第48話「やることをやった後」
「えっ……?」
思わぬ光景に僕の思考は止まる。
ブツブツと鈴花ちゃんが何を言っているのかは聞き取れないけれど、確かに彼女が見に纏っているのは今日僕が着ていたカッターシャツだ。
まさか目を離した隙に着ているとは――そうだった、この子はこういう子だった。
自分のイラストの資料になるのなら平気でエロ写真でも撮る子だ。
僕が部屋を出たことをいいことにすぐに着たのだろう。
ニコニコ笑顔なのは自分の望みが叶ったからか。
「あの、鈴花ちゃん?」
「あっ――ふ、文君、お早いお帰りで……! ちょうど今着替えたところだから、これから写真を撮るところだったの!」
お早いお帰り?
姉さんが信じてくれなかったから優に十分以上は部屋を出ていたはずなのに、彼女は何を言ってるのだろう?
僕はそれが疑問になるが、鈴花ちゃんがこちらを向く際に少しだけ腰を上げたことであることに気がつき、思考が停止してしまった。
なんせ今の彼女はスカートを履いておらず、チラッとかわいらしい桃色の下着が見えたのだから。
「な、なんでスカートを履いてないの!?」
「だ、だって、彼シャツってこういうものだよ……!? イラストの資料にするならちゃんとしないと……!」
いや、確かに一理あるけど、それでも同級生の男子の部屋でする恰好じゃないと思うんだけど!?
しかもモジモジと太ももを擦り合わせないで!
恥ずかしくて気になるのかもしれないけど、逆に僕が気になってそちらに視線が向いちゃうから!
後、顔を真っ赤に染めるくらいなら始めからやらないでよ!
恥ずかしそうに顔を赤くして太ももをすり合わせる鈴花ちゃんを見て、僕は思わず心の中でだけ叫んでしまう。
さすがに言葉にする度胸はないので心の中で留めたけどさ。
だけど一つ言えるのは、今の鈴花ちゃんは男にとって目の毒だ。
ただでさえ学校中から注目を集めるくらいにかわいいのに、恥ずかしそうに顔を赤くしてモジモジとしているものだから魅力が数段上がっている。
ましてや少し動くだけでも下着が見える挑発的な服装のせいで、普段以上に見える白くて綺麗な太ももが男の欲望を掻き立てる。
はっきり言って『エロい』の一言だった。
「あ、あの、文君……? そんなにジッと見つめられると恥ずかしい……」
「ご、ごめん……!」
視線を奪われてジッと見つめていると消え入るように恥ずかしそうな声で指摘をされたので、僕は慌てて彼女から視線を外す。
恥ずかしいならやらないでよという言葉が胸の中を駆け巡るけど、先程の鈴花ちゃんの破壊力が凄かったのでうまく言葉が出てこない。
彼女の下着姿を見たことも何度かあるけれど、彼シャツというのはある意味下着姿よりも強力かもしれない。
というか、鈴花ちゃんがかわいすぎてやばかった。
と、とにかく、彼女が僕のカッターシャツを着てしまったのなら、もうさっさと写真撮影をしてもらったほうがいいだろう。
写真を撮りさえすれば彼女も納得するはずだ。
逆に写真を撮るまではいくら脱いでと言っても脱いでくれないだろうしね。
意外とこう見えて鈴花ちゃんは頑固だからな……。
「えっと、着てしまったものは仕方がないから、早く写真を撮って――」
「――ふーちゃん、ジュースとお菓子を持ってきたよ」
「えっ?」
僕の言葉を割くように突如聞こえてきた声。
鈴花ちゃんが僕のシャツを着ていたことですっかり忘れていたけれど、そういえば姉さんが帰ってきていたんだった。
そして先程の様子を見るに、姉さんがここに顔を出さないわけがない。
僕はとんでもない失念をしてしまっていた。
「………………お邪魔しました~」
僕の部屋に来た姉さんは、中の様子を見ると少しだけ固まってしまい、その後すぐにジュースとお菓子が乗ったおぼんを床に置くとそのまま部屋を出て行こうとする。
僕はそんな姉さんの手をすぐに掴んで姉さんを捕まえた。
「待って、姉さん! 誤解! 誤解だから!」
「いいの、ふーちゃん。男の子だもん、お姉ちゃんは何も見てないから」
「生暖かい目を向けてこないで! これは本当に違うから!」
「でも、彼シャツをしてるよね? もうやることやった後だよね?」
「ち、が、う、か、ら! お願いだから話を聞いてよ姉さん!」
下着の上から僕のカッターシャツを着ている鈴花ちゃんを見られたことから、姉さんの中では更に誤解が生まれてしまっている。
確かにそう思われても仕方がない恰好を鈴花ちゃんはしているのだけど、今回ばかりは本当に誤解でしかない。
早急にこの誤解を解かないと姉さんのこの様子、今日の夕食に平気で赤飯を炊きそうだ。
「大丈夫大丈夫、お父さんたちにはちゃんと内緒にしててあげるから」
「全然大丈夫じゃないよ!」
駄目だ、全然話を聞いてくれない。
弟に初めて彼女ができたと勘違いしてしまっているから舞い上がっているのだろう。
「ねぇ、鈴花ちゃんも何か言ってよ!」
僕だけの言葉では姉さんは笑顔で受け流してしまうと思い、この状況を打開するために鈴花ちゃんに助けを求める。
しかし鈴花ちゃんはモジモジと体を揺するだけで、何も言ってくれなかった。
それどころか、顔を真っ赤にしたまま僕の背中に隠れてしまう。
待って!
待って待って待って!
駄目だよその反応!
その反応は駄目だ!
鈴花ちゃんがとった行動に対して僕は頭を抱えたくなる。
こんな恥ずかしそうなそぶりを見せられたら、何も知らない第三者は事後を見つかって恥ずかしがっているようにしか見えないじゃないか。
現に目の前にいる姉さんの目は輝いてしまっている。
「何この子、かわいい! 凄くかわいい! というかその子春風さんだよね!? ふーちゃん、春風さんを口説き落としたの!? すっごぉい!」
駄目だ、余計に姉さんが興奮してしまった。
確かに今の鈴花ちゃんの反応はとてもかわいかったから興奮するのはわかるけど、今の僕にとっては頭痛の種でしかない。
これ、もう誤解は解けないんじゃないだろうか?
「姉さん、本当に違うんだってば!」
「でも、さっき春風さんのことを鈴花ちゃんって呼んだよね?」
「あっ……」
しまった、余裕がなく話していたせいで普段通りの呼び方をしてしまった。
こんな時に下の名前でちゃん呼びをしてしまったら、姉さんの思い込みが増すだけじゃないか。
「それに私がいた頃は誰とも絡まない子で有名だったのに、今はふーちゃんに懐いてるように見えるし!」
「懐いてるって言い方! 違うから! 本当に友達なんだって!」
鈴花ちゃんは入学当初から有名だった。
だから当然在籍時期が被っている姉さんも彼女のことを知っている。
その頃と今の鈴花ちゃんのギャップが凄いため、姉さんは僕に懐いているからこんな反応を見せていると思ったのだろう。
実際はただ単に照れてるだけなのだけど、思い込みによるフィルターがかかってしまっている姉さんには通じない。
いや本当、これどうしたらいいの……?
嬉々として目を輝かせる姉さんを前にし、僕は絶望的な感情を抱くのだった。







