第40話「売れる喜び」
――で、僕をこんな目に遭わせた春風さんはコスプレしていないのかといえば、実は意外にも彼女もコスプレをしている。
しかも、僕がしているコスプレと同じ作品に出る『ミリス様』というキャラのコスプレだ。
彼女の髪色は銀髪だから確かにコスプレをするならミリス様が一番いい。
ましてや春風さんの再現は胸にまでも及ぶ。
見た感じ大きく膨れ上がったそれは、元の大きさを知る僕からすれば何かを詰め込んでいることは明確だ。
そしておそらくそれは、パッドと呼ばれているものだろう。
そう、この子は原作キャラであるミリス様をきちんと再現しているのだ。
なんせミリス様も春風さんと同じ、パッドで胸を大きくしているのだから。
「写真……! 写真撮らないと……!」
春風さんは僕が考えていることには気付いた様子を見せず、はしゃぎながらスマホを取り出す。
クールな彼女が今はまるで子供みたいだ。
目を輝かしながら嬉しそうにしてもらえるのは嬉しいのだけど、それが僕の女性キャラのコスプレに喜んでいると考えるとなんとも複雑な気持ちになる。
というか、こんな姿撮られてたまるか。
「駄目に決まってるでしょ」
すぐに僕は春風さんのスマホを取り上げる。
すると春風さんは怒って返せと主張をしてくるけど、写真に撮られるのは困るので彼女が諦めるまで返してあげない。
少しすれば彼女も諦めてくれるだろうしね。
――しかし、どうやら敵はもう一人いたようだ。
「駄目、なのですか……?」
僕がスマホを取り返そうと手を伸ばしてくる春風さんを退けていると、春風さんではない別のところから悲しそうな声が聞こえてきた。
声がした方を見てみると、バッチリとスマホのカメラを僕に向けている神代先生と目が合う。
いや、うん。
まじですか、まさかのあなたもですか。
あの冷たい印象が強いクールな神代先生が僕の女装コスプレ姿を撮りたそうにしているのを目にし、僕は心の底から衝撃を受けた。
まぁでもよく考えると、クールで素っ気ない印象が強かった春風さんがこれなので、ラノベ系の小説家としても活動していた神代先生にこんな一面があってもおかしくないのかもしれない。
というか、クールな部分とか春風さんとよく似てるしね。
唯一違うのは、春風さんは結構抜けてる天然な子だったけど、神代先生はしっかりとしているところなんだろうな。
うん、そして厳しい女性教師って意外と腐女子のイメージがあるから、むしろ逆にしっくりくるかもしれない。
まぁ偏見だし、そう思ってるのは僕だけかもしれないのだけど。
「神代先生も撮らないでください。というか、春風さんは僕の服を返してよ」
「駄目。売るにはそのコスプレ姿が必要だから」
「いや、こんなのしてたら誰もこないよ」
「「それはない」」
なぜ、この二人はこんな綺麗に声を揃えるのか。
あなたたちそんなに仲良くないでしょ。
「これなら、ネットで男の娘が売り子をすると宣伝してもよかったかもしれませんね。女の子の集客ができそうです」
「いえ、男の客も集めないと駄目なので、明言しなくてもよかったと思います」
「なるほど、他の壁サークル目当てに来た男たちを引き込むわけですね」
「そういうわけです」
そして何やらコソコソと二人が話し合いを始めたのだけど、変な悪だくみをしてないか心配になってきた。
普通なら何かあれば神代先生が止めてくれそうなのに、今はその神代先生があちら側に付いているわけだし。
これから千部目標に売っていかないといけないのに、本当に大丈夫なのだろうか……。
服も取り返せないまま周りからはジロジロと見られてコソコソ話をされているし、僕は始まる前から今日の同人即売会が不安になった。
――しかし、予想とは裏腹に事態が僕たちを迎える。
というのも、入場が開始されてすぐに僕たちの前に女の子たちが列を作り始めたからだ。
「WEBサイトで読んでからファンになりました。今日一番の目当ては、先生の小説なんですよ」
そう言ってくれたのは、男の人ではなくまさかの女の人だった。
てっきり男の人ばかり来るものだと思っていただけにこれには内心驚いたけど、接客は笑顔が大切なので慣れないなりに笑顔で対応をしてみる。
「ありがとうございます。まさか女性に読んでもらえているとは思いませんでした」
「そうなんですか? 普通に女性受けする感じの話や文章だったので、女性をターゲットにしてるのかと思ってました。まぁ確かにタイトルは男の子が好きそうな感じですけど、でも、先生がかわいい女の子だからか、やっぱり女性も好きな作品だと思いますよ」
お会計を済ませている間女性が笑顔で話してくれたのだけど、悪気のない言葉が僕の胸にぐさぐさと刺さる。
確かに女装をしてるから女の子に見られても仕方がないのはわかるよ。
でも、僕は男でかわいくなんてないんだ。
そう言いたかったけど、女装をしてて気持ち悪いと言われるのが怖くて言葉にできなかった。
「それにしても、攻めましたね……」
女性は僕たちの後ろに積まれる大量の本を見て苦笑いを浮かべる。
うん、僕も同じ気持ちだよ。
「これ、ちょっとした手違いがありまして……どうにか売ろうと頑張ってはいるんですけどね」
「そうなんですか? ……わかりました、頑張ってください!」
女性はそれだけ言うと、笑顔で立ち去ってしまった。
途中の間は気になったけど、すぐに次のお客さんの対応をしないといけなかったのでこの時僕はあまり気にしなかった。
――僕の作品のファンで買いに来たというのは最初の女性だけではなく、後に並ぶ人たちも皆同じようなことを言ってくれた。
つまり、僕の書いていた小説は女の子に受けるものだったらしい。
そういえば春風さんも女の子だし、神代先生も女だ。
もしかしなくても僕は女性物を書くことに向いているのだろうか?
まぁそれに、僕に小説の書き方を教えてくれたのが神代先生だったり、姉さんだったということも関係しているとは思う。
やっぱり、男と女では文章も変わってくるだろうからね。
正直言えば女の子扱いをされたのはショックだったけれど、それでも僕のWeb小説を読んでわざわざ買いに来てくれたのは本当に嬉しかった。