第44話「甘々空間とバカップル」
「文君、これ面白いよね?」
休憩時間に鈴花ちゃんが貸してくれたライトノベルを読んでいると、僕の感想が聞きたくて我慢できなくなったのか、鈴花ちゃんが机の下から僕の顔を上目遣いに見上げてきた。
同人即売会以来鈴花ちゃんは十分間の休憩時間でも僕の教室を訪れるようになったのだけど、おかげでクラスメイトたちの視線が痛い。
ましてや彼女は僕のことを『文君』と呼び、僕は僕で彼女のことを『鈴花ちゃん』と呼んでいるわけで、親しい呼び方をする仲になっていることからクラスメイトたちは色々と噂を立てているようだ。
――クイクイ。
クラスメイトたちに気を取られていると、服の袖が引っ張られた。
そのため視線を向けると、鈴花ちゃんが構って欲しそうに僕の顔を見上げている。
この子はクールなのだけど意外とかまってちゃんなのだ。
というか、最近だと人懐っこい様子を見せるようになってる気がする。
「あっ、ごめん。そうだね、とても面白いね」
「そうだよね、やっぱり文君とは好みが合うなぁ」
僕が頷くと、嬉しそうに鈴花ちゃんは笑みを見せる。
最近は周りに他の人がいてもよく笑顔を見せてくれるようになっていた。
正直言うと彼女の笑顔はとてもかわいく、いつまでも見ていたいくらいだ。
しかし、鈴花ちゃんがこんな態度を見せるのは僕だけで、それによってクラスメイトから羨望と嫉妬の視線を向けられてしまう。
前からずっと向けられていたものではあるけれど、最近は更に酷くなった気がする。
鈴花ちゃんのような凄くかわいい女の子が特定の誰か一人とだけ仲良くしていれば、それもしょうがないかもしれない。
「むぅ……!」
「ごめんごめん。話を聞いてないわけじゃないからそんなに服を引っ張らないで」
また周りに気を取られていると、鈴花ちゃんが不服そうに小さく頬を膨らませて僕の服を引っ張ってきたので、僕は慌てて謝った。
本当に彼女はかまって欲したがりなんだよね。
というか、若干子供っぽくなってる気がする。
「なぁ、何あの甘ったるい空間? まじで羨ましいんだけど」
「構ってほしそうな春風さん凄くかわいいのに、相手が俺じゃないということに胸が痛い」
「笹川君、どうやってあの春風さんを攻略したんだろう?」
「というか、そろそろバカップルに見えてきだしたのは私だけかな?」
「かわいいからなんでもよくない?」
うん、やっぱり構ってモードの鈴花ちゃんの迫力は凄いのか、教室内のざわめきが更に大きくなった。
また嫉妬が凄いことになっていそうだ。
僕は目の前で楽しそうに話をする鈴花ちゃんの笑顔に見惚れながら、内心苦笑いをしていた。
「――そういえば、凄いことがあったんだよ」
「凄いことって?」
放課後、いつも通り文芸部の部室で活動をしている中、僕が突然切り出した言葉に対して鈴花ちゃんはかわいらしく小首を傾げた。
いったいなんのことを言ってるのか予想もついていない様子だ。
「僕たちが同人即売会で出品した本があるよね?」
「『クラスメイトの素っ気ない銀髪美少女は、ただ甘え方が下手なかわいい女の子でした』のことだよね? もちろん、覚えてるよ」
「実はね、あの本に打診がきたんだよ」
「打診?」
「そう、大手の出版社から本を出さないかって打診がきたんだよ。正確にはWeb小説サイトに出しているほうに打診がきたんだけど、同人即売会で出した物をリメイクして出したいみたい。絵師さんも同じ方でいいって言ってたから、鈴花ちゃんに描いてほしいってことだね」
やはり同人即売会のことは出版業界でも話題になっているようで、僕たちがいつも読んでいるライトノベルを出版している会社から本を出したいと打診がきたのだ。
その際になぜか僕だけに書き下ろしで別作品も書いてほしいという依頼はあったけれど、それは鈴花ちゃんには関係がないことだからわざわざ言わなくてもいいだろう。
それに、書き下ろし依頼があったと言うと、除け者にされたとかで鈴花ちゃんは嫌がってしまうかもしれないしね。
「出版社から本を出す、かぁ」
僕の話を聞いた鈴花ちゃんは、少し表情を曇らせてしまう。
喜んでくれるかと思ったのにどちらかと言うと嫌そうだ。
「もしかして嫌だった?」
「嫌というか……」
鈴花ちゃんはなぜか申し訳なさそうに僕の顔を上目遣いに見て、そして気まずそうに視線を逸らした。
嫌だけど、言いづらいといった感じに見える。
「嫌なら嫌だって言ってくれていいよ?」
僕は鈴花ちゃんが言い出しやすいように、笑みを浮かべて優しい声で問いかけてみる。
すると、鈴花ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「私は文君と一緒に本を作りたいだけであって、本格的に商業でやりたいわけじゃないから……。商業だと、中々好きなようには描けないし……」
不意にとても嬉しいことを言われ、僕の顔はかぁーっと熱くなる。
だけど鈴花ちゃんは既に僕から顔を逸らしているため、僕の顔が真っ赤になっていることに気が付いた様子はなかった。
僕は助かったと思いながらも、鈴花ちゃんの言葉について考えてみる。
確かに彼女の言う通り出版社は本を売らないといけないため、出版社側の思い通りのイラストを描かないといけないしリメイクだってあるだろう。
鈴花ちゃんはそれが嫌なようだ。
そういえば、鈴花ちゃんのSNSのアカウントはフォロワー数がかなり多い。
あれだけ多ければきっとたくさんの依頼がきていたことだろう。
それなのに鈴花ちゃんは一回も仕事を引き受けていないようで、その理由は自由に描けないからかもしれない。
結構好き放題したがる子だし、モチベーションが上がらないと描けないから難しいんだろうね。
「そっか、じゃあ断っておくよ」
「えっ、いいの……? でも、文君はしたいんじゃ……」
「僕も鈴花ちゃんと楽しくやっていきたいから、この話は受けないようにすることにしたんだ」
「はうっ……!」
あれ、どうしたのだろう?
急に鈴花ちゃんは胸を抑えながらそっぽを向いてしまった。
変な声を出していたし、胸が苦しくなったのかな?
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……。でも、不意打ちはずるい……」
「えっと?」
「な、なんでもない……! そ、それよりも、本当にいいの? 滅多にないチャンスだよ?」
鈴花ちゃんは小さく首を左右に振ると、また上目遣いに僕の顔色を窺ってきた。
自分が嫌だと言ったから断ろうとしている、と心配になってしまったんだろう。
「滅多にないチャンスだけど、元々書籍化を考えて書いていたわけじゃないからいいんだよ」
「……ごめんね」
「うぅん、謝らなくていいよ。僕がこうしたいと思ったから、するだけだから」
ただ、こうなると書き下ろしのほうも断っておかないといけないな。
さすがに同人即売会のほうの作品はなしで、書き下ろしだけやらせてほしいと言うのは図々しすぎるだろう。
「文君はやっぱり優しいなぁ……」
「ん? 何か言った?」
「うぅん、何も言ってない」
どう出版社に断ったら角が立たないか考えている間に、鈴花ちゃんが何かを呟いたと思ったけど気のせいだったらしい。
ただ、話を断ることにしたからか、鈴花ちゃんの機嫌はよくなっていたので別に気にする必要はないのだろう。
「それじゃあ次の同人即売会に向けて頑張ろっか」
「うん……!」
僕たちは書籍化の話について意見が一致すると、次の同人即売会に出す本についての話し合いをすることにする。
「次は二巻になる部分だから、私としてはこのシーンを――」
そう言って鈴花ちゃんが指定したのは、ヒロインが主人公の部屋に遊びに行くシーンだった。







