第57話「ロリメイドさんの呼び方」
「――それでは、車を学校の駐車場に停めさせて頂いておりますので、どうぞこちらへお越しください」
一旦応接室を出ると、不知火さんが僕を車があるところにまで案内しようと声をかけてきた。
しかし、僕はやることがあるので足を止めて首を横に振る。
そんな僕に対して不知火さんはニコッととても素敵な笑顔を向けてきた。
そして、その後ろではロリメイドさんが白い目を向けてくる。
はっきり言って両方とも怖い。
「い、いえ、あの、逃げるつもりはないですよ?」
「ふふ、逃げるとは、随分と人聞きが悪いことをおっしゃるのですね? よろしいのですよ、私は何も言いませんので」
「で、ですからそんなつもりはないですって! ただ、やっぱり顧問の先生や部員にはちゃんと帰ることを伝えないといけませんので……!」
明らかに笑顔で脅しをかけてくる不知火さんに僕は慌てて首をブンブンと横に振る。
この人何も言わないとは言っているけれど、平気な顔をして無言で僕のコスプレ写真をばらまきそうだ。
むしろ笑顔でばらまくかもしれない。
どう考えてもここで彼女に逆らうのは得策ではなかった。
「お嬢様、念のため笹川様を監――笹川様に、お付き添いされたほうがよろしいかと」
ねぇ、今この子監視って言おうとした?
絶対そう言おうとしたよね?
もしかして不知火さんを危ない思考に染めているのはこの子じゃないのかな?
僕は見た目に似合わずとんでもないことを言うロリメイドさんが悪魔に見えてきた。
とはいえ本当に見た目は幼くてかわいい女の子なので、どうしてそんな思考を持っているのか理解できない。
一応、年下で間違いないんだよね……?
「……お嬢様、先程から笹川様がかぐやの体を舐め回すように見てこられるのですが、しばき倒してもよろしいでしょうか?」
「――っ!?」
「だめに決まっているでしょう。彼のことは丁重に扱いなさい」
「…………」
突然とんでもないことを言い始めるロリメイドさん。
その言葉に僕が戦慄していると、不知火さんがロリメイドさんのことを優しく抑え込んだ。
そしてそれにより、ロリメイドさんが僕の顔を睨んでくる。
何もしていないはずなのに、僕は知らない間に随分と嫌われてしまったらしい。
「申し訳ございません、笹川さん。かぐやは私以外には少し素っ気ないところがございますので……」
主だからか、不知火さんは申し訳なさそうな顔をしてロリメイドさんの非礼について謝ってきた。
不知火さん以外ということや、少しということには疑問を抱かずにはいられないけれど、ロリメイドさんは僕や鈴花ちゃんと同じく人付き合いが苦手な子のようだ。
そう思うと、このぶっきらぼうさが逆にかわいらしく見えてくる。
「お嬢様、やはり笹川様はここで消しておくべきかと」
「話を勝手に斜め上以上に進めるのをおやめなさい。そんなことをされたら私が困ります」
……うん、やっぱりロリメイドさんは危ない子のようだね。
見た目のかわいらしさに騙されてはいけないという言葉を痛感した気がする。
とりあえず、不知火さんがいないところでロリメイドさんと会うことは避けたほうがよさそうだ。
というか、心の中でロリメイドさんと呼んでることもまずい気がする。
この子のことはどう呼んだらいいのだろう?
「どうされました?」
「えっ? あっ、いえ、その子のことなんて呼んだらいいのかと思いまして……」
「あぁ、かぐやとお呼びください。笹川さんならその呼び方で問題ございません」
ほ、本当にいいのかな?
不知火さんがそう言った瞬間、ロリメイドさんがまた僕の顔を白い目でジッと見つめ始めたんだけど。
あれ、絶対に嫌がっている顔だよね?
「えっと、別の呼び方は……」
「しかし、かぐやは高校一年生なので、笹川さんの年下――正確には少し違いますが、後輩みたいなものになります。後輩のことは下の名前で呼び捨てにすることが私たちの学校の習わしなのですよ」
漫画などで見たことがあるけれど、本当にお嬢様学校ではそんなルールが存在するのか。
不知火さんは自分たちのやり方に従え――要は、郷に入っては郷に従えということを言いたいのかもしれない。
あれ?
でもそういう場合は――。
「――お嬢様は、笹川様のことを笹川さんと呼ばれているくせに……。本当なら、文也と呼ばないといけないというのに、自分だけずるいです」
僕が抱いた疑問の答えは、不知火さんの後ろで控えているロリメイドさんが教えてくれた。
それに対して不知火さんはまた笑みを浮かべてロリメイドさんを見る。
「それではかぐやは笹川さんのことをお兄様とお呼びしますか?」
「……嫌です」
「では、目を瞑りなさい」
「…………」
不知火さんの言葉を聞き、嫌そうにしながらもロリメイドさんはコクリと首を縦に振る。
どうやら彼女たちの中では決着したようだ。
こういうところを見るにやっぱり力関係は不知火さんが上なのだろう。
というか、僕は完全にほっとかれているんだけど?
「あの……」
「申し訳ございません、笹川さん。こちらのお話は終わりましたので、とりあえず笹川さんはかぐやのことを呼び捨てにしてくだされば結構です」
「あっ、それに関してなのですが……かぐやさんでは駄目なのでしょうか?」
ロリメイドさんが嫌がっている以上呼び捨ては避けたい。
しかし、不知火さんはロリメイドさんの苗字を教えてくれるつもりはなそうだ。
だから今の提案をしたのだけど、不知火さんは少し考え始めてしまった。
いったいどうなるのか。
僕は不知火さんの次の言葉を待つことしかできない。
数十秒後、考えがまとまったらしき不知火さんが笑顔で口を開く。
「それでは、かぐやちゃんでどうでしょうか? それと、かぐやに対して敬語は必要ございません。それがこちらの譲れる最大限になります」
なぜそこまで呼び方にこだわるのか不思議なのだけど、主とお付き人という立場があることから、僕が二人を同じ扱いの呼び方をすることが駄目なのかもしれない。
最大限と言っているし、ここは僕が折れるしかなさそうだ。
「わかりました、それではかぐやちゃんと呼ばせて頂きます。よろしくね、かぐやちゃん」
「…………はい、よろしくお願いいたします」
僕が声をかけると、ロリメイドさん――もとい、かぐやちゃんは白い目を向けてきながら渋々といった感じで首を縦に振った。
うっわ、凄く嫌そうだ。
でも今回ばかりは僕は何も悪くない。
「えっと、嫌ならやめるよ?」
「いえ、これは仕方がないことです。はぁ……」
うん、めっちゃわざとらしく溜息をつかれたのだけど、いったい僕はどうしたらいいんだろう?
かぐやちゃんはかぐやちゃんで不知火さんとはまた違ったやり辛さがあるな。
「――コミュ力に難がある御方とお聞きしていましたが、やはりそのようには見えませんよね? かぐやが珍しくも調査ミスを犯したのでしょうか? いえ、かぐやに限ってそんなはずは……」
「あれ、不知火さんどうかしましたか?」
「あっ、いえ……なんでもございませんよ」
かぐやちゃんに気を取られている間に不知火さんが何か喋っていた気がしたのだけど、どうやら気のせいだったらしい。
もしくは、僕には関係がないことを独り言のように呟いていたのだろう。
だったら詮索しないのが吉だ。
あまりこの人たちに自分から関わるのはやめておいたほうがよさそうだからね。
さて、話がまとまったことだし、鈴花ちゃんに今日は帰ることを伝えに行かないと――。







