物を買ってくるからと言って病室を後にした。


彼の母親が出ていった後、病室は無音だった。

話題が無いわけではなくて、言いたいことが喉の奥に引っかかって出てこなかったのだ。

その静寂を破ったのは、彼の言葉だった。


「生まれ変わることって、できると思う?」


私はその唐突な問いにどう答えれば良いのか分からなかった。

彼に何故そんなことを聞くのかと問い直すこともできなかった。

彼は答えを出さない私の代わりに、淡々とした声で言葉を繋げていった。


死んだ後に天国や地獄があって、その先に生まれ変わることがあるなら、生まれ変わりを待っている人は誰かが生まれるのを待っているのか?

それとも生まれることも死ぬことも全て最初から決まっていて、ずっとその決められた道筋の中をみんな歩いているだけなのか?


もしそうだとしたら、と言って彼は震える呼吸を深く吐き出して鎮め、しっかりとした言葉で、僕は生まれ変わることなんて信じたくない、と言った。


僕は彼の言葉を聞いている間、ずっと羽毛布団の上で学級通信を押さえつけている彼の手を見つめていた。

白く、骨まで透き通るようなその手を見つめていた。




それから2年ほど経って、彼はこの世を去った。


葬式の日、彼の両親から彼のゲーム機器やソフトを渡された。

彼の両親からは、私が好きだったから渡して欲しい、と彼が言っていたからだと伝えられた。

私は礼を言ってそれを持ち帰り、自分の部屋の床の上に優しく置いた。


ゲームソフトを眺めていて、ふと、一つだけ未開封のパッケージがあることに気付いた。

それは沢山あるゲームソフトの中でただ一つだけの対戦ゲームだった。


私はそれを、またいつか彼の会ったときのために今も封を開けずにいる。

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