第5話「なぜかクール美少女が付いてくるんだけど」
「あれ? 付いて来てくれなくても、春風さんはもう帰っていいんだよ?」
部室の鍵を返すために職員室に向かっていると、なぜか春風さんも付いて来ていたので僕は彼女に帰っていい事を伝える。
下駄箱を目指すならこっちに来るのは遠回りだろうから、わざわざこっちに来る必要はないんだしね。
「ちょっと、ね……。だめ、かしら……?」
「あっ、いや……別にいいけど……」
上目遣いでかわいらしく小首を傾げられてしまい、僕は頷くしかなかった。
まぁ彼女が付いて来て困ることはないし、別にいいよね。
――その判断を僕は数分後に後悔する。
というのも、学校で一番人気の春風さんと一緒に歩いていることですれ違う生徒たちからかなり注目を集めてしまったのだ。
全員が全員不思議そうに僕たちを見てくるし、男子は皆嫉妬がかなり入り混じった目で僕の顔を見てくる。
ヒソヒソと何を言われているのかわからないけど、正直生きた心地がしなかった。
そして何より、いつからかは正確にはわからないけど、隣を歩いている春風さんの表情から笑顔が消えていた事が気になる。
その表情は僕が知っていたクールで素っ気ない春風さんそのものであり、はっきり言って戸惑いしかない。
さっきまで笑顔だったのにどうして今は無表情なのか。
気まずくて声をかけてもただ頷いたり短い返事をしてくれるだけでまともに話してくれないし、何より声がとても冷たかった。
知らない間に何か怒らせてしまったのかな?
でも、思い返す限り怒らせるようなやりとりなんて一切していないはずだ。
ましてや二人きりの時は笑顔だったわけだし――あれ?
春風さんの態度が一変した事に考えを巡らせていた僕は、ふと気になる事があって考えをシフトする。
もしかして……みんながいるところに出たから彼女は冷たいくらいに素っ気なくなったのかな?
理由は定かじゃないけど、こんなふうに周りから注目を浴びるのはいい気がしないだろうし、ましてやヒソヒソと自分の話をされるなんて気分が悪いと思う。
だからそのせいで春風さんの機嫌が悪くなったと考えるのが一番ありえるんじゃないかな?
とはいえ、それがわかったところでこの状況を僕にはどうしようもできないのだけど。
僕は気まずい空気の中、早く職員室に着いてほしいと願うことしかできなかった。
「――はい、鍵は確かに受け取りました。少々時間が遅かったので、次は気を付けてください」
職員室に着いて文芸部顧問の神代先生に鍵を渡すと、少し小言を言われてしまった。
神代先生は髪を後ろにくくるポニーテールヘアーで眼鏡をかけているのだけど、もう見た感じ仕事がバリバリできる社長秘書にしか見えないような先生だ。
そしてその見た目に反せず、生徒に厳しい先生でもある。
授業中に寝ようものなら宿題を大量に出されるし、放課後職員室に呼び出されてしまうことも珍しくない。
他にも廊下を走ったりしても説教をされるなど、学校で一番怖い先生なんじゃないかと生徒の中では有名だ。
ただ、美人な先生でもあるため結構男子からは人気があったりもする。
去年この学校を卒業した僕の姉さんは神代先生の事をとても優しい先生だと言っていたけど、全然そんな雰囲気はない。
まぁ姉さんは僕と違ってかなりの優等生だったから、神代先生にも目をかけられていただけだろうね。
実際仲はよさそうだったし。
「笹川君、聞いていますか?」
「あっ、はい。すみません、明日からはちゃんと気を付けます」
「そうしてください。ところで――」
今度は何を言われるんだろ?
そう思って先生の言葉を待っていると、先生は僕から視線を外して僕の右隣を見た。
どうやら僕に話があるわけじゃないらしい。
「春風さんは私に何かご用でしょうか?」
神代先生の興味は僕からこの場にいるはずのない春風さんへと移り、彼女がここにいる理由を尋ねる。
まぁ先生に用事があって来ていると想像するのは当然だと思う。
しかし――。
「いえ、何も用事はないです」
僕にただ付いて来ただけの春風さんが神代先生に用事なんてあるはずがなかった。
職員室の前で待っててくれればよかったのに、どうしてこの子は一緒に入ってきてしまったんだろう?
さすがにこれでは神代先生も眉を顰めてしまう。
「では、どうしてあなたはここに?」
「なんとなくです」
「なんとなく……春風さん、あなたは入学以来常にテストで一番を取っているようですが、気を抜くとすぐに他の子に抜かれてしまいますよ? こんなふうに無駄な時間を過ごしている暇はないはずです」
神代先生はチラッと僕の顔を見た後、春風さんに対して注意を始めた。
一瞬だけ僕の顔を見たのは、おそらく春風さんが僕に付いてここに来たのだと神代先生なら察したんだと思う。
それでも僕について何かを言うのではなく、順位を落とさないように注意したという事は春風さんの真意を測りかねているからだ。
春風さんの事を知る人なら今この場に用もなく彼女がいる事自体意外なため、さすがの神代先生にも理解できないというわけだね。
まぁ僕もわかっていないため人の事は言えないのだけど。
そして春風さん、ムッとしてるけどまさか神代先生に突っかかるつもりじゃないよね?
「お言葉ですが――」
――そのまさかだった。
知ってる?
相手はこの学校一怖いと言われてる先生なんだよ?
「せ、先生! もう最終下校時間が迫ってるので失礼します!」
「あっ、ちょっと――!」
このまま春風さんを野放しにするのはまずいと思った僕は、彼女の手を取って慌てて職員室を出た。
春風さんは急に手を取られて驚いているようだけど、あのまま放っておいたら神代先生を怒らせていたかもしれないためこうするしかなかったんだ。
ただ、少し失礼な退室の仕方をしてしまったため明日神代先生に注意されるかもしれない。
僕は何も悪くないはずだけど、なんでこうなるんだろうね……。
「――お、おい……! あいつ春風さんと手を繋いでるぞ……!?」
「うわ、まじだ! はぁ、どういうことだよ!?」
「いや、あれ女の子じゃね? ちょっと地味だけど凄くかわいいし」
「馬鹿、よく見てみろ。男子の制服だろうが。ほら、入学当初に噂になってた奴だよ」
職員室を出るとなんだか廊下が先程よりもざわついていた。
いったいどうしたんだろう?
「あの、笹川さん……手……」
「えっ?」
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