第58話「お嬢様のプレゼン」
鈴花ちゃんの元に向かおう――そう思った僕は、ふと思い立ったように足を止める。
このまま僕が鈴花ちゃんの元に向かったとして、もしかしなくても不知火さんやかぐやちゃんは僕に付いて来るのではないだろうか?
先程も監視という言葉をかぐやちゃんは言いかけたし、何よりも付き添うように不知火さんへ進言していた。
現に僕が踵を返すと、彼女たちはしっかりと僕の後を付いてこようとこちらに足を向けている。
ここで気にしないといけないのは、このままだと鈴花ちゃんが彼女たちと会ってしまうということだ。
元々他人と関わることを好まない鈴花ちゃんに知らない人を会わせるのはあまりよくないし、何よりも鈴花ちゃんをこの二人に会わせてはいけない気がする。
あの子、ナチュラルに失礼を働くところがあるからね。
不知火さんやかぐやちゃんの地雷を平気で踏み抜きそうで怖い。
『鈴花ちゃん、ごめんね。今日は部活に顔を出さず帰らないといけなくなったんだ』
僕は鈴花ちゃんの元に行くのはやめ、チャットアプリで連絡をすることにした。
少し待ってみたけれど、既読のマークは付かないのでイラストを描くことに集中しているか、また自分の体を使いながら資料の写真を撮ることに熱中していそうだ。
だから僕はスマホをポケットへとしまい、職員室に向かうことにする。
そして神代先生に帰ることを伝えた後は教室へと自分の鞄を取りに戻ったのだけど――その間、不知火さんとかぐやちゃんという凄く目立ってしまう二人がずうっと僕に付いて歩いていたので、周りからは凄く注目をされてしまった。
ヒソヒソと話しているところを見るに明日以降変な噂が立つかもしれない。
「それでは行きましょうか」
玄関で靴を履き替え終えると、不知火さんが笑顔で近寄ってきた。
そしてそのまま僕を車のところまで案内をしてくれるのだけど、やっぱり待っていたのは漫画などで定番のリムジン。
よくこんなのを学校の駐車場に停めているな、と思ってしまった。
「運転手は別のメイドさんなんですね」
「ふふ、さすがのかぐやも免許は持っておりませんからね。敷地内では私専属の運転手ですけど」
いや、うん。
サラッと専属の運転手とか言ってるけど、かぐやちゃんまだ一年生だよね?
確かに敷地内なら免許はいらないらしいんだけど、いくらなんでもこんな小さな子に運転させるのはどうなのだろう?
僕は思わずかぐやちゃんに視線を向けてしまう。
すると――。
「運転くらい、かぐやには余裕です」
彼女は少しドヤ顔をしていた。
その表情は小さな子供が自慢げにしているようで、とてもかわいらしい。
「口は悪いところがありますが、こう見るとかわいい子ですよね?」
かぐやちゃんの表情に視線を奪われていると、いつの間にか不知火さんが僕の顔のすぐ傍に顔を寄せてきていた。
おそらくかぐやちゃんに聞こえないようにしたんだろう。
どうやら不知火さんはかぐやちゃんのことがお気に入りのようだ。
「そうですね」
ドヤ顔をするかぐやちゃんは不知火さんの言う通りかわいかったので、僕は不知火さんの言葉に同調した。
そんな僕の顔を見て不知火さんは楽しそうに笑みを浮かべ、車に乗るよう促してきた。
彼女の言葉に従い僕が車に乗り込むと、不知火さんとかぐやちゃんが僕の両サイドへと座る。
……何がなんでも逃がさないと言われているように感じたのは僕だけだろうか?
さて、これから僕はどこに連れて行かれるのか――正直言えば不安しかなかったけれど、連れて行かれた場所はとても意外な場所だった。
「なんで、ここなんですか……?」
僕はたくさんの本が並ぶお店――書店さんに連れてこられ、思わず不知火さんに尋ねてしまう。
どこに連れて行かれるかなんて全く想像ができなかったけれど、その中でも書店さんはとても意外だった。
しかもどこにでもあるごく普通の書店さんだ。
わざわざ学校から連れ出すくらいだから何か特別な場所にでも行くのかと思ったのに、いったいどういうつもりなのだろう?
「笹川さんは、ご自身の本が書店様に並ぶことをご想像したことはございますか?」
「えっ、いや……ないですね」
僕の質問に答えは返されず、逆に質問をされてしまったので若干僕は戸惑いながら首を横に振る。
書籍化の打診がきたとはいえ、僕の本が書店さんに並ぶことを想像したことはない。
というよりも、そのような発想に至らなかったというのが正直なところだ。
「それではご想像をしてみてください。あちらにおられる御方は、今凄く嬉しそうに本を持たれておりますよね? きっと待ちに待っていた続刊をご購入されるのでしょう。笹川さんの小説も、書籍化をすればあのように読者の方にご購入して頂けるのです。自身の作品で他の御方を笑顔に出来る、それはとても嬉しくて光栄なことではございませんでしょうか?」
僕の小説で他の人を笑顔にできる――そう聞いて頭に浮かんだのは、少し前の同人即売会のできごとだ。
買いに来てくれた人たちはみんな笑顔だったし、買ってくれたであろう人たちがネットで書いてくれた小説の感想は好意的なものばかりだった。
そして、続編を心待ちにする声も多くある。
それらは僕の小説を読んで面白いと思ってもらえた証拠だろう。
感想を読んでいてとても嬉しかったし、これからの創作活動に対する励みにもなった。
書籍化をすれば全国各地で売られるのでもっと多くの人に読んでもらえることになる。
そうなれば、この前の同人即売会の比ではないくらいの多くの人に楽しんでもらえるというわけだ。
「それに、あちらの本棚にはコミカライズ作品が多くありますよね? 人気小説になれば、コミカライズ、アニメ化などの話も来るようになります。笹川さんもご自身の小説をコミカライズ、アニメ化してほしいと思っておりませんか?」
コミカライズ、アニメ化というのはもちろんしたい。
僕は絵が下手くそだから漫画は描けない。
だけど、コミカライズなら僕の考えた話が漫画になる。
そしてアニメ化まですれば最高すぎるだろう。
それがどれだけ難しいことであれ、魅力的な話であることには変わりない。
どうやら不知火さんは、僕に書籍化の魅力を教えてくれようとしているようだ。







