第41話「悲鳴と場に似つかわしくないお嬢様ふうな女の子」
「やっぱり笹川君の小説は凄いね。こんなにもファンだって買いに来てくれるんだから」
当初できた列を捌ききって余裕ができると、春風さんは笑顔でそう言ってくれた。
「うん、ありがとう。まさかこんなにも嬉しいことを言ってもらえるだなんて思わなかったよ。僕の本文なんてどうでもいいのかなって思ってた自分を本当に情けないと思う」
「ふふ、笹川君の小説は本当に凄いんだよ。ほら、がんばってもっと売っていこ」
僕が肩をすくめると、なぜか春風さんは得意げな笑顔を見せた。
そしてその笑顔を見ていると、思わず微笑んでしまう。
「そうだね、がんばろう」
僕は春風さんの言葉に頷くと、千冊完売を目指して頑張ろうと思った。
だけど、当初できた列を捌いてからはまばらにお客さんが来るだけだったので、百冊は売り切れそうだったけれど千冊は到底無理だという現実を突きつけられる。
「ど、どうしよう……?」
いたずらに時間だけが過ぎる中、思っていた数のお客さんが来ないせいで春風さんが不安そうな表情を浮かべて僕の顔を見てきた。
やはりWebで買ってくれると言っていた人たちのほとんどは来られなかったのだろう。
売られる場所がこの同人即売会だけなのでそれも仕方がない。
幸い神代先生は既に割り切っているのかお客さんが来なくなっても不機嫌そうにはしていないけれど、根はいい子である春風さんは先生の機嫌も関係なしに気にしてしまうはずだ。
彼女は一生懸命なだけで誰かに迷惑をかけたくてやっているわけじゃないからね。
せめて、半分くらいは売れてくれたらいいのだけど――。
そう考える僕だったけれど、このペースではせいぜい百数十冊売れるのが関の山。
そういう現実を突きつけられた僕たちは途方に暮れ始める。
――しかし、状況は昼を過ぎ、同人即売会の終了に対して折り返しを迎え始めた頃になって一変した。
なぜかはわからないけれど、急に僕たちの販売スペースの前に開始時の数倍の列ができ始めたのだ。
「い、いったい何が起きたの……!」
僕は急いで次から次へと会計を済ませながら、予想外の状況に困惑をしてしまう。
すると、丁度会計をしていた目の前の男性が僕の疑問に答えてくれた。
「もしかして、この列ですか?」
「えっ? あっ、はい、そうですね」
「少し前にSNSで有名な感想垢の人が、美少女二人が『この凄い世界にお祝いを!』のコスプレをしていて、しかもソックリという内容を投稿したんですよ。そして売られている本の表紙絵もプロのイラストレーターが描いているレベルのクオリティの高さだって書かれていて、添付されていた表紙絵の画像が本当にかわいかったから、買いにきたんです。多分みんなそうですよ」
なんと、さすがSNSが普及したネット社会。
おそらく本を買ってくれた女の人の中で広めてくれた人がいたんだろう。
これだけの人数を集めるだなんて、凄い影響力がある人が買ってくれたんだね。
ただ、美少女二人……か。
現在売り子をしているのは僕と春風さんで、神代先生は裏方に徹してくれている。
つまり、春風さんと一緒に美少女扱いをされているのは僕なんだよね。
……なんだろ、本当に泣きたくなってくるな。
しかし、次から次へと売れていくので、みるみるうちに本は減っていく。
目標の百冊なんて忙しさに悲鳴を上げているうちにとっくに超えていたようだ。
気が付けば、本の四割くらいはなくなっている。
そして未だに列が途絶える気配はない。
人が欲しがるものは欲しくなるという精神によって、長蛇の列に引き寄せられる人がいるんだろう。
ましてやここは壁サークルでもない本来ならスルーされるかもしれないような位置取りになる販売スペースだ。
そんなところでありえないほどの長蛇の列ができていれば、みんな興味本位に並んでしまうのかもしれない。
販売が開始されてから結構な時間が経っているし、みんな目的の物は手に入れた頃だろうしね。
「――やっと順番が回ってきました……」
必死こいてお客さんを捌いていると、同人誌即売会には似つかわしくないお嬢様みたいな桃色髪の女の子が僕の前に現れた。
その様子からはとても疲れているのがわかり、長蛇の列に並ぶのは慣れていないのがわかる。
女の子は僕より少し年上に見える大人っぽい顔付きをしていて、桃色髪のロングウェーブヘアをしていた。
「おまたせして申し訳ございません」
「いえ、お気になさらないでください。興味本位で並んだのは私ですから」
僕が頭を下げると、女の子は優しい笑みを浮かべてくれた。
きっと優しい人なのだろう。
女の子の視線はそのまま僕から下に並べてある本へと移る。
「これがその、『クラスメイトの素っ気ない銀髪美少女は、ただ甘え方が下手なかわいい女の子でした』ですか。なるほど、確かに表紙絵はプロ並みですね。このイラストはあなたが描かれたのですか?」
「いえ、隣で売り子をしている銀髪の子が描いてくれました」
「なるほど、あの子が……。こちら、お会計をお願い致します」
「あっ、はい」
僕は本の代金を頂き、袋に詰めて本をお嬢様ふうな女の子に渡した。
春風さんのことを紹介した時に目付きが一瞬だけ変わったような気がしたのは、気のせいだったのかな?
まぁでも、今はそんなことを気にしている暇はないね。
今も次のお客さんが待っているんだし。
僕は少しだけ先程のお嬢様ふうな女の子が気になったけど、今は本を売ることに集中することにしたのだった。