第50話「クール美少女は顔を真っ赤にして涙目になる」
「はい、どうぞ」
ミルクセーキを作ってきた姉さんはまず鈴花ちゃんの前にコップを置く。
そして僕の前にはコーヒーが入ったコップを置き、自分の前には鈴鹿ちゃんと同じミルクセーキが入ったコップを置いた。
僕の分はわざわざ作ってくれたようだ。
ミルクセーキよりもコーヒーのほうが好きなためこの気遣いは有り難い。
ちなみに、鈴花ちゃんの緊張は結局解くことができなかった。
というかなんだかいじけてたのでろくに会話もできていない。
そんな鈴花ちゃんはといえば、目の前に置かれたミルクセーキに目を輝かせている。
相変わらず甘い物が大好きなようだ。
「あ、ありがとうございます、いただきます……! ――あっ、おいしい……!」
コップに口を付けて一口飲んだ後、鈴花ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
どうやら姉さんが作ったミルクセーキを気に入ったらしい。
すぐにごくごくと飲み始め、あっという間に飲み干してしまう。
「あっ……なくなった……」
そしてなくなると、シュンと落ち込んでしまった。
鈴花ちゃんの全身からもっと飲みたいというのが伝わってくる。
「ふふ、いっぱい作ってるから大丈夫だよ」
姉さんはおいしそうに飲んでくれた鈴花ちゃんに笑顔を向けた後、すぐにミルクセーキがたっぷりと入ったピッチャーを持ってきた。
それにより鈴花ちゃんの表情がパァッと明るくなる。
なんだか見ていて微笑ましい気持ちになった。
鈴花ちゃんは嬉しそうにコップを姉さんに差し出し、入れてもらうミルクセーキに視線が釘付けになってしまっているようだ。
姉さんが作るドリンクがどれもおいしいことは知っているけど、鈴花ちゃんの様子を見ていると僕も飲んでみたくなってくる。
ただ僕の前にはちゃんと姉さんが入れてくれた珈琲があるため、欲は出さずに自分の飲み物を飲み干すことにした。
その間も鈴花ちゃんはゴクゴクと飲み続けるけど、あまりにもたくさん飲んでいるので段々と心配になってくる。
甘い飲み物だけあって当然砂糖もたくさん入っているし、彼女が後々体重計に乗ってから後悔しなければいいけどね。
それに、飲みものをたくさん飲むということは当然襲ってくる生理現象もあるわけだし。
そう思っていると、急に鈴花ちゃんがソワソワと体を揺らし始める。
そして落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回し始めた。
見れば足をモジモジと擦り合わせている。
どうやら心配していたことが起きたようだ。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです」
鈴花ちゃんの様子に気が付いていない姉さんが不思議そうに声をかけると、鈴花ちゃんは取り繕ったような笑みを浮かべる。
彼女の本当の笑顔を知る僕には今の鈴花ちゃんの笑顔が引きつっていることがすぐにわかった。
そんな鈴花ちゃんに対し、姉さんが鬼のようなことを言う。
「そう? あっ、もしかして遠慮してるのかな? かまわずどんどん飲んでくれていいよ」
姉さんはそう言いながら空になってしまった鈴花ちゃんのコップにまたミルクセーキを注ぎ始める。
「あっ、いえ、あの……!」
「ふふ、鈴花ちゃんはとてもおいしそうに飲んでくれるからお姉ちゃん嬉しいなぁ」
どうやら姉さんのテンションは未だに直っていないらしい。
普段の姉さんなら鈴花ちゃんの異変に僕と同じタイミングくらいには気が付いていただろう。
だけど僕に初めて彼女ができたと舞い上がってしまい、あまり周りに気を遣うことができなくなっているようだ。
……うぅん、少し違うね。
ちょっと前の姉さんはちゃんと鈴花ちゃんに気を遣えていた。
だから今のようになっているのは、姉さんが作ったミルクセーキを凄く美味しそうに鈴花ちゃんが飲んだことが原因だろう。
そのせいでもっと飲ませたいという欲望が出てしまい、このようにテンションが上がっているのかもしれない。
ただ、姉さんが悪気のない笑顔――しかもとても嬉しそうな笑顔を見せているせいか、鈴花ちゃんは飲まずにいられなかったようだ。
若干涙目になりながら、コップを口へと運ぶ。
「お、おいしいです」
「ありがとう。どんどん飲んでいいからね」
「は、はいぃ……」
どうしよう?
助けてあげたいけど、今鈴花ちゃんが困っている問題が問題だけに男の僕が口出しをするのは少し気が引ける。
下手をすると彼女に恥をかかせるようなものだ。
とはいえ、このまま見て見ぬふりをしていれば鈴花ちゃんの限界が来るのは目に見えているため、本当にどうするべきか悩む。
一番いいのは鈴花ちゃんが自分から行動してくれる事だけど、やっぱり女の子だけあって今回の問題は恥ずかしくて言葉にしづらいようだ。
本当に限界が近いのか段々と目に溜まる涙が大きくなっているし、いつの間にか手が内腿へと入れられている。
両足も落ち着きなく動いているので、見ていてとてもかわいそうだった。
――って、こんなふうに僕が見ていることが問題かもしれないね。
もしかしたら鈴花ちゃんが自分から動けないでいるのも、男の僕がいるから恥ずかしいという気持ちが強いのかもしれない。
そう思った僕は、席を立つことにする。
「ふーちゃん、どうしたの?」
「ちょっと買い物に行ってくるよ」
「えっ、今から? 何か足りない物でもあった?」
「うん、買わないといけない物があることを思い出したんだ」
「後じゃだめなの? ほら、今は鈴花ちゃんがいるんだし」
姉さん、後じゃ駄目なんだ。
後回しにすると鈴花ちゃんがとても困るし、もしかしたら手遅れな事態が起きるかもしれない。
だから僕は今行かないといけないんだ。
そんなふうに心の中で思う僕だけど、鈴花ちゃんがいるので当然言葉にはできない。
そのため、適当に誤魔化すことにした。
「まぁ十分ほどで帰ってくるからさ」
十分もあれば多分大丈夫なはず。
後、本当に鈴花ちゃんが限界そうなので早く行かせてよ、姉さん。
とうとう顔を真っ赤にしながら涙目でチラチラと僕の顔を見始めた鈴花ちゃんを横目に、僕は頬を掻いた。
そうしていると姉さんが許してくれたので、僕はすぐに部屋を出る。
そして、玄関のドアを開けたところで慌てたような足音が後ろから聞こえてきたので、どうやら鈴花ちゃんはちゃんと姉さんに伝えることができたようだ。
僕はそれに一安心し、適当に家の周りで時間を潰して家に戻るのだった。







