第43話「知らぬところで」
『――Web小説でご活躍されている『文』というアカウントですか?』
電話越しにいらっしゃる御方は、とても不思議そうに私へと聞き返してこられました。
こんなことを私が言うのは珍しいからでしょう。
「はい、とても素敵な才能を持たれる御方です。きっとこれから先有名になられることでしょう。今のうちにお声がけをされたほうがよろしいかと思います」
『紅先生がそこまでおっしゃられるなんて……もしかして、同人即売会でその方が出された《クラスメイトの素っ気ない銀髪美少女は、ただ甘え方が下手なかわいい女の子でした》という本をお読みになられたのでしょうか?』
「ふふ、同人即売会で本を出されていたことをご存じでしたか。ご想像の通り、長蛇の列ができていて大人気なご様子だったので、私はその時にご購入させて頂きました」
『なるほど……実は、凄く反響があったということで編集者の間でも話題になっているのですよ。Web小説も今やブックマーク数が一万人を超えておりますし、同人即売会で出された本を出版社から出させて頂けないかお声掛けしようかという話があがっております。紅先生もあの本を出版社から出したほうがいいとお考えということでしょうか?』
さすがに大手出版社だけあって、話題の種は見逃さないようですね。
同人即売会で長蛇の列を作るほどの大人気で、しかも初出店サークルだったにもかかわらず七百部強も本を売ったということでネットでも噂になっております。
出版社から正式に書籍化して全国の書店に並べば、既に持ち合わせている話題性から売れること間違いなしと睨んでいる、といったところでしょうか。
そしてそのお考えは間違っておられないでしょう。
ネットでは読んでみたいという声が多くあがっており、大手出版社から書籍が出ればきっと皆さんは喰いつかれるはずです。
しかし、それでは困ります。
なんせ、わざわざ私が進言したのには別の理由があるからです。
「出版社様がどのように動かれようと私には関係がございませんので構わないのですが、その御方にお声掛けされるというのであれば、同人即売会で出された本を書籍化されるということだけでは困ります」
『どうしてでしょうか?』
「その本は二人組で作られていらっしゃるのですよ。表紙にも書かれている通り、お話をお考えになられる御方とイラストを描かれる御方でわかれております。そうなれば、イラストレーターだけを変えるとなると揉めごとが起きてしまう可能性がお高いでしょう?」
『――っ! まさかとは思っておりましたが、文さんの小説に紅先生はイラストを付けたいというわけでしょうか!? 今まで自身の漫画のことを優先したいから滅多に仕事を引き受けてくださらなかった紅先生が……!?』
「シレッと皮肉を言ってこられるのはやめて頂けますでしょうか?」
確かに私は漫画を描くことに忙しく、あまり仕事は引き受けてきませんでした。
しかし、この編集者さんが担当している作品のイラストを一つ担当しておりますし、それは今度アニメ化が決まったほどの人気作になっております。
一つ一つのクオリティを高めるためにあまり他に時間を割きたくないということはわかって頂きたいものですね。
『す、すみません……。ですが、この方って他の作品はWeb小説サイトで公開されておりませんよね?』
「書き下ろしを書いて頂くのはどうでしょうか?」
『さすがに商業の出版経験がない御方を――いえ、それもいいかもしれませんね!』
渋っていた声が急に明るくなり、私の提案はすんなりと通ってしまいました。
これは何かよからぬことでもお考えになられたでしょうか?
「随分とあっさりOKをされるのですね?」
『いえ、紅先生が描いて頂けるというだけでかなりの宣伝になりますし、それにプラスされて同人即売会で話題作を書かれた方が話を作られたとなれば、全国の読者の方は注目されると思うのです。そしてそれだけではなく、同人即売会で話題作も同時発売をすれば話題が話題を呼び――!』
それから数分間は急に興奮しだした編集者さんがとても熱弁をしてくださいました。
つまりは同人即売会で出された話題作と、その御方が新たに書き下ろしをした作品に私がイラストを描いて同時に発売することで、注目を集めようということらしいです。
おそらく二つ同時発売と謳い文句で宣伝すれば両方を買って頂けるという狙いでしょう。
普通にすれば同人即売会で売られた話題作のほうが多く売れそうなところを、私のネームバリューを使って書き下ろしのほうも同じだけ売れるようにするという狙いでしょうか。
利用されるという形はあまり好きではございませんが、今回のことはこちらからお願いしていることですし、戦略を用いて本を売ろうという野心は嫌いではございません。
ここは喜んでご協力させて頂きましょう。
「その御方が書かれたお話に私のイラストを付けて頂けるのであれば、後のことはお任せ致します。いいお返事を楽しみにさせて頂きます。それでは、失礼致します」
私は相手が通話を切るのを待ち、通話が切れたことを確認してこちらも切断マークをタップしました。
そして、先程のやりとりを思い出し自然と笑みがこぼれてきます。
「ふふ、どんな手を使ってでも話は通すつもりでしたが、思った以上にあっさりとうまくいきましたね。後はご連絡がくるのを待つだけです」
自分が他の御方を推薦することは初めてです。
それだけ、あの同人即売会で出された本は私に衝撃を与えました。
率直に話作りの天才と思ったくらいです。
同人即売会ではイラストに目を惹かれ、そのイラストを描かれたという銀髪の美少女に興味を惹かれてしまいましたが、本当に注目するべきだったのは会計を済ませてくださった黒髪の美少女のほうでしたか。
実際はどなたが話を考えられたかはわかりませんが、売り子をされていたのは二人だけでしたので間違いないでしょう。
無垢でかわいらしい顔をしておきながらシレッとこのような神作を書かれているのですから、あの黒髪の美少女の子は侮れないものですね。
ふふ、色々とお話をお窺いしたいものです。
私は担当編集者からご連絡がくることを楽しみにしながら、《クラスメイトの素っ気ない銀髪美少女は、ただ甘え方が下手なかわいい女の子でした》という本にもう一度目を通すのでした。
今回から第二章開幕です!
どうぞよろしくお願いいたします!







