第62話「ちびっ子メイドは最強」
「いえいえ、ただ単にこの御方に興味があるだけですよ」
不知火さんは何事もないように素敵な笑みを浮かべる。
目の前に高身長で威圧的な男子なんて存在しないかのように素敵でリラックスした表情だ。
しかし、それが龍弥を刺激する。
龍弥はまっすぐと見据えるように不知火さんの顔を睨んでいた。
それに対して不知火さんはニコニコの笑顔で見つめ返しているのだから大したものだ。
――いや、うん。
本当にどうしてこんな子ばかり僕の周りに現れるのか頭を抱えたくなる。
まだ怯えて僕の後ろに隠れてくれる鈴花ちゃんのほうがマシかもしれない。
間に入ろうにも今不知火さんが何を考えいてるのかわからないため邪魔していいのかすら僕にはわからなかった。
チラッと見てみれば、かぐやちゃんは呆れたようにめんどくさそうな顔をしていた。
どうやら不知火さんがこういった行動に出るのは今回が初めてではないらしい。
いったい龍弥の何を気に入ったのかはわからないけど、あまり刺激するようなことをして欲しくはなかった。
「――おいてめぇ! 何龍弥にガンくれてんだよ!」
そうしていると、まるで学習能力がないかのようにチャラ男が不知火さんに突っかかり始めた。
先程龍弥に怒られたばかりだというのにそれだけ不知火さんの態度が気に入らなかったということだろうか。
後ろにいる男たち三人も睨んできているし、本当にまずいかもしれない。
チャラ男は相手が女の子だというのに胸倉を掴みかかろうとしていた。
さすがにこれはまずいと思った僕は不知火さんの手を引きながら、逆に自分の体を不知火さんの前に出すようにして位置を入れ替えようとする。
――しかし、その行動は不要だったようだ。
「ぐふっ――!」
僕が不知火さんと位置を入れ替えている最中、急にチャラ男の体が漫画のように後方へと吹き飛んでしまった。
後ろにいた男を一人巻き添えにしたというのに、およそ十メートルほどは吹き飛んでいる。
いったい何が起きたのかと思ってチャラ男がいたところに視線を戻すと、そこには僕たちの後ろにいたはずのかぐやちゃんが立っていた。
「えっと、今、何が起きたの……?」
不知火さんと位置を入れ替えることにだけ集中していた僕は何が起きたのか見逃しており、絶対に関わっているであろうかぐやちゃんへと尋ねた。
すると彼女は無表情のまま僕の顔を見上げ、ゆっくりと口を開く。
「お嬢様への狼藉は何人たりとも許しません」
どうやらチャラ男が不知火さんに手を出そうとしたからかぐやちゃんが制裁を加えたようだ。
かぐやちゃんの身長は目測で140後半。
そんな彼女が自分よりも圧倒的に大きい二人を軽々と吹き飛ばした。
この子は本当に何者なんだろうか……?
「て、てめぇ!」
「女だからって容赦はしねぇぞ!」
吹き飛ばされてのびている二人を目にし、龍弥を除いた二人が怒りを露わにしてかぐやちゃんへと殴りかかろうとする。
しかし――コンマ数秒後には、殴りかかろうとした男二人のほうが地面へとのびていた。
かろうじて目で追えたことだけど、殴りかかろうとしていた男二人に対してかぐやちゃんが跳躍し、一瞬で二人の顎を蹴ったのだ。
それによって脳が揺らされた二人は気絶してしまったのだろう。
正直かぐやちゃんの速さは人間業ではなかった。
「相手を見た目で決めつけると痛い目を見る」
かぐやちゃんはどこか勝ち誇ったように地面へとのびている不良たちを見つめた。
確かにこの子は、見た目のかわいらしさからは想像ができないほどに強い。
だから言いたいことはわかるのだけど、ちょっと待ってほしかった。
「はぁ……さすがにここまでやられると黙っていられないよな?」
溜め息交じりに気だるげな声を出したのは、黙ってことの成り行きを見届けていた龍弥だった。
「どうしてやられる前に間に入らなかったのですか?」
いったい何を考えているのか、こんな状況だというのに落ち着いた様子で不知火さんが龍弥に訪ねる。
すると、龍弥はだるそうに口を開いた。
「こいつらにはいい薬になっただろ? 最近調子に乗っていたようだからな」
「ふふ、なるほど。やはりあなたは面白いですね」
どうやら不知火さんは更に龍弥のことが気に入ったようだけど、今龍弥は喧嘩する気満々になっている。
今しがたの動きを見るにかぐやちゃんがそう簡単に負けるとは思えないが、龍弥も全然底を見せていない。
わかるのは、彼も相当に強いということだけだ。
このまま二人をぶつけるのは絶対にやめておいたほうがいい。
しかし、僕に龍弥という男を止められるとは思わなかった。
だから――。
「かぐやちゃん、いくらなんでもそう簡単に人を蹴ったら駄目だよ?」
僕は、かぐやちゃんのほうを止めることにした。
「むっ……かぐやに指図をするおつもりですか?」
僕に注意をされたかぐやちゃんはとても不満そうに僕の顔を見上げてくる。
気を付けなければ僕にもあの蹴りが回ってきそうだ。
「指図ではなく、やったら駄目だよって言ってるんだよ」
「どちらでも同じです」
「う~ん、違うと思うけどなぁ……。とにかく、そう簡単に人を蹴ったら駄目なんだよ?」
「どうしてです?」
「君が蹴るってことは、相手を傷つけることだからだよ」
「…………?」
何が言いたいのかわからない――そんな表情をしながら、かぐやちゃんは首を傾げた。
僕の言い方が悪かったかもしれない。
「人を傷つけることはよくないんだよ?」
「でも、そこの不良たちはお嬢様とかぐやを傷つけようとしました。ですからこれは正当防衛です」
「そうだけど、そもそもこちらが相手を怒らせるようなこともしてたよね? それなのに暴力での解決はよくないと思うんだ」
「だったらどうしたらよかったのですか?」
「相手を怒らせないようにことを済ませるべきだったんだよ? そしたら誰も傷付かなかった」
誰も傷つかずに事が収まるならそれが一番。
そういう意味で言ったのだけど、かぐやちゃんはプイッとソッポを向いてしまった。
「やっぱり、あなたとは合いません。嫌いです」
「き、嫌いって……」
「嫌いです、大っ嫌いです。今すぐ蹴り飛ばしたいくらいです」
「そ、そんな……」
お説教みたいなものだったから少し嫌がられることは仕方ないと思っていたけれど、思っていた以上に嫌われてしまったらしい。
正直言うと、かなりショックだ。
こんなかわいらしい子に嫌われてショックを受けない人なんていないだろう。
かぐやちゃんは不機嫌そうにそのまま不知火さんの後ろへと戻ってしまった。
もう僕と話すことすら嫌だという感じに見える。







