第46話「彼シャツ」
来た……!
文君のお部屋に来ちゃった……!
頑張って文君を説得した私は、自分の望みが叶ったことに歓喜していた。
文君のことを好きになってから、ずっと文君のお部屋に遊びに行ってみたいと思っていたの。
その思いがやっと叶った。
これで喜ばない女の子はこの世に存在しない。
男の子のお部屋と聞くと物がごちゃごちゃと置いてあって汚いイメージがあるのだけど、文君はきっちりとした性格をしているからかとても綺麗なお部屋だった。
ほこり一つないことから多分毎日掃除をしているんだと思う。
もしかしたら女の子みたいにぬいぐるみがたくさん置いてあるのかな、とも思ったけれど、さすがにぬいぐるみは置いてなかった。
その代わりにライトノベルがたくさん入った本棚がある。
ライトノベルが大好きなことは知ってたけど、こんなにたくさん持ってるのは凄いと思った。
「えっと、そんなにジロジロと見られると困るんだけど……」
私が彼の部屋を見回していると文君は恥ずかしそうに頬を指で掻きながら私の顔を見てきた。
何この反応、かわいい。
と思ったのはもう言うまでもないと思う。
文君はかっこいいのにかわいいという特別な存在。
他の人たちにはただ単にかわいい存在に見えるみたいだけど、私は文君が見た目のかわいさとは反して男らしいところがあることを知っている。
よくわからないチャラ男に絡まれた時には守ってくれたし、神代先生からもよく庇ってくれてるの。
そういうところを見てたから私は文君のことをかっこいいとも思っていた。
「見られて困る物でもあるの?」
文君の表情がかわいかったのでつい私は意地悪を言ってしまう。
好きな子をいじめたくなるあの感情に近いのかもしれない。
まぁ文君がそんな見られて困る物を持ってるとは思ってないんだけどね。
ベッドの下とかを探ってもきっと何も出ないと思う。
彼は真面目で素敵な男の子だから、私はちゃんと信じてるの。
…………うん、それで持ってたとしたら、それはそれかな。
きっと明日には文君の手元から無くなってるだけだから、何も問題はないよ。
「いや、別にそんな物はないけど、やっぱり女の子に自分の部屋を見られるのは恥ずかしいよ」
「ふ~ん」
「あっ、信じてないね? 本当に何もないよ?」
「ふふ、わかってるよ」
私は笑顔で文君の言葉を肯定する。
文君とは話してるだけで楽しい。
他の男の子たちと違って、文君は私にとって凄く特別だった。
「それで、悪いんだけど制服を着替えるから少しだけ廊下に出ててもらってもいいかな?」
もっとお話ししたいな――そう思っていると、文君がお着替えをするから部屋から出てほしいと言ってきた。
制服のままでいいと思うのに、やっぱり楽な恰好になりたいのかもしれない。
私としては一緒にいる時間が減るから嫌なのだけど、文君がそう望むのだったら諦めるしかなかった。
――あれ、お着替え?
制服を、脱ぐ……?
ふと、私の頭に過る悪魔の囁き。
別に文君のお着替えを覗くとか、そんな変態なことをしろという囁きじゃない。
本音を言うとチラッと見るくらいは許されるんじゃないかという気持ちはあるけれど、今はそれはいいの。
お着替えをするということは、当然今着ている服を文君は脱ぐことになる。
そして、彼が今着ている制服のシャツはカッターシャツなの。
そう、いわば彼シャツと呼ばれるものに必要不可欠な服を、今彼は脱ごうとしていた。
ただ、ここで服を貸してと言っても絶対に文君は貸してくれない。
文君は真面目だから、そういうことには抵抗を覚えてしまう人なの。
だけど、私にはある手段が思いついていた。
そう、今日ここに来た仮の目的である小説のシーンで、彼シャツというのが出てくるの。
正確には、帰っている最中に突然の雨に打たれた主人公とヒロインがびしょ濡れになってしまい、主人公の家が近かったことからヒロインを家に招いてシャツを貸したことでやっていた。
小説ではシャワーをヒロインが借りたりしていたけど、さすがに雨に打たれて濡れてもいない私がシャワーを貸してと言うのはおかしい。
でも、ヒロインが彼シャツを着ているというシーンを挿絵にするから、そのための資料に文君のシャツを貸してほしいと言えば?
断られはすると思うけど、押し切れる気がする。
――うん、絶対にいける。
だって文君はとても優しくて甘い人だから。
私は一旦文君の言う通りにお部屋から出て、その間に文君を押し切る算段を立てるのだった。
◆
「いいよ、入ってきて」
制服から普段着に着替えた僕は、自分の部屋のドアを開けて廊下で待ってくれていた鈴花ちゃんに声をかける。
鈴花ちゃんは僕の言葉を聞くとすぐに部屋の中へと入ってきた。
何か意気込んでいるように見えるのは気のせいかな?
「あのね、文君……! 実はお話があるの……!」
うん、気のせいじゃなかった。
何かよくないことを思いついた時になるテンションの鈴花ちゃんが目の前にいる。
「えっと、何かな……?」
嫌な予感がひしひしとするなか、鈴花ちゃんのことを無視することができない僕は聞いてみる。
すると、名案が思い付いたと言わんばかりに満面の笑みで鈴花ちゃんが信じられないことを言ってきた。
「脱いだカッターシャツ、貸して?」
「なんで?」
彼女の言葉を聞いた瞬間僕は反射的にそう聞いていた。
「写真撮るから……! だから文君のカッターシャツが必要なの……!」
「も、もしかして、挿絵の資料にするってこと?」
コクコク。
僕の質問に対して鈴花ちゃんは一生懸命に頷く。
確かに僕の小説には彼シャツというものをヒロインが着ているシーンがあり、挿絵候補の一つに上がっていたものではある。
しかし、まさか僕の服を貸してほしいと言うとは思わなかった。
しかも脱いだばかりだと僕の汗や匂いが付いてるから普通嫌がりそうなものなのに、鈴花ちゃんはいったい何を考えてるんだろう。
「えっと、それだったら洗ってある服を貸すよ」
「それじゃあ意味ないよ……!」
「えっ?」
「あっ、えっと……わざわざ洗濯物を増やさせるのは気が引けるから、やっぱり文君が着ていたのでいいよ」
全然よくないと思うのだけど、鈴花ちゃんはいったい何を考えているのだろう?
とりあえず僕が着ていた物を彼女に着せるわけにはいかないのでちゃんと断らないと。







