第39話「クール美少女の暴走」
資料を提供してからの春風さんは、あの神代先生さえも驚くほどのスピードでイラストを描き上げた。
やはり技術だけでなく速さも持つ凄まじい子だったというわけだ。
描き上げられたイラストはどれも素晴らしい物だったし、もう何も心配いらないだろう。
――そう思ったのだけど、まるで神様が僕を嘲笑うかのように、二つの問題が唐突に起きてしまった。
一つは、春風さんがペンネームに自身のSNSで使っている『すず』という名前を使ってしまったこと。
なんでも、この名前はお気に入りであり、僕の小説作品に載せる名前なら『すず』がいいんだということらしい。
だけど、彼女は既にその名前でSNSで知られており、しかもエロ専門で知られているのに同じ名前で出せるはずがないんだ。
この本は一応学校側にも提出するのに、春風さんのイラストレーター名を知っている先生がいたらアウトだろう。
体育教師の先生とかいかにも好きそうだし。
だから春風さんを頑張って説得し、渋々『りん』と名前にしてもらったため、正直こちらはそれほど問題でもない。
印刷所に電話しても差し替えはまだ間に合うということだったからね。
問題は、もう一つのことだった。
この春風鈴花という女の子、見た目詐欺にもほどがあると言っても差し支えないほどの天然を発揮していたのだ。
とりあえず、僕は春風さんを連れてそのことを神代先生に報告したのだけど――
「冗談、きついです……」
――あの神代先生でさえ、この反応だ。
「あ、あの、神代先生。春風さんも決して悪気があったわけじゃないので……」
一応、春風さんに悪気がなかったことを僕は伝えておく。
その春風さんはといえば、僕の後ろで頬を膨らませて拗ねているんだけどね。
まぁ彼女が拗ねてるのは僕のせいなので、ここくらいはフォローをしておこうと思った感じだ。
「本当に悪気がなかったのですか? むしろ悪意しか感じませんよ?」
「言いたいことはわかりますけど、彼女的にはいけると思ったみたいなので……」
「へぇ――いったいどうやったら千部も売れると思ったのか、実に興味深いですね」
ここ最近は比較的優しかった神代先生の、とても冷たい目が僕に――というよりも、僕の後ろに隠れる春風さんへと向いた。
そうもう一つの問題とは、春風さんが千部も刷るように印刷所に依頼したということだった。
当初の予定では百部より少し多めという感じだったのと、お金を建て替えるのは神代先生で、ましてや赤字となった分は全て先生の負担になるのだからこの反応も当然だ。
そんな神代先生に対して春風さんは拗ねた声を出す。
「売れるもん……」
もう完全に拗ねた子供の反応だった。
「春風さん、イラストレーターとして活動するのであれば必要となってくると思い、印刷所への依頼や部数決めをお願いしましたが、いくらなんでもこれはやりすぎです。どれだけ売れるのか見込みをつけるのも、イラストレーターには必要となってくるスキルですよ?」
子供みたいになった春風さんに対し神代先生は溜め息を吐きながら苦言を述べる。
もう春風さんの扱い方は慣れたのか、少し優しめな声色だった。
「売れるもん……」
しかし、春風さんは売れるという主張を覆そうとしない。
頑なに売れると主張をしている。
おそらくそれには、僕たちのファンから寄せられたメッセージが関係してるんだろう。
というのも、数日前に春風さんが書き上げた表紙絵を僕の小説のページで公開し、その際に同人即売会で販売することも発表したのだ。
すると、なんと数百件もの『絶対に買います!』というコメントが寄せられた。
元々ランキング一位をとってからは凄くブックマーク数がつくようになり既に六千人を超えていたのだけど、それでもこんなにも買ってくれると言ってくれる人がいるとは思わなかった。
――だけど、実際この中に本当に買ってくれる人が何人いるのか。
全国で売られるのとは違い、今回は会場に足を運んでもらわないといけない。
だからこれらの感想は鵜呑みにしたら駄目なのだけど、多分春風さんは鵜呑みにしちゃったんだろうな。
この子、意外に純粋だし。
「笹川君、印刷所はなんと?」
先生はいったん春風さんの頭が冷えるまでそっとしておこうと思ったのか、思考を印刷所へのキャンセルの方向へと切り替える。
だけど、僕は先生の言葉に首を横に振った。
「これだけの量を大幅に減らされるのは困る、とのことです」
「頭が痛くなってきました……」
当然だ。
千部ともなれば結構な額が必要となる。
売れなければその分神代先生の負担になってしまうのだから、どうにか売りたいけど……千部は無理だ。
そんなのミラクルが起きることを祈るしかない。
「大丈夫です、売ればいいんですから」
「あの、春風さん? 私にも許せる限度というのが存在するのですよ?」
おそらく春風さんは神代先生を励まそうとしたのだろうけど、呑気な彼女の言葉が今の余裕がない神代先生の癇に障ってしまったようだ。
神代先生は引きつる笑顔で春風さんのことを見つめており、僕は必死に神代先生のことを宥めることとなった。
――そして迎えた本番当日。
僕は、早速泣きそうになっていた。
というのも――春風さんに嵌められ、僕たちの大好きな作品の女性キャラにコスプレさせられていたからだ。
「そ、想像以上に似合ってる……! みんみんだ……!」
目の前で珍しく興奮をしているのは、僕を騙してこんな目に遭わせてくれた春風さんだ。
僕たちが共通して好きな『この凄い世界にお祝いを!』という作品の『みんみん』というキャラのコスプレを今僕はさせられている。
そしてそれは、先程も言った通り女の子でかわいいキャラなのだ。
そもそもは、お客を引くためにはコスプレが有効だと彼女が言い出したことから始まる。
売れなければ神代先生に負担がもろに行ってしまうという負い目から僕は渋々コスプレを引き受けたのだけど、男子更衣室で春風さんに渡された服に着替えてからこれが女性キャラの物だということに気が付いた。
慌てて服を着替えようとしたところ――なぜか、僕が着ていたはずの服がなくなっていたのだ。
そしてすぐに聞こえてきたのは、早く出てくるように促す春風さんの声だった。
彼女が男子更衣室に侵入し、僕の逃げ道を塞ぐために服を持っていったということはおそらく子供でもわかるだろう。
もう正直帰りたくて仕方がない。